わたしと仁王くんがおひるを共にするようになって、気付けば随分と時間が経っていた
おかげで学校中の使われていない教室について詳しくなった、といっても過言ではない。
肝心の仁王くんの様子は・・・・よくなった、と思いたい。
無理矢理だったけど、きちんと本音も引き出したし、あのこへ伝えることができた。これ以上わたしになにができるのか。わたしは、仁王くんのなんなのか。不意に考えることがある。
すると、どうしてもやるせなくなる。いつもそうだ。こんなの、最初からわかっていたことだったのに。欲というものはどんどんあふれだす。
特に考えがあったわけではないけれど、この日、わたしは珍しく仁王くんが待つであろう教室へは行かずに・・・いつだったか、仁王くんが逃げ込んだ、別館の空き教室に腰をおろしていた
ここは、本館とは離れているせいか、静かで居心地がいい。仁王くんが選ぶだけのことはある。
そうして、椅子をふたつもつかって、優雅に過ごしていたわたしが突然の訪問者にかおをあげたのは、昼休みが始まって数十分が経った頃だった。
仁王くんは息を切らせたままドアを開け放ち、わたしの姿を確認するなり目をすこしだけ細めた。立場は逆だったけれど、こんなことは前にもあったっけ。わたしは思ったよりも平然と、仁王くんの行動を見守っていた。
どかりとわたしの隣に座った仁王くんが不機嫌を通り越して怒っているのは目にみえてわかる。なのに、仁王くんは黙ったままだ。
「・・・・・どうしたの」
たまらずに声をかけてみれば、すぐさま視線が返ってきた。わたしのなんでもないような声色が妙に静かな教室に反響し、すこしきまずい。仁王くんはわたしをじっとりとみながら一言、こう言う。
「・・・・怒っとらん」
「なにも言ってないよ」
怒っていたのは明確なのに、仁王くんの声色はすこししょんぼりしているように思えた。
わたしと特に約束をしていないことを思い出して恥ずかしくなったのか、ただ単に拗ねているだけなのか・・・・真意はわからない。
わからない以上、わたしはただ黙って空虚をみつめる。
仁王くんの探るような視線はこの際きにならない。遠慮なしに突き刺さるそれを気にしないふりをして、なにもない風を装うのだ。そんなわたしに耐え兼ねたのか、口を開いたのは仁王くん。
「なんかあったん?」
「・・なんかって?」
「今日は、来んかったから」
「毎日くるとはいってないよ」
こんな反応がくるのは正直、予想していなかった。わたしもすこしは仁王くんの中に入ることが出来た。そう思うと少し感慨深くもある。
そんなわたしとは裏腹に、まだ仁王くんは納得がいかない様子だ。
「・・・・なんじゃ、なに怒っとるん」
「怒ってないよ」
「今日のお前さん、変ぜよ」
「・・・・・仁王くんこそ変だし」
「俺が?」
「どうしてわたしに固執するの」
教室が、静まり返った。元々静かだったけれど・・・居心地が、わるい。それに、仁王くんの顔もみれそうにない。
こんなこときいたってどうしようもないのに。楽になりたかったんだ。拒絶されてしまえばそこまで。仁王くんを、試した。わたしは最悪だ
勝手に近づいて・・・こんなこと。後悔したってもう遅い。・・・・だけど。
そう、おもったとき。不意に背中に温もりを感じ・・・同時に背中にのし掛かる重み。
それが仁王くんの背中だと気付くまで時間はかからなかった。つまり、ふたつの力は自然と釣り合って・・・いわゆる背中合わせの状態。
「・・・・仁王くん?」
「なんじゃ」
「こっちの台詞だよ!」
「なんもないんじゃけど」
「なんにもないわけない!なに?」
「疲れたんじゃ、おまえさん探して」
「・・・・そう」
言いながら、こてん、と仁王くんの頭がからだごと倒れてくる。潰れそうになりながらもなんとかそれを押し返すと、都合のいい場所でぴたりととまった。
仁王くんの髪がくすぐったいし、密着しているせいで熱が伝わる。・・・・恥ずかしい・・・はずなのに、なんでだろう。すこし、落ち着く。さっきまではいろんな事を考えていたのに、不思議だ。
仁王くんの行動の意味はわからない。なのに甘えてしまうのは惚れた弱味、というべきだろうか。
ちなみに、見た目に反してねこっけの仁王くんのそれはもぞもぞとわたしの後頭部で動いたまま、落ち着かない様子でいる。
