「なんじゃ、もう渡したんか」
「・・・うん、予告もなしにごめん」



 あの日から一日が経ち、いつも通り落ち合った仁王くんはわたしの話をきくなり目を丸くしていた。
仁王くんとのことを聞かれて腹が立ったから・・・とまではどうしても言えなかったけど、これですこしは肩の荷もおりたような気がした。

 わたしに出来る精一杯のことをしたんだ。あとはわたし自身の封印のことだけ




「なんかあったんじゃろ」



 ・・・なんだけど。そう易々とくぐり抜けるのはできないらしい。すこし身を寄せた仁王くんにじっとみつめられて、ぎくりとした。


 なにか、そう言われて浮かんだのはあの日・・・あのときの柳くんの表情。



「・・・・・どうして?」
「柳、わかりやすくへこんどった」
「・・・・感情あったんだ」



 なんとか平静を保ちながらそう言ったきり、わたしは黙り込んだ。だってあの柳くんがへこむなんてありえない。・・・・・ありえない、はずなんだけど

 たまに、あの柳くんでも目を疑うような表情をみせることがあった
寂しそうだったり、辛そうだったり。・・・どれも一瞬だけで、まばたきをする間にいつもの柳くんに戻るのが特徴。

 わたしはその柳くんの顔を、忘れられそうにない



「・・・で?これからお前さんはどうするん?」
「わたし?・・・・わたしは、ゆっくり封印の方法を・・」
「柳とはこれきりで、か」
「・・・・・そうだよ」



 仁王くんの視線は、心のなかを見透かされているようで苦手だった。
・・・なのに、いまはそうは思わないのはきっと文字通り"肩の荷がおりた"からだろう。

 そう言い聞かせて、ほかのことは考えないようにして仁王くんと共にあるきだす。
ぽつりぽつりと他愛のない話なんかもして・・・その頃にはわたしの気持ちも随分楽になっていた

 ・・・・このときまでは上手くいくかもなんて、思っていたのだ




 仁王くんの教室まであとすこし、というところでわたしがみたのは、廊下に佇む二人の姿
柳くんと、・・・女の子だ。

 鎖骨のあたりまでのびた黒髪に、正統派美人といった顔立ち。・・思わず監察してしまう自分に自己嫌悪しながらも・・・・なんだろう。なんだか二人を纏う空気がすこし違うような、そんな気がして改めてみつめるもののやはりその理由はわからない。柳くんがこちらに気付く気配はなくて・・・・ひとまずは安心するけれど・・・・

 女の子の方は明らかに柳くんに気がある。・・・なら、柳くんは?一体どんな顔をしてるんだろう。

・・・なんて、気になったところで確認する気にもなれずに、視線はただ柳くんの背中へむかう。すると・・・




「気になるん?」
「・・・・ちょっとだけ」
「素直じゃな」



 それを阻むようにして視界に割り込んできた仁王くんにぎくりとした。・・・・そうだ。仁王くんが隣に居たんだった!
 頬に熱が集まるけれど・・・気付かないふりをして先程よりも歩く速度をはやめる。・・・・道中、なにか言いたげな仁王くんを睨み付けたのはいうまでもない。


 そうして教室にたどり着いてからも、逃げるようにドアをしめる。
・・・いつか、なんにも気にせずに過ごせる日がくるんだろうか。そんな途方もないことを考えて、わたしはそっと息を吐いた。



#mtr3#



 それからも、わたしの受難はつづいた。例えばなにもしらない友達から柳くんのことを聞かれて言葉を濁し、なんでもないふりをしたり、偶然窓の外に柳くんの姿をみつけては意識しないように努めたり・・・・
 さらには放課後、残って日直の仕事している間に空はどんよりと暗くなってしまったのだ。


 今朝の天気予報によると、夕方はかなり激しい雨が降るはず。
そうなる前にと、足早に歩いていたわたしは曲がり角に差し掛かった直後誰かとぶつかり・・・大きくよろめいた。
 慌てて謝罪しながら体勢をたてなおしたわたしは、



「・・・・・すみま、」



 その姿をみるなりしずかに息を呑んだ。

 思考が停止する、というのはこういう事なんだろう。無表情でわたしをみおろす柳くんを見つめながらあくまで客観的にそう思った。

 たった数秒のことがこんなにも長く感じられて、おまけに足は縫い付けられたように動けない。
柳くんは、



「・・・すまない」



 まるでなんでもないようにそれだけ言うと、わたしの隣をすり抜けた。

 頬に熱が集まって、おんなじように胸に鈍い痛みが広がる。わたしだけがとんでもなく恥ずかしいことをしたような、そんなよくわからない気持ちを抱えたまま、ふたたび歩き出した。

 足が、おもい。どうしてだろう、そんな風に考えたのは一瞬で、次にもう一歩踏み出したときには考えるのをやめてしまった


 外は雨が降りだしていた




 折り畳み傘の下はすこし窮屈で、鞄を守ればもう片方の肩が濡れてしまう。ローファーをはいてこなかったのは幸運だけど・・・そのうち水溜まりをよけて歩くのも億劫になったわたしは大小構わずに水に浸りながら帰路をいそぐ。



 柳くんの傷は今日も痛んでいるのだろうか
あの雨の日、膝をついて痛みに耐えていた柳くんの姿が脳裏をよぎって・・・小さく息を吐く。


 それから、ぐっしょり濡れた靴が歩くたびに奇妙なおとをたてたけれどそんなものはすぐに激しくなった雨音にかき消された。

雨が降るたびに柳くんのことを思い出すんだろうか。・・・まるで、・・・・呪いみたいだなあって、そんなことを思いながら空いた手で首筋の赤い痕を撫でた



20140820

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