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上田佐智雄は、私の幼馴染。
幼馴染であり、彼氏であり、そして、
「ほら、ちょっとでもいいから食え。」
まるで兄だ。
のそのそとベッドから起き上がり佐智雄を見ると、当たり前のように腕を引かれる。
『……お腹すいてない』
「知ってる。でも食え。」
お前何日食ってないと思ってんだよ。冷蔵庫の中身、何も減ってなかったぞ。
何も、じゃないもん。ヨーグルトと野菜ジュースには手を付けたよ。他のものだってまだ賞味期限大丈夫でしょ。佐智雄が居てくれたら食べれると思ったから待ってたんだよ。
大体、そんな事言いながら喧嘩にかまけて私の事ほったらかしたのは佐智雄でしょ。佐智雄が居なきゃダメだって、知ってるくせに。
そう返したいのに、紡がれた言葉たちに責められているような気持ちになって俯いてしまう。無論、彼にそんなつもりが無いことなど分かりきっているのだけれど。
「ユリ、」
私をそっと抱き寄せた佐智雄の力は、壊れ物を扱うように優しい。傷と痣に塗れた拳とは裏腹で、ちぐはぐなそれが可笑しくて、愛しくて。
「…悪い。心配なだけなんだ。」
『…ん。分かってるよ、大丈夫。』
心配掛けてごめんなさい。そう言うと優しく頭を撫でられた。
佐智雄とは、もう覚えてないくらい小さい時から一緒だった。
小さい頃から体が弱くて泣き虫だった私の傍に居て甲斐甲斐しくお世話をしてくれた佐智雄は、私にとっての頼れるヒーローだった。
そんな彼との関係が明確に変わったのは、私と義父のトラブルに佐智雄が気付いた頃だった。
私が小学生の時に母が再婚した男の人は、当初から母に隠れて私に手を挙げてきた。
母は私の事を可愛がっているとは言えなかったけれど、私は母がだいすきだった。
だいすきなお母さんの、好きな人。だから我慢しなければならない。これ以上お母さんに嫌われたくない、邪魔をしてはいけない。そんな一心で耐え続けた挙句、中学に上がる頃に処女を奪われた事で、私は完全に可笑しくなってしまった。
そんな私に気付いた佐智雄が私の家に乗り込んで、義父に殴りかかり母に怒鳴った。
殆ど何が起きたか分からなかった私の手を引いて自分の家に連れて帰った佐智雄は、守れなくてごめんと泣いた。
佐智雄が泣いたのを見たのは、後にも先にも、その時だけ。
数日後、迎えに来てくれたと思った母は、私が一人暮らしをする部屋と生活費を振り込む為の通帳を準備して、私をひとり置いて行った。結局義父とは別れる事などせず、今も一緒に居るのだろう。
それからもずっと傍に居続けてくれた佐智雄は、私が自傷行為に走っていた頃、想いを告げてくれた。
生きていたって自分の為にも人の為にもならない。何も生み出せず、邪魔になって嫌われるだけの存在。そんな自分なんか要らないのだと、起こった全てを忘れたいのだと胸の内を明かした私に、自分にとっては必要だと抱き締めてくれた。
好きなんだよ、ユリが。出会った時からずっと。これからも一緒に生きていきたい。これからは何があっても俺が必ず守るって約束するから、頼むからそんな事言わないでくれ。
自分の気持ちを言葉にするのは苦手なはずなのに、必死にそう伝えてくれた。
そうして、それまでと違う距離で過ごすようになって早数年。
自分がどうしてこんなにも上手く生きられないのか、もう分からない。
要因やきっかけは沢山あったと思う。
母との愛着不全、義父からの暴力、そして事実上捨てられ天涯孤独の身になった事。
沢山ありすぎて、どこから壊れたのか分からない。私が強ければ耐え忍んだり乗り越えたり、違う生き方ができていたのかもしれないと思うとどうしようもなくなる。
佐智雄は難しい病気を抱えるお母さんと年頃の妹と暮らしていて、それだけでいっぱいいっぱいのはずなのに、私までこんなで。
最も、佐智雄のお母さんも妹の唯ちゃんも、私を受け入れて本当の家族みたいに接してくれる。自分達だって大変なことが沢山あるのに、みんな本当に優しくて。
あんな目に遭った引き換えに今の幸せがあるのだと考えて、だったら仕方がないなと思える反面、それでもしんどい事はしんどい。
騙し騙しに日々を過ごしても、ふと、糸が切れたように何も出来なくなってしまう。そんな私の面倒を飽きもせず甲斐甲斐しく見てくれる佐智雄は、やっぱりまるでお兄ちゃんみたいで。
見守られながらゆっくりとスープを啜ると、優しい味がした。具材も全部小さく切ってあって、全てから佐智雄の気持ちを感じる。
『おいし、』
「ふ、良かった。」