わたしはかなり苛立っていた

それでもなんでもないように努めていたはずだった。友達とはそれでうまくできたと思う。・・・でも、家族は別。おばあちゃんが根回ししたらしく、お母さんから電話がきた。

 お母さんはわたしに普通に生きてほしいと、願ってくれてる。だから、すきな人はできた?って、それはそれは優しい声色で問いかけた。

 うまく息が吸えなくなる感覚を、わたしはしってる。
 わたしのことを、わたしの知らないところで家族が話してるのを知ったとき。期待に応えられなかったとき。
 おんなじだった


久しぶりに声がきけて嬉しかったけれど、吸血鬼の餌になってしまったこと。わたしが優秀じゃないから、"できない"からこんな風に心配をかけてしまったことが苦しくて、なにも言えなくなった。

 余計になにか思われるのが嫌で精一杯絞り出した声は、台詞は、もう覚えてはいない。お母さんはどう思っただろう。ううん・・・・なにもできないわたしを、どう思ってるだろう
 考えれば考えるほど、海に溺れたような感覚に陥って、わたしは考えるのをやめた

 いつしか、投げ出すのは得意になった

 だから、柳くんのことは"そう"なりたくなかったのに
ちり、と痛む首の傷と同調するように胸が軋む

 わたしは踞るように膝を抱いて、かたく目をとじた




 そんな日の次の朝は意外と元気になれる
これはわたしの持論だった。人間はつよい。わたしは、つよい。そう言い聞かせて家をでる。これは、わたしの小さな日課で・・・・母がおしえてくれた"魔"に呑まれないためのおまじないだった。



 柳くんとはそれ以来、なにもない。わたしは柳くんを気にすることをやめようとしているし、柳くんだってそうだ。彼の目は、わたしをうつさない。あの日が特別だっただけ。おいしいごはんであるわたしへの独占欲、とでもいうんだろうか。・・・盛りすぎか。とにかく、わたしは餌でしかない

 わたしははじめての友達だって、そういった柳くんは夢だと、そんな風に割りきることにする



「・・・あ、」



大丈夫、そう唱えようとしたときだった。段差に躓き、前につんのめったらしい。危ない、そう思ったときには視界には地面がひろがって、そして。
 強い力に引っ張られ、地に足をつけていた。

 反動からか・・・ずきりといたむ腕と、それだけじゃない。頭が、一瞬だけ割れるように痛みが襲う。助けてくれた。そう気付くのに時間はかからなかったけど・・・・・警告音が、響いた。気のせいなんかじゃなくて、



「・・・・大丈夫?」
「・・・っ・・・・」
「・・・・あ、ごめんね」



怪訝な顔をしたのは腕をはなしてほしかったわけじゃない。だけど、・・・幸村精市は人当たりのいい笑みを浮かべながらそういって、わたしを解放した

 助けてくれた。そんなことはわかってる。でも、柳くんは幸村精市は、吸血鬼だと。たしかにそういった。自分で確かめたわけじゃない。これまでそんな風に思ったわけでもない

 なのに、こんなにも危険を感じるのは・・・・思い込みなのかもしれない。・・・ううん、そうであってほしいって、これはわたしの願いだ



「・・・・あの、ありがとう、・・・ございました」
「どういたしまして。・・・怪我は?」
「・・・・・いえ、大丈夫、です」
「・・・君、みょうじさんだよね?」



 震えているのに気がつかないほど、彼を意識していた。

試してるんだろうか。それにしては幸村くんの表情は穏やかで。・・・尚更たちがわるい。そう思った。



「蓮二が世話になってるんだってね、俺は・・幸村、幸村精市。」
「・・・・みょうじ、なまえです」
「よろしく」



 お礼もいったんだし、早急に立ち去ってもよかった。・・・・そう思ったときにはもう遅く、すっかりタイミングを失ってしまった。
 わたしもなるべくなんでもないように名前を告げたつもりだったけれど、やはり声は僅かに震えていただろう

