「すこしだけ、手伝ってほしいの」
すこし、というと語弊があるかもしれない。でも、それをかなえるには必ず仁王くんの力が必要になる。・・・そんな確信があったからこそ、わたしは引き下がらなかった。
仁王くんをまるっと信用しているわけじゃないのに、わるいひとじゃないって思えるのはなんでだろう。
・・・決して、ほかの、柳くんや幸村くんなんかを悪い人という括りにしたわけじゃない。でも、なんだろう・・・・仁王くんなら、って。そう思うからこそ軽く事情を説明した。
そうして・・・・仁王くんはわたしの条件をすんなり呑んでくれたのだ
それから、奇妙な生活がはじまった
わたしは放課後になるたびに、仁王くんが部活へいくまえの数分の間だけ彼を尋ねるようになった。今日で大体・・・五日目だろう。
わたしの"おねがい"はずいぶんと形を成してきた。本当ならすぐにでも渡したいのに・・・もう少し粘れば。そんな欲張りな気持ちがむくむくと膨れ上がり、いつも口からまた明日も、なんて台詞が飛び出すのだ。今日も、仁王くんはちっともいやがるどころかどこか楽しそうな様子で頷いてくれた。
完成まで、もう少し。わたしは緩む頬をおさえながら小瓶をしっかりしめ、蓋をすると・・・それをまるで宝物をしまうかのような仕草でそうっと鞄の底にいれたのだった
・・・これまでだって、わたしの生活は十分変貌を遂げたって言ってもおかしくはないんだろうけど・・・
仁王くんが加わったことでより一層それが深まったように感じるのは気のせいなんかじゃないだろう。
ちなみに、その数分だけとはいえ、これまで関わりのなかった仁王くんとわたしの仲についての様々な噂はまことしやかに囁かれている。
だから、一応覚悟はしていた。してはいたんだけど・・・・・
やっぱりこうなるんだ。
ぱちくりと瞬きをしてみたって状況は変わらない。わたしはやはり、人気のない・・・さらにいえば、すこし埃っぽい教室で柳くんと向かい合っていた。
「・・・・・最近やけに仁王と会っているようだな」
みてわかる通り、柳くんは不機嫌だった。もう見慣れた風景だと割りきれてしまえばどれだけ楽だっただろうか。・・・・前回のことがどうしたって頭によぎる以上、わたしはすっかり警戒していた。
とはいえ、そんな事は気にしていないらしい柳くんはより一層不機嫌を露にしながらわたしにじっとりとした視線を寄越す。
「・・・柳くんには関係ない」
本当はすごくこわいのに、最大限に虚勢をはりながらそう答える。
声は勿論いつもよりは小さくなるけれど・・・狭い教室には十分響いた。
しかし、柳くんのわざとらしいため息に肩を揺らしそうになるかわりに唇をゆるく噛み締める。
「忠告した筈だ。なのに、何故・・・」
言いながら、柳くんが拳を握る。
わたしは思わず目をそらしながら、その悲痛な声に耳を傾けた。
たしかに、柳くんのいうことは正しいかもしれない。わたしのしていることを・・・・柳くんは馬鹿馬鹿しく思うかもしれない。
でも、わたしだって・・・必死に考えて、もがいて・・・・ようやく導きだした答え。
だから・・・・こわいのだ、柳くんが。・・"わたしが築き上げてきたもの"を壊されるのが・・・堪らなくこわい。
そもそも、柳くんはどうしてわたしなんかを構ったりするの?・・・・同情?それとも・・・・わたしが柳くんの初めての友達だったから?
