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こころがいつも行ってる店、人変わってたな



剣くんのそんな一言で始まった日の朝

いつも行ってる店、というのは、事務所から歩いて15分くらいの所にあるカフェの事だった。
そこのコーヒーの味が特別に好きという訳でもないけど、気分転換の散歩がてら少し休むのに丁度良い場所にある為によく足を運んでいた。

時々メンバーともいくそこは、女の人が1人でやっているだけで他の店員さんは見た事がなかった。



「お店は変わってないんですか?」


「うん、名前もそんままやった。バイト入ったんかな。」



へえ、と返して、その日が終わる頃にはそんな話も忘れていたのが2日前。

一通りダンスレッスンをこなして、少し外を歩いてこようと1人事務所を出た時、ふと剣くんの話を思い出した。
そういえば違う人が居たなんて言ってたなあ、くらいの気持ちで、通り慣れた道を歩き見慣れたその店に入る。

お客さんはスーツを着た男の人が1人居るだけで、相変わらず店内は落ち着いた空気がゆるりと流れていた。
いつも通りレジに向かうと、傍のケーキや軽食が並んでいるショーケースから顔を上げた女の人が向かいに来た。



『いらっしゃいませ』


「……」



その瞬間、今まで経験した事のない衝撃が走った。

くるりとした大きな瞳、控えめに色付いた頬や唇が映える白い肌に、艶のある髪。
小さな肩幅に、トップスから覗く鎖骨まで、全てが強くインプットされるように自分の中に流れ込んでくるような感覚。



「……あ、ごめんなさい…あ、えっと、アメリカーノひとつ、ください。アイスで。」


『かしこまりました、アイスのアメリカーノがおひとつですね。』



透き通った優しい声までもまるで毒みたいで、だけどその綺麗な瞳から目が逸らせないまま、こくりと頷いた。





「……」


「…ろ、こころ」


「あ、はい!」



あれから席に着いたものの、イヤホンから流れる音楽さえ入ってこない程あの衝撃を引き摺ってしまって、何だか居た堪れなくてすぐに店を出てしまった。

…一目惚れ、ってやつだ。これが、そうなんだ。
そう自覚するのにそこまで時間は要さなくて、だけど自覚してしまってからは尚更何も手に付かなくて。



「お前どうしたん、具合でも悪い?」



心配そうな顔をした椋雅くんに首を振って、自分がスマホを手にしているものの正面を見てぼーっとしていた事に気が付く。



「なんか戻って来てからおかしない?なんかあったんか?」



続けて聞いてきた剣くんの言葉にまたあの人を思い出した。

あの風貌も声も、驚く程鮮明に焼き付いている。焼き付いて、消えない、消せない。
今まで、出会った人や見かけた人を可愛いなとか綺麗だなと思った事は勿論ある。だけど、それとはまるで違う。
あの人をこの目に映した瞬間、自分の全てが引き込まれると本能的に思った。そして今も、体はここにあるのに、思考や心がまだあの瞬間に取り残されているような不思議な感覚が残っている。



「ほんまに大丈夫かこいつ」


「こころー?おーい?」



小波津志、20歳

人生で初めて、一目惚れをしました。






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