安穏が訪れた。それも、至って普通の、簡単な方法で。
笑いがとまらん。晴れて自由の身じゃ。そうおもったのも束の間で、すぐにどうでもようなった。そもそもなにも気にすることはなかったんじゃ。俺はただ、すきなようにしとったらええ。

昼休みはあとちょうど半時間。・・・一眠りするかのう。
そう思ってオレが寝転んだのと、ドアが開け放たれたのは同時だった



「、なんで場所・・・・変えたの」


 仰向けに寝転んだ視界いっぱいにひろがるのはみょうじなまえの姿。
息を切らしている様子からみるに・・・・・ここを探し回った、というところか。怒っとるようじゃけど・・・・俺がサボり場所をかえようが、報告する義務はないんじゃがのう。

 にしても、ここはつかっとらん校舎の空き教室じゃ。みつからん自信があったんじゃが・・・・大方柳生あたりがリークしたんじゃろ。・・・・なんてことをしてくれとるんじゃ。(どいつもこいつも俺の情報を簡単に・・・・・・)

 そうこうしてるうちにも、みょうじはあろうことか俺のすぐ近くの席をひきずりだすと、隣に寄せる。・・・・大胆なやつじゃ。


「・・・・・・パン?」
「うん、おひるまだだったから」


 もう五限も始まるっていうのに、今さら昼飯か。俺を探していたせいかどうかは、聞けんかった。
そもそも追い回す意図わからんし、・・・俺のせいじゃなか。

会話はないまま、時間だけがすぎていく。正直、居心地は悪い。
一方みょうじはちいさなパンを食べ終えると・・・、今度はプリンを取り出した。



「・・・さくらプリン」
「うん、おいしいの」
「・・・なんじゃ、その手は」
「なにって、一口」
「・・・・みょうじの間接ちゅういただきじゃ」



 そんなことを口走ったんは、ただほんの復讐のつもりじゃった。取り乱すみょうじをみて、優越感に浸りたかったんじゃ。
なのに、みょうじは動じん。・・・・・こっちが恥ずかしい。大怪我じゃ
 くちのなかに広がるさくらプリンとやらは、まったりしとって好かんし。



「・・・・・へんなあじ」
「えーおいしいよ」
「・・・・・・・変わっとるのう」
「ごちそうさまでした、・・・・・あ、これはね、仁王くんに」
「なんじゃ」
「甘いものはね、なんかいいっていってたよ」
「・・・・ちゃんと食べるき、押し付けなさんな」


 次から次へと・・・・なんなんじゃ。手のひらにはよーみたことない、キャンディが三つ。
ポケットに突っ込もうとしたんに・・・視線に応えて、一つだけ口に放り込んだ。瞬間、さきほどのプリンよりも濃厚な甘さが口内に広がる。問答無用で顔をしかめる俺にも構うことなく、みょうじはうれしそうにしていた。

 しかし、それも束の間。またすぐに沈黙は訪れた。みょうじはみょうじでキャンディをころころと転がしたまま、どこか一点をみつめとるし・・・・
なにしにきたんじゃ。まさか餌付けだけしにきたわけじゃなかろうに。なんて、そうは聞けずに口ごもる。こっちから話をふったが最後じゃき。
 とはいえ、このまま会話がないんもいただけん。なんでこんな駆け引きせにゃいかんのじゃ。そう思いながらちらりとみょうじを見れば、見計らったかのように目があう。(こういう所が好かんのじゃ)



「わたしもね、失恋したんだ」
「・・・・・失恋?」
「幸村くんがすきだったの」


 ううん、いまも好きかもしれない
みょうじはなんともいえん顔でそんなことを言った。

 幸村って・・・・あの幸村・・・しかおらんか。唐突じゃのう。しかも失恋っちゅーことは、ふられたんか。



「・・・・幸村には、こんな風にせんの?」
「こんなって?」
「今みたいな」
「これは仁王くんだからするの」
「どういうことじゃ」
「わかんなくていいよー」


 幸村がすきで、ふられて、・・・・それで?おなじように失恋した俺を慰めに?
どっちにしたってよーわからん・・・・。



 そもそも、俺があいつに片想いしとったんはブンちゃんいわく、周りのやつらみんな知っとったらしい。みてればわかる・・・って、詐欺師がきいて驚くぜよ。気付かれてないって、おもっとった。
失恋が広まったときはいろんな噂や話をきいた。俺にわざわざききにくるやつだっておったぐらいじゃ。俺はそのたびに、立ち直ったもしくは・・・気にしてない風に演じた。したら、仁王なら大丈夫だとおもったって、みんな口をそろえて笑った。

 さすがにテニス部の奴らには隠せんかったけど・・・わざわざ触れてくるやつ、遠回しに元気づけてくれるやつ・・・反応はさまざま。
でも、俺は絶対に平気なふりをしたんじゃ。あいつと俺と、長くいっしょにおったブンちゃんには弱みをみせたりもした。でも、本当にずっと、ずっと演じた、平気だって言い聞かせた

 だから、土足で俺のこころに踏み込んできて、俺に勝手な仁王雅治っていうレッテルをはらずに接するみょうじの存在は、不覚にも居心地がいいって、感じた。
 まだ強がる自分が残っとるき、認めたくない気持ちがあったのに。所詮人間じゃ。みょうじもおなじだって、わかった瞬間なにもかもから解放されたような気さえした。
うれしかったんじゃ。

