お前の家行くから一杯付き合え。


シャワーから上がってスマホを確認すると、壱馬からそんな不躾なメッセージが届いていたのは15分前。
髪を拭きながらリビングに来たところでインターホンが鳴った。モニターに映るのは見慣れた黒髪。無言でオートロックの解除ボタンを押して玄関の鍵を開けておく。

キッチンで水を飲んでいると、大きな溜息が聞こえた。



「お前、相手確認してから玄関開けろって何回言ったら分んだよ。」


『下のモニターはちゃんと確認してるし、鍵持ってるの臣くんと壱馬だけだし。』


「やからってなあ…」



このマンションはカードキーでオートロックを解除後、専用の鍵が無ければ開けられない扉を2回解除し、オートロックを開けたのとは違うカードキーで玄関を開けなければ部屋へは入れない。
つまり異なる鍵が3種類必要で、そのどれも本来は合鍵を作ることが禁止されている。そもそも複製するのが不可能に近いものだけど、それを見事に作り上げたのもまた壱馬だった。

危険な世界に身を置いている以上、身を置くのは一般的なセキュリティーだけに囲われた場所という訳にはいかない。100%とは言えないけれど一応の安寧の場所の鍵を2人に渡しているのは、単純に来る度にいちいち解除するのがめんどくさいからだった。

臣くんはまだしも、壱馬がこの家に来る頻度は週の半分を超える。その度に解除地獄に付き合うほど、私はマメな人間ではないのだ。勿論、仕事は別だけれど。



「髪くらい乾かせよ。」


『誰かさんが来たからでしょ。』



我が物顔でソファーに座っている壱馬に、シャトーを注いだ普通のグラスを渡す。



「お前嘘やろ、何この地味な嫌がらせ。」



有り得ないと言いたげに見開かれた目に鼻で笑い返して、自分の缶ビールを分厚いそれにぶつける。
壱馬はその鈍い音にまたぶつくさと文句を言いながら一気に飲み干してキッチンに向かう。


『ほんっと、品の欠片も無い。』


「良いワインをこんなグラス並々に注ぐやつにだけは言われたないわ。」



まさに勝手知ったる他人の家。
冷蔵庫を開けてビールを取り出して、それを飲みながらキッチンを漁っている。つまめる物でも探しているのだろう。



「…あいつ、」


『ん?』


「…あいつ、コハツココロ」


『うん』



振り返って壱馬の様子を追っていたけれど、話し始めたところで前を向いて座り直す。



「……まじで、尻尾出さんくて。」


『うん』


「…ほんまにやばい奴かもしれんから……」



戻ってきたものの立ったままの壱馬を見上げると、柄にもなく言葉に詰まっている。



『今更何言ってんの。そういう奴らしか相手にしてきてないじゃん。』


「…まあ、そうやけど。」


『…分かってるよ。壱馬が苦労したくらいだからよっぽど手強いんでしょ。でも悪いけど、私からしたら関係ない。壱馬と違って、私は一度でも接触できればその場で終わる。』


「…うん。」



壱馬はターゲットの情報を得る為に今回みたいに数日掛ける必要があるけれど、私は違う。そいつだと確認できればその場で仕留めて終わり。
直接手を交えて遣り合う事も少ないし、相手がどれだけ慎重だろうが大した事ではないのだ。



『まあ、壱馬が気に掛かってるのは臣くんか。』



ターゲットがどんな人間でどんな事をしているか、それらは臣くんに言われた相手を殺るだけの私には関係ない。
壱馬が情報を集めているのは、あくまで臣くんが仕事を決める基準にするから。ただそれだけ。



『でも、例えアンタが納得いってない量だったとしても、臣くんは私に指示を出した。それで十分じゃん。』


「……」



壱馬が黙ったままでいるせいで手持ち無沙汰になってしまって、手元のビールを流し込む。


『……いいから、私の事は。』



こう見えて心配性で過保護な幼馴染を持つのは、大変だ。