対するわたしは背中にあたる熱のせいなのか、反対側の窓から差し込む日差しのせいなのか・・・・あたたかくなって、睡魔が訪れて。すこし目を擦り始める。
そんなとき、仁王くんは聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声でこう呟いた。
「おまん、正体はわからんし意味わからんけど嫌いじゃないぜよ」
・・・・・"正体はわからないし、意味がわからない"
まさか、仁王くんにそんなことを言われるとは思わずに、事態を飲み込むまですこし時間がかかってしまった。でもたしかにいま、嫌いじゃない、って。仁王くんが、わたしを。
ということは、嫌いではないけど好きではないっていう意味で。・・・だけど、勝手に彼に対してストイックな印象をもっていたわたしにとっては十分すぎることばだった。
「・・・どうしたの急に」
「素直にならんといかんき」
「そう」
背中越しにきいた仁王くんの声を判別することはできない。でも、おそらくわたしの声はすこしばかり震えてしまっただろう。
さっきまでは関係について考えて、逃げて・・・迷走してたのに、・・・・・いまは突然のデレを信じられずにいる。
こんなの、あたまが追い付くはずがない。素直になるって?それってどういう意味なの
考えたってわからない。仁王くんの行動の意味なんて、わからない
不意に背中から熱がはなれ、拠り所がなくなったことでバランスを崩しそうになったのをなんとか持ちこたえた。仁王くんは立ち上がり、わたしを見下ろしている。
「明日もまっとるから」
「・・・・行かなかったら?」
「・・・反抗期じゃのう」
「うそ。いくよ、ちゃんといく」
「ん」
「・・・・・なに?」
「指切り」
仁王くんにしては女々しいことをするんだなあ、って思うと自然と頬が緩んだ。
仁王くんはすこしむっとしたかおをするけれど、きにしないふりをしてぶっきらぼうに押し付けてくる小指にわたしの小指をからめる。
わたしも、仁王くんの役に立ってた。あの仁王くんのちかくに、わたしの居場所はあった。
喜ぶべきなのに、素直に喜ぶことができない自分に、疑問をもった。
それは、望んでいないからだって気づくまで時間はかからなかった。
元々、気持ちを圧し殺して臨んだことだった。だから、わたしはあのこのかわりになりたい、とか、そんな風には思わなかった。
ただ、こんな形でも仁王くんと過ごせるのはうれしかったけど、それは諦めの根底の、最後の希望だったにちがいない
つながれた小指がなんどか揺らされて、はなれていく。
このときだ。このとき、この瞬間から、わたしのなかでとある事項が決定したのだ
「なあ」
「・・・・ん?」
さくらプリンを頬張るわたしと、頬杖をついて、どこかをみる仁王くん。これはいままでも何度かみた風景。
今日は仁王くん、おひるたべないのかな。とか。いつもなら気にすることも今は口をついて出ない。ただ、ひたすら仁王くんの次の言葉をプリンを咀嚼しながらゆったりと待つ。ちらりと盗み見た仁王くんはやっぱりなんともいえない顔つきをしていた
「新しい恋はせんの?」
「しようと思ってするもんじゃありませんし」
「・・・・・・・・お前さん、俺に言うたこと覚えとる?」
「うん」
「矛盾しとる・・・」
「・・・・あ、仁王くんはそんなんじゃないからね」
「なんもいっとらんじゃろ」
「どっちかっていうとペット感覚だし、ほらあーん」
「いらん」
「そっか」
仁王くんはそんなんじゃない。はじめはそう言い聞かせていた節があったかもしれない。
でも、今はちがう。
たったそれだけなのに、なにか憑き物が落ちたかのように心が軽くなった。
恋する仁王くんに恋におちて、何度もあのきらきらの銀の髪を目でおいかけた。その隣には必ずあのこがいて、あのこをみる仁王くんがいて。
わたしはその仁王くんの熱をもった視線をみて、ああ、彼の恋がかなうといいのに って、おもった。いつでも姿を探して、あうたびに追いかけて。
だけど、いつしかそれは恋じゃなかったみたいだ。
わたしは、ただ仁王くんを助けたい
それだけだったんだ
背中にやんわりと残る熱を振り払って、廊下を歩いた。もうすぐ冬がくる。窓越しに灰色じみた空を見上げ、カーディガンの裾を引き延ばすともう一度息を吐いた
20130824
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