「あ、」
「・・・このまえの紙飛行機」



 日溜まりのなか、何をするでもなくいつもの教室にいたときのこと。不意にみょうじが指差した窓の外の中庭に見覚えのある紙飛行機が鎮座していた。

 元のプリントがよれていたわりにぴんと張ったそれは以前と変わらず、同じ形でいる。・・・・そういえばここ数日は雨も降っとらんかった。
なんとなく懐かしい気持ちになって見ていると、隣でみつめるみょうじもそんなような顔をしていた。



「・・・・回収されんかったんじゃな」
「そうみたいだね」



 こうしていると、どうしてもあの日のことを思い出す。・・・・・俺がみょうじに本音を話した、あの日。
みょうじが突然俺の前に現れて、・・・・助ける、とかなんとかゆうて・・・・、気がつけば今度は俺がみょうじを探すようになったなんて思えば妙な話じゃな。・・・・・しかも、忘れかけとったけど・・・・こいつは幸村のことを好いとる。
 なのに幸村は・・・みょうじをなんともおもっとらん。そのくせ俺は今の状態を居心地がいい、なんておもっとって・・・・・・・それを、認めたくなくて。ほんまに、世界はうまくいかん事ばっかりじゃ。


 ・・・さらにいうなら、それと関係あるのかはわからんけど・・・みょうじは雰囲気が変わった。どこかと聞かれればわからんのじゃけど、確実に、変わっとる。

そんなみょうじに妙に違和感を感じるのは・・・覚悟なんかじゃない、吹っ切れたような顔をみせるようになったからだった。
・・・いや、違和感だけじゃない。横顔をみるたびに、俺の心はちくりと痛むようにさえなったんじゃからかなり重症じゃ。(俺と重ねたって、みょうじはまだ頑張る余地はあるんにな)



「仁王くんってば」
「・・・ん、なんじゃ」
「・・・・・考え事?」
「んーそんなとこかの」
「そっか」



 追及しないみょうじに違和感を感じながらも、平静を装う。当のみょうじはそんなことも露知れず、急に黒板に向かう始末じゃ。

 静かな教室にチョークと黒板がぶつかる音だけが響く。・・・・女の子らしい、まるっこい字を目でおうと、そこには元気ですか?と、書かれている。
 どうしたものかと引き続き様子を伺っていれば・・・チョークを半ば強引に押し付けられた。これは、つまり・・・・



「はやく、返事!」



 なるほど、予想通りじゃ。腕をひかれて黒板に立つと、となりから熱視線。・・・・・・かなり期待されとる。
 みょうじの奇行にもなれとったはずじゃった。毎回こう思うんに・・・・どうもかなわん。

 そう思いながらも俺が書いたのは、



「・・・・・なにそれ」
「なにって・・・・みての通り、みょうじじゃ」
「え、わたし!?きもい!へたくそ!」
「ひどいナリ」
「返事っていったのに・・・・しかもそれ、なんかうねうねしてる」
「髪じゃよ、髪。・・・完成」
「えっ」



 俺のかいたみょうじはたしかにうねうねしとるし・・・・我ながらひどい出来じゃった。目のラインだけはみょうじらしさを表現できたと思ったんじゃが・・・・・みょうじの反応は・・・・・・

 ・・・・良好じゃ。肩揺らして笑っとる。
つられて笑えばいよいよ二人で声をあげて笑って。振り返ったり、真面目にみてみればきっとなんもおもしろくないんじゃろーけど・・・・みょうじも、ツボにはいった俺もしばらく笑った。

 それからは自然と黒板一面を使ってのお絵描き大会に。この件で、俺は一応絵は下手な自覚はあるんじゃが・・・みょうじのセンスのなさも大概だという事が判明した。



「まだ笑っとるんか、失礼なやつじゃのう」
「あれは才能感じる出来だよね。思い出したらまたほっぺた痛くなるもん・・・・」
「一月分の頬の筋肉は使ったナリ」
「それはいいすぎだし!まあ・・・・・・元気そうでよかった、」



 そう呟くみょうじは本当に安心しきって、嬉しそうな表情をしとった。
 ・・・・・・こんな顔みるんは初めて、いや・・・・。今までは俺は自分のことでいっぱいで、まわりみる余裕もなかったんかもしれんな。これはかなりの進歩じゃ。それも、みょうじのおかげ、なんかのう。・・・・そう思うとすこしこそばゆい



「わたしも仁王くんかこ」
「輪郭からおかしいのはじめてみたナリ・・・」



 みょうじのかく俺とやらは前衛的なデザインで描かれていく。
出来上がる頃には当然とんでもないものに仕上がり、満足げにわらうみょうじの隣で俺はわざとらしくため息を吐いておいた。



 このとき俺は気がつかなかったんじゃ。みょうじの、覚悟をきめた目に。



「仁王くん、あのね」
「なんじゃ」
「仁王くんは元気ですか」
「・・・・・今日のみょうじはいつにもまして変じゃのう」
「だってわたしは仁王くんを助けにきたヒーローだから」
「今度はなにを企んどるん?」
「企んでるなんてひどいなあ」



 そういうと、みょうじは教卓に背を預けるようにして腰かける。そのことで、俺とみょうじは向かい合う形になる。

 今日まで、なんだかんだ長い時間を過ごしとるはずなんに、向かい合うのはどうしてか気恥ずかしい。なんとなく、顔をあわせずにいると・・・・



「・・・・睫毛、ごみついてるよ」



 そういいながら、みょうじは俺の顔をのぞきこむ。
息を呑んだんはばれたじゃろうか。生憎ポーカーフェイスは得意な筈じゃったんだがのう・・・・・。まるでこの空間に縫い付けられたかのように、動くこともままならん。

 一方みょうじは、どこか神妙な顔付きで俺へと手を伸ばす。・・・・が、その手が捉えたのは、俺の頬じゃった。
それからすぐ、唇に柔らかく、暖かい感触と共にふわりと甘い香りが鼻を擽る。キス、されとる。そう気付くまで時間はかからなかった。
俺が音を立てるのも気にせずに腰をひくのと、みょうじが離れたのは同時で、



「さよなら、仁王くん」



 そう言うと、引きとめる間もなくみょうじは出ていった。

 ・・・・・残された俺は、まだ熱の残るそこをおさえたまま、働かない頭で懸命に状況を理解しようとするばかりだ。
窓から差し込む光はそんな俺を容赦なく照りつける。そうでなくてもただひたすら、頬があついというのに。


なんでじゃろうな。みょうじのあの顔が、あの、寂しげな笑顔が脳裏に焼きついて離れん。




20130924


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