「吹っ切れた、っちゅう顔しとる」
「・・・・仁王くん」
「当たり?」
「・・・大体は」



 放課後、ばったり出会った仁王くんは珍しく部活のユニフォーム姿で階段の踊り場に佇んでいた。見慣れない姿だったから、思わず面食らうわたしをよそに、仁王くんはいつもの口調でくつくつ笑う。

 聞けば、今日は部活はおやすみで・・・自主練習だから今は休憩しているらしい。
自主的に練習するのに休憩、だなんてすこし疑問に思うけど・・・さすがは立海テニス部のレギュラーだ。素直に感心してしまう。



「柳もおるよ」
「・・・・ふーん」
「なまえちゃんは?委員会ってとこかのう」
「ううん、友達としゃべってただけ」
「こんな時間まで?女子はよーわからん」
「サッカー部の彼女だから時間潰しに付き合った感じだし」
「青春じゃのう」



 言いながら、どこか遠くをみつめながら目を細めるしぐさはまるでねこみたいだ。・・・半分は狐なんだけど、ねこだって嘘をつかれてもきっとわたしは頷いていたと思う。


・・・にしても、吹っ切れた、か。たしかにあれ以来、わたしは穏やかな日々を過ごしている。
柳くんとのことは・・・一時休戦、ということにしておきたい。わたしは一応退魔士の端くれで、世界にはきっと様々ななにかがひそんでいて・・・・それでも毎日同じように夜を過ごし、また朝を迎えるんだから。
 ・・・これはこれでうまくバランスをとってるんだとおもう。



「・・・・・その調子なら平気かのう」
「・・・・何が?」
「こっちの話じゃ。今日は寄り道せんと帰りんしゃい」



 例えば、ここからだと渡り廊下を通れば近道になる。
仁王くんはぽつりとそんなことを言って、わたしを送り出した。

 ・・・・・仁王くんのいう通り、ここからなら渡り廊下を通った方が近いけれど・・・
 そんな風に言われるとすこし怖いのに・・・好奇心が沸き上がるのも事実なわけで。もしかしたら柳くんがいるのかもしれない、なんて・・・そんな考えを軽く振り払って大きくあしを踏み出した。

 窓から差し込む夕日が渡り廊下とその先につづく道を真っ赤に染めて・・・そういう雰囲気を抜群に醸し出している。
 さらにその奥に人影をみたような気がして、わたしは思わず息を呑んだ。

 ・・・・まさかとは思うけれど、この前のような事がないわけでもないし、
思えば、この体質になってからというもの・・・"なにか"起きる度に柳くんに助けられてきた。もうそんな事はないようにって、準備してはいるけれど・・・こんなとき、頭をよぎるのはよくない予想ばかりだ。

・・・大丈夫。仁王くんがいってくれたその言葉を何度も何度も反復させながら、ゆっくり歩いていく。
角を曲がった先にぼんやりみえる人影。なぜか、どこかでみたような面影を感じながら近付いて・・・それは確信へとはっきりかわる。

 壁を背に佇んでいた女の子。それは・・・・セガワさん、だった。
立ち止まるわたしを一瞥する姿は相変わらずしゃんとしていて・・・もえるような夕日のなかに立っているせいか、なにかの絵画のようにすらみえた。



「すこし、いい?」



 柳くんといるときに聞いたか細い声なんかじゃない。ずっと落ち着いていて、冷たい声にすこしだけ戸惑いながらも小さく頷く。

 お人形みたいに綺麗だけど・・・・間違いなく人間、のはずなのに、なんだろう。・・・・・不思議な威圧感を感じ、足がすくんでしまう。



「貴方には話しておきたいの、わたしと柳くんのこと」



 それから、セガワさんは柳くんとの出会いを淡々と話しはじめた。どんな顔できいていいかわからず・・・・変な顔をしているかもしれない。

 ある雨の日、廊下で踞っていた柳くんに声をかけたのがセガワさんで。そして、朦朧とした意識のなか柳くんはセガワさんに手をかけたんだとか。
 ・・・それをわたしに話して、一体なんなんだろう。そう思えばいまの状態はあまりに滑稽だ。



「わたしは柳くんの事が好き。例え吸血鬼でも・・・それでも好きなの」



 言い終えたセガワさんの頬に一筋涙が流れる。
わたしはその奥に広がる夕闇と夕日とがまざりあう空を・・・ぼんやりと見つめていた。


 ・・・わたしは、二人の事をよく知らない。柳くんの事だって、きっと何一つわかってはいない。セガワさんがとこうして向かい合っている事すら不思議に思う程だもの。
そもそもわたしは、柳くんを祓おうとした。ただそれだけだったのだ。

・・・柳くんはわたしをはじめての友人だと言っていたけれど、わたしはそれを覚えていない。柳くんを苦しめたというのに・・・何も知らずに生きてきた。



「みょうじさんの気持ちを聞かせて欲しいの」



 ・・・・・・みんな、勝手だ。わたしだけがなにも知らないまま巻き込まれて、
 ・・・・血を吸われて、突き放されて・・・
柳くんが時折みせるあの表情の理由もわからないまま逃げ出した。

 柳くんの傷を治す方法も、自分の血の封印すらわからない。わたしが、弱いから。いろんな事があった。
・・・・・・でも、わたしを助けてくれたのはいつだって柳くんだった。