 実は、古来より吸血鬼における被害は少ない。
別に数が少ないわけじゃない。"被害"と認識する人間がいないのだ

まず、ターゲットをきめると、吸血鬼は獲物を魅了する。・・・・・・だから彼らは厄介なのだ。おそらく・・・人の血が流れて祓えない柳くんよりも、ずっと恐ろしい。



「・・・・本当に平気?」
「ちょっと挫いただけですし、えっと・・・それよりも本当にありがとうございました、助かりました」
「なんで敬語?」
「・・・・ふ、雰囲気?」
「雰囲気かあ・・・、善処してみます」



 あんなことを考えていたからだろう。険しい顔になっていたのか、怪我をしたと思われてしまった。慌てて繕うけれど、それでも幸村くんへの恐怖はぬぐえない。

 だってわたしは退魔士の娘で、・・・力は無いに等しくて、それなのに血は解放されている。・・・・絶好の餌だ。
 名字を告げた以上幸村くんだってなにか思うはずだし、むしろ血のことはすぐにわかる・・・はず。それならどうしてこんな会話ができるんだろう。

 ぐるぐると思考を巡らせるけれど、足はぴくりとも動かない。さっき触れられていた腕も、あつい。・・・毒でも含んだみたいに、ひどい熱をもってる。

 ・・・・やっぱり、幸村くんは
もう一度柳くんの忠告があたまをよぎって、頭が真っ白になったそのとき。



「なーにしとるん?」
「っわ、」
「あれ、仁王」



 背中からの奇襲は仁王くんの仕業らしい。幸村くんが呼んだ名前と、体温の異様な低さで確信にかわる。
びっくりしたけど・・・・



「に、仁王くん?あの、くるし・・」
「二人は知り合い?」
「う、うーん・・?」
「みてわからん?こういう関係なんに」
「要するに友達なんだね」
「そんな感じです」
「・・・・・ピヨ」



 ・・・助かった、そんな気持ちの方が大きい。
仁王くんも立派な妖怪なんだけど・・・・・彼らとはわけがちがうというかなんというか・・・
でも、べつに仁王くんが味方ってわけでもないし、助ける気なんてないかもしれないんだけども・・・こんなに落ち着けるなんて本当に不思議だ。



「ちょうどいいや。そのままみょうじさんを保健室に連れていってくれないかな」
「え、」
「足、冷やした方がいいよ」



 言われて、視線を下にむけ・・・・・息を呑んだ。すこしだけど、赤くなってる。
 そんなに幸村くんに集中してたんだろうか、言われてみればちょっと痛い気がするし・・・

 ひとりで大丈夫
そういいかけたのと、背後の熱がのそりと消えたのは同時だった。仁王くんはわたしのとなりにまわると、肩を抱いて・・・体を支えるような体制でじい、とわたしをみる。

 ・・・ひとりでも平気なんだけど、幸村くんが付き添うって言い出すのはこわいし、ここは仁王くんに甘えることにした。

 別れる際に手をふってくれた幸村くんはとっても笑顔で。・・・このひとが吸血鬼だなんて、やっぱりなにかの間違いだといいなって・・・・さっき感じた感覚は忘れたふりをしながらそうおもった



「仁王くんありがとう、それから・・・もう歩けるから」
「ん」
「ひとりでへいき」
「なんじゃ、ほかのこは喜ぶんに・・」
「柳くんに怒られるの」



 この言い方は変だったかも、そう気付いたときにはもう遅く。にやつく仁王くんとばっちり目があった。語弊があるにしても・・・なんとなく間違いじゃないし。

 ・・・でもあれは怒ったっていうか・・・なんだろう。怒ってたけど、そんなんじゃない。独占欲、というにはちがうし、仁王くんはわたしを食べたりしない。



「怒る?・・・柳が?意外に嫉妬深いんか」
「なんかわかんないけどね」
「複雑じゃのう」



 そう、複雑なんだ。だからわたしはもう考えるのをやめた。投げ出した。
 意外にも仁王くんはそれきりなにも言わなくて、多少の居心地の悪さや違和感を感じながらもとりあえずいまだに支えようとする腕をひきはがしておいた。

