昨日、仁王くんが幸村くんを訪ねたらしい。
幸村のことだからうまくやってくれたことには違いないから、なにも心配なんてない。
・・・・・・はずなのに、なんだかすっきりしない。漠然とした・・・もやもやがわたしを支配していた。
わたしはただ、人よりもちょっとテニス部の人達と顔見知りなだけ。それは偶然にすぎないし、仁王くんをみつけたのも偶然だった。

 "あのこ"と、丸井くんとならんで歩く姿。きらきらと光に反射して輝く銀髪をみて、幸村からきいた、"あの"仁王くんだっていうのはすぐにわかった。
・・・・それから、仁王くんが隣を歩く女の子に恋をしているのにも気付いたのはすぐ。

 人知れず仁王くんを想うわたしに一番に気付いた柳くんはそれでも静かに見守ってくれていたし、次に気付いた柳生くんはそれとなくいくつか情報をリークしてくれた。それでも行動に移さずにいるわたしに苛立ちを感じ、文句を言い出したのはいつのまにやらわたしの気持ちを知っていた幸村くんだった。

 わたしはなにも考えていなかった。仁王くんには惹かれていたし、好きだったけど・・・どちからといえと仁王くんをすきでいる時間がすきなだけだったのかもしれない

そうはいかなくなったのは、そんな毎日をすごして二ヶ月は経った頃。



「あいつら、くっついたってさ」



 幸村くんはわたしを訊ねてきて、目の前に座るなりそう言った。幸村くんから動くことなんて滅多にないわけで、ちょっと予想はついていたから、きっとわたしは酷い顔をしていただろう

 すると幸村くんは益々表情を曇らせて、こういう。(なんだか幸村らしくない、)
くっついた、というのは真田くんと、あのこのことだ。



「・・・知ってたのかよ」
「うん」
「泣くなよ、お前が泣くことじゃないだろ」
「でも」



 だって、わたしは仁王くんと話したこともないけれど・・・・知ってた。知ってたんだよ。
ずっとあのこの傍にいて、ずっとあのこを想ってたこと。熱を帯びた目であのこの背中を追って、さいごはその背中を押したこと。
 ずっとみてた。あのこを想う仁王くんが、すきだった。だから、大丈夫なのを装う仁王くんをみてるのは、つらかった
 だけど、わたしにはなにも出来ない。声すらもかけてあげられなかった



「気持ち悪いよなあ、お前も、仁王も」
「・・・気持ち悪いってなに?」



 幸村くんがずっとわたしに苛立ってるのはしってた。だけど、こればかりはつい抑えきれなかったのだ。すこし掠れた声はわたしが思ったよりも低くて驚いた。でも、幸村くんがそんなことで怯むはずもなく。続けざまにこういう。

 場所を選べばよかったんだけど、わたしも、幸村くんもここが教室のど真ん中ってことを忘れていた。
幸村くんのファンだといっていた友達が、目を見開いたのが幸村くん越しにみえて、わたしはすこし頭が冷えていた
だけど、幸村くんはちがう。その目は深い悲しみと、怒りに満ちている



「そんなにすきなら伝えればよかったんだろ」
「っそんなこと、」
「できないなら、こうなって当然だ」



 わたしを想って言ってくれるのはわかる。だけど、いまはそれを受け止められるほどわたしだって穏やかではなかったのだ
視界が滲むなか、柳くんや、柳生くんがとめにはいる姿をみた。どこかから騒ぎを聞き付けたらしい。
構わず、わたしは口をひらいた。からからになった喉から絞り出した声はどうにも弱々しいけれど、今度は気にならなかった。



「・・・・・・幸村くんは嫌い、」



 幸村くんがどんな表情をしたのか、
もう涙でぐしゃぐしゃになった視界ではわからなかった。

 でも、わからなくて良かったとおもう。きっと冷たい目でわたしをみていたに違いない。そんな目をみてしまえば、わたしはもう何も言えなくなる。だからこれでよかった。



「正論ばかり言うから、わたしが目を背けたことばかり言うから・・・・だから、嫌い」



 最後の方は嗚咽に飲み込まれてしまったのは誤算だった。恥ずかしくなるけれど、最早どうでもよかったのかもしれない

 幸村くんとは友達に戻れない、そんな覚悟さえした。
こんなに大事にしたんだから、当然だ。
そう思った。

なのに、



「馬鹿だなあ、なまえは」



 幸村くんは、わたしの頭を乱暴に撫でながらそう言った。その声は微かだけど震えていて、わたしはわたしで耐えきれずに泣いていた。
押し付けられたハンカチは柳くんのものだってすぐにわかった。(だって柳くんの匂いがしたから)鼻水がついてしまう、いつものわたしならそんな遠慮をしたかもしれないけど、いまは違う。

 なにも考えずにただ泣いた。気がつけばわたしは友達に抱き締められていて、幸村くん怒ったような、不思議な顔でわたしをみてため息をついていた

 この出来事はわたしにとって忘れられないものだけど、忘れられない事はもう一つある。
それは事件から、数日たった頃に起こった。

 不思議とまだ友達でいた、というよりも・・・もっと仲が深まった、といってもいいかもしれない。そんな幸村くんがわたしを呼び出した。
ここまではいい。問題は呼び出した場所だ。そこはわたしにとって最も遠いはずの場所、立海テニス部の部室だった



「仁王を、助けてやってはくれないか」



 "あの"真田弦一郎が、でかい体を折り曲げながらそういった。まわりはテニス部の、いわゆるレギュラーのひとばかりで、わたしはもう夢でもみてるんじゃないかって。ひたすらそんな事を考えていた。(勿論この場に仁王くんの姿はない、)

 放心するわたしに、真田くんにかわって声をかけたのは幸村くんで。



「今まで仁王をみてきたお前だから頼んでるんだよ」



 また、まただ。またそんなよくわからないことを言う。
仁王くんを見てきた?だから、救ってほしい?わたしに?



「俺からも、頼む」



 幸村くんが頭をさげたのははじめてだった
それはわたしの記憶の限りの話だけれど、当時、この影響は大きかった

それに、同時に事の重さを知らされた。
仁王くんは、わたしが思う以上に傷ついてるんだ

 それからは、とんとん拍子に話が進んだ。シナリオもなにも用意されないまま、わたしには仁王くんについての情報をたくさん、たくさん教わった。ちなみに、承諾するまで毎日日替わりでレギュラーの人たちがわたしをたずねてきた。
たのみかたはみんなそれぞれだけど、大きな声でひたすら頭をさげる真田くんには一番困らされた。彼が責任を感じているのは一目瞭然だったけれど、わたしにはどうしても彼の奥にあのこの面影を見てしまい、首を縦にはふれなかった。

 そんなわたしがとうとう頷いたのは、幸村くんと柳くんに言いくるめられたからだった
どうしてわたしなのか、その理由は結局最後まで教えてもらっていない。


やれるだけやる、そう約束した

だから、わたしは仁王くんへの想いを閉じ込めた。あのこの代わりになる自信なんてないからだ。幸村くんはそんなわたしを相変わらず馬鹿にしたけど、その目は悲しみを帯びていたからわたしも何も言わなかった。

 そしてあの日、わたしは仁王くんに近付いたのだ






「恋愛の忘れかた、教えようか」




 これが、わたしがうそつきになった理由の全貌


20130807


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