いつだって、突き放しては近付いて、冷たい目でわたしをみて。平気でわたしの心を乱して・・・・たまに見せる優しい表情の理由だって、わたしはしらずにいる
嫌なのに。わたし自身も、こんな嫌なわたしにさせる柳くんも・・・・嫌い。
「・・・・なんで」
「・・・今のお前の状態がどれだけ危険かわかって・・・!」
「っわかってないかもしれないけど・・・・・柳くんには、関係ない!それに・・・・仁王くんはいい人だよ・・・!・・・・たぶん、柳くんよりはずっと!」
気付けば頭にかっと血がのぼって・・・・勢い任せにそういった。もっとたくさん言いたいことはあったはずなのに、口をついてでたのはその内のいくつかだった。
そのときだ。柳くんは傷ついたような表情でわたしをみていて・・・どきりとした。
ときめきだなんてそんな生易しいものじゃない。・・・まるで心臓を掴まれたような、そんな感覚だ。しかし、瞬きをする間に柳くんはいつも通り、冷たい目でわたしを見下ろしていて・・・・その眼差しに、いよいよ足は震えだす。
「・・・・・もう、わたしに構わないで」
空気が、ぴんとはりつめていた。胸がじくじくといたんで、まるで張り裂けた空気の破片がいくつも突き刺さっていくような、そんな気分にまで陥る。それだけ緊迫したなか、わたしはゆっくりと肺に酸素を送り込む。
「封印できるまでの間、血が欲しいならあげる。好きにすればいい。・・・代わりに、関わるのは、やめて。放っておいて」
血はあげるのに関わらないで、なんて・・・
おかしな話なのはたっぷり自覚してる。
でも、頭のいい柳くんのことだ。伝わったんだろうと思う。・・・証拠に、柳くんは大きく目を見開いてわたしをみてるもの。
・・・・・仁王くんと比べたりしたこと、傷つけたかもしれないこと。・・・柳くんにとってなんてないかもしれないけど、謝るべきか・・・ほんのすこし迷った。
でも、言わなかったのは・・・・柳くんのもつオーラに、圧倒されたからだろう。
「俺の所有物であると、印をつけることで身を守ることが出来ている。・・・・いまは、な」
わたしの首筋についた、刻印と呼ばれるものを視線で捉えながら・・・あくまでも穏やかな口調で柳くんはそう言った。
先程の表情からは想像もつかない程の、ゆったりとした口調。それはわたしを宥めるためのものだったかもしれないけど・・・・逆にわたしの背筋をじわじわ凍らせていった
「・・・低級な奴は刻印にすら気付かずにお前に手を出したが・・・厄介なのは刻印の効果が切れたことに気付く、力を持つ者だ」
「・・・・うん」
「今からおよそ3日後、刻印は消える」
3日後・・・・・
あのとき、水瀬くんに憑いたものに襲われたときのことを思い出す。あれはわたしの力でもなんとかできたけど・・・他はどうだろう?
例えば・・・幸村くんと対峙したときの恐怖。幸村くんにわたしをどうこうするって意思は感じられなかったけれど・・・仁王くんが来てくれなければわたしはどうなっていたんだろう。思い出すだけで胸がちりちり痛む。
彼は、それだけ人を圧倒する力をもっていた。
「・・・もう、関わらないと誓おう。すまなかったな」
「・・・・・柳くん」
「さよならだ、みょうじ」
「まって、柳くん!」
柳くんを引き止めて、慌てて鞄から取り出したのは・・・さっき大事にしまったばかりの小さな小瓶。
「これ、・・・・仁王くんの力を借りてじゃないと作れなくて・・・・時間もかかったんだけど」
あの日、仁王くんを神様だって形容したあのとき。わたしは本当に彼に"神頼み"をしたのだ。
"柳くんの傷を治したい"って。
仁王くん曰くただひとつの方法であるこれはわたし一人じゃ、力を水にうつす方法すらわからなかった。だから、仁王くんのもつ不思議な力に助けてもらったというわけだ。
すこし用途はちがえども・・・ご利益のありそうな方法で溜めた清水に・・・仁王くんを触媒に、わたしのありったけの力をこめたもの。
「即効性はないけど・・・・でも、きっと治ると思うの」
「・・・これを、仁王と?」
こくりと頷くと、柳くんはわたしの差し出した小瓶に手を伸ばす。
わたしがやった事だもん。それで柳くんが苦しんでいるならどうにかしたかった。・・・・これで、気持ちだって清算できるはず。心残りなんて、ない
「ごめんね」
それだけ言い残して、教室をあとにした。
柳くんの傷が完治しますように。最後にそう祈って・・・・もう振り返らなかった。
わたしがきちんとみょうじを誇る退魔士になっていれば、
もっときちんと助けられたかもしれない。ほかにも、色んなことが変わって・・・もっと、生き方すら変わって・・・・・・
・・・・おじいちゃん。おじいちゃんがわたしと柳くんを引き合わせた理由はなんなの?
わたしにもできるって、思ってくれたから?
・・・・わたしはこれで、よかったのかな。
窓からみえる空は青くて、体を包む空気はじんわり熱い。雲ひとつない、その空を
わたしはただ、ぼんやりみつていめた
20140712
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