 だから、



「ずっと、そばにいたんじゃ」
「・・・・うん」
「あいつの笑顔がみれたらそれでいいって、思ってたんじゃよ」
「うん」



 慰めてほしいっておもったんじゃない。なんでかわからんけど・・・・気付けば俺はあいつとのことをぽつりぽつりとみょうじにはなしとった。

 あいつを好きだったこと、そいつには好きなやつがおって、俺は応援してやってたこと、ずっと、ずっとそばにおったこと、

 告白の後押しは、ほんとはふられてしまえって、心のどこかで思ってたこと。すべてを。

 俺は、俺が思う以上に弱い。みょうじにこんな姿をみせる俺自身すら憎い。でも、ただひたすら吐き出したかったんじゃ

 みょうじがどんな反応するんかは予想もつかん。すこし後悔に苛まれながらも反応を伺っていると、みょうじはなんやら神妙な顔つきでこんなふうに言った。


「紙飛行機をつくろう」
「・・・・・は?紙飛行機?」
「そう、紙飛行機!紙・・・・あ、これしかない」



 言いながら、ポケットからだしたのは先週配られた予定表。
わけがわからんし、普段ならはねのけとるかもしれんが・・・今の俺はほとんどやけになっとる。だから、みょうじに促されるままプリントを受け取って・・・折ることにした
・・・・・今は、みょうじの突拍子のなさに助けられとるようじゃ。



「うん、上出来」
「で、これをどうするんじゃ」
「次はね、」



 みょうじは勢いよく教室の窓をあける。外から入ってくる風は妙に懐かしい感覚がして、心地いい。なるほど、紙飛行機か。

 それからは俺の察しの通り。不格好な紙飛行機をみょうじに言われるがままに窓から高く、高く飛ばした。
紙飛行機は風にのって、中庭のわずか数十センチをゆらゆらと飛行した末に・・・・放物線を描きながら生け垣に墜落。滞空時間はそれはもうあっけないほど一瞬。生け垣に突き刺さった無様な姿も相まって・・・・思わず俺もみょうじも顔を見合わせてわらっとったぐらいじゃ。


「・・・・なんか、もっとこう・・・・綺麗にとぶもんだと思ってたね」
「まあ、紙がぐしゃぐしゃじゃったし」
「そんなときのために」
「・・・何枚もっとるんじゃ、しかもこっちもなかなか大切なプリントじゃのう」
「わたしの方がうまくとぶからね」


 はりきって紙飛行機を作成し、みょうじが再び窓の前に立つまでかかった時間はおよそ五分。自信たっぷりにふりかざし、紙飛行機は空中に投げ出された。
・・・・が、そんなみょうじの紙飛行機は、飛ばなかった。否、飛ばされなかった


「なんじゃ急にかたまって」
「・・・・風をよんでるだけだし」
「さては敵前逃亡っちゅーやつじゃな」
「っそうじゃないから、仁王くんはそっち!そこでみるの」
「なんじゃ必死になって・・・、なに隠しとるん」
「精神統一したいだけで、」


 みょうじがなにかを隠しとる。そうおもったんは勘じゃった。大体、俺の勘はあたるし、それはよくないことだったりいいことだったり・・・・わからん。今回は、みえるんは向こうの俺らがいつもつかっとる校舎じゃし、なんかおもしろいもんが見えたんかとおもった。だから、みょうじの様子が随分ちがうことにも気付けんかったらしい。

阻むみょうじを押し退けて、外をみた俺の視界に飛び込んできたのは・・・・遥か遠く、廊下の片隅で一生懸命背伸びして真田にちゅーしとるあいつの姿じゃった。



「なーにやっとるんじゃ、風紀委員」
「・・・・あ、」
「真田、顔真っ赤じゃのー」
「・・・・・・・・・・・ごめん」
「お前さんが気にしてどうするんじゃ」


 みょうじは泣きそうなぐらいてんぱっとる。それに対して俺は・・・・・・ショックなはずなんにのう。なんでじゃろうな。ショックを受けてない自分に驚いている方が大きいし、なにより・・・・こんなに気を使わせたことの方が気がかりなぐらいじゃ。


「あ」
「没収」
「ちょ、ちょっと」
「ほお・・・こーんなとこ折り曲げて、空気抵抗なくしとるんか?せっこいのう」
「頭脳プレイだし!・・・っていうか、その、」
「かくしてみょうじの飛行機は空を飛ばずまま仁王の魔の手に落ちるのであった」
「っなにそれ!」


みょうじは俺を気遣う顔から一点、ふわりとわらう。・・・・だから俺もわらった。

 わかっとった。もうわかっとったんよ。あいつらがああなることは、最初からわかってるつもりでいたんじゃ。無理にわかったふりをしないことにしたら、随分と楽になった。それでええんじゃ。なんも、後悔はしとらん。
 いまは強く、そうおもう。




 なんじゃ。俺のくだらん悩みや、ごちゃごちゃしたの全部さっきの紙飛行機といっしょにとんでったみたいじゃな。
みょうじはまるで、魔法使いじゃのう

そんな言葉を飲み込んで、ひたすら笑う

差し込む光が眩しくて、みょうじの顔はよくみえんかった




20130715


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