 仁王くんは文句をいったけれど、本当に痛みはあるものの、歩けるし。柳くんだけじゃなくて一部の女子から反感をかうのも避けたかった。

 保健室まではまだ距離がある。話題は自然と幸村くんのことになっていた



「怖かった?」
「・・・・幸村くんのことは」
「知っとる」
「・・・・・わたしがどうこうじゃなくて、本能っていうのかな。わたしは落ちこぼれだけど・・・とにかく、怖かった」
「なら助けたお礼」



 とんとん、と仁王くんが指差したのは彼の唇。わたしのより薄いそれは男の子のもので、・・・本来ならときめくんだろうけど、わたしはおもったよりも冷たい視線をおくっていた



「・・・・冗談じゃ」
「・・やだなあ、こんな生活」
「疲れた?」
「すこし」
「俺のせい?」
「柳くん・・・と、わたしのせい」



 仁王くんには先程だって助けられたわけだし。振り回されてはいるけれど、彼を嫌だと思わなくなりつつあるのは本当だ。彼の奇襲にも慣れたらすんなり流せるし、なによりも仁王くんとの会話は気が楽になる。勿論お互いにパーソナルスペースが存在して、それをわかって接していて・・・その甲斐あってか、ちょうどいい距離を保っていられる感じがわたしはすきだ。



「・・・なまえちゃん」
「なに?改まって」
「ちょっとこっち」
「・・・なにするの?」
「いいから、はよう」
「なにかしたら叫ぶからね!」
「信用ならんのう」



 だから、彼からの急なお誘いにはすこし驚いた。階段をおりた先の、死角になったちょっとした空間に彼は足を進める。わたしもおなじようにその背中を追うけれど・・・仁王くんの考えは読めない。わかりやすく警戒するわたしをけらけら笑いながら、仁王くんはそっと人差し指を唇にあてて、そうして・・・



「出血大サービスぜよ」
「・・・・!」



 しっぽと耳を取り出したのだった。
わかってたはずなのに、改めて仁王くんが妖なんだって思い知らされて・・・おもわずまじまじとみつめてしまう。

 それは、どうみても狐のものなんだけど・・・昔なにかでよんだ九尾のような外観がよく目立つ。間違いなく触っていい、という意味なんだろうけど・・・待ちわびるようにひょこひょこ動く耳を撫でるのはすこしハードルがたかい。

そう判断したわたしはそっと幾重にも重なったしっぽに手を伸ばした。



「・・・・っ、ふわふわ!」
「癒されるじゃろー」
「しっぽだけほしいー」
「容赦ないのう」



 見た目だけでもその質は伝わってはくるけれど、実際の肌触りは想像以上だった。この世のものじゃないみたい、って・・・当たり前なんだけど!

 仁王くんのなかに流れる魔力がわたしのなかの善くない気持ちをすいとってくれてるかもしれない。



「仁王くんは狐の神様なの?」
「まさか、混血にはなれん代物じゃよ」
「・・・そっか」
「まあ・・・昔は参拝にくるばあさん騙してお供えもろうとったけど」
「言わなきゃわたしも騙されそうだったもんね」
「なまえちゃんが信じてくれるなら、神様になってもええよ」
「仁王くんが神様かあ・・」



 たしかにみためだけなら十分に素質がある、・・・とおもう。中身ならきっと別だし・・・でもそういった事をよくしらないわたしは仁王くんみたいな神様がいてもいいかなあ、なんてすこしだけおもったわけで。

 続いて、冗談混じりに願い事をききにきた仁王くんにとあることを思い付いたわたしは・・・



「・・・・・じゃあ、神様にお願いがあるんだけど」



 とある"お願い"を、彼に持ちかけたのだ


20140609

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