 まっすぐ前を見据えると、不思議と心が落ち着いていく。・・・セガワさんは一瞬目を伏せたけれど、一息おいてもう一度向かい合ってくれた。話さないと。わたしの・・・気持ち。拳を作り上げて、小さく息を吸う。空はすっかり夜に染まる最中だ



「・・・・・確かめたい、かな」
「確かめる?」
「わたしの気持ちも・・・柳くんの気持ちも。今のままじゃ・・・わからないから」
「・・・・・・・・柳くんを受け入れる覚悟もないくせに、中途半端な気持ちで関わらないで・・・!」
「・・・だからこそ、ちゃんと柳くんと向き合いたい」



 これが、今のわたしの精一杯の答えだった。
もう逃げ出したくない。・・・・・もう一度、柳くんと話がしたい。そう強く思ったのだ。

 セガワさんのすがるような声をはね除け、なんとか絞り出した声は思ったよりも弱々しい。
眉をひそめ、わたしをじっと睨み付ける彼女から目をそらさず、唇をゆるく噛んだ。



「・・・・・っ後悔、するかもしれないのに、・・・・なんにも、知らないくせに」
「このままだともっと後悔しそうだから」



 それきり、いくつか言葉をかわしたにも関わらずわたしたちはずっと平行線で・・・。結局、別れる直前まで似たような事を繰り返していたんだと思う。
・・・・仁王くんのうそつき。大丈夫だっていったくせに、
思ったよりも傷は深いようで、セガワさんの冷たい声や表情が張り付いてしばらく忘れられそうにない。


 ・・・・・・・柳くんはまだコートにいるんだろうか。すっかり暗くなった窓の外を眺めながら、歩く速度を早めた。



#mtr3#



「セガワさん」



 背を向けたわたしを呼び止めたのは、他でもない。みょうじさんだった。怪訝な表情をしながらも振り返れば、そこには戸惑いをくっきり顔に現したままの彼女が目に入り、再び胸の内側になにかが渦巻くのを感じる。嫉妬。名前をつけるとすればきっとそれが一番しっくりくるんだろう



「今日は話してくれてありがとう」



 嫌味を感じさせない笑顔でそう言った彼女に思わず息を呑んだ。
どう返していいかわからず、当たり障りのない返事をしておいたけれど・・・
嫌悪がこもっているのには気付かれていただろう。柳くんの前ではうまくやっているつもりなのに。やっぱりみょうじさんの前でいつものわたしを演じることはできなかったらしい。



 わたしは彼女が嫌いだった。きっとあの日・・・・柳くんから名前を聞いたあの時からずっと。声も姿もしらないうちから呪いのように胸のなかにその名前を唱えていたのだから。



 やむをえず、彼女の歩いてきた方向へ足を踏み出してしまったせいで正門までの距離は思ったよりも遠かった。・・・とはいえ、あんな話を持ち出して別れを切り出しておいて同じ帰路を辿れる程わたしも馬鹿じゃないのだから仕方ないんだけど。
なんとなく、様々なことを考えながらゆっくりと歩いた



 柳くんが好きだった。それは、偶然大会の応援にかり出されたのがはじまり。それほど仲もよくない、どちらかといえば別のグループの女の子がわたしと仲良くなりたいって、友好的に誘ってくれたから嬉しくて・・・喜んで行ったのに。
後日、瀬川は容姿がいいから傍においておけば嫌でも目立つ・・・・・というのが本当の理由だって、人伝に聞いた時にはテニス部の人気自体に嫌気がさしたものだった。

 それでも、テニス部の彼らに罪はないし、試合での姿に自然と惹かれていたんだと思う。気が付けば、わたしはすっかり柳くんに心を奪われていた。
とはいえ初めてまともに顔を合わせたその日に実は柳くんが吸血鬼だったという事を知って、さらに血を吸われたんだから人生は何が起こるかわからないし・・・
ましてや、その最中にしらない他の誰かの名前を柳くんが呼ぶ事で、間接的に失恋を知ることになった。短い恋だったと思う

 わたしはその日から人生を、そして、名前しかしらないみょうじなまえという人物を呪い始めたのだ



 柳くんはみょうじさんとの関係だとか、出会いだとか・・・・そういった事は一切口外しない。
 みょうじ、なまえ。彼女をみつけたのはそれから数週間程あとの事だった。
柳くんに好かれている女の子は思ったよりもずっと平凡で、拍子抜けしてしまったのをよく覚えている。

 そして、もう一つ気付いた事があった。
それは・・・柳くんの彼女へおくる眼差しだ。それをみて何も思わないほどわたしも鈍感じゃない。柳くんが彼女に執着しているのはすぐにわかった。


 それでも、わたしはめげずに柳くんに声をかけ続けた。他愛のない会話ばかりだったけど・・・わたしにはその時間がなによりも楽しかったからだ。
 柳くんは血を吸った罪悪感からか、わたしにとても優しくしてくれた。失恋の痛みさえ忘れさせてくれるほど優しくて、きっと誤解してしまったんだ。わたしが再び柳くんに恋心を抱くまでそう時間はかからなかった

 だから、ある日聞いてみた。



「・・・みょうじさんとは、どんな関係なの?」



 困った顔で曖昧に笑う柳くんをみて、すこし後悔するけれど・・・もう後には退けない。
考え込む柳くんを、わたしは神妙な顔つきでみつめる。・・・・わたしを傷つけないようにする方法を考えてるんじゃないかって。そんな風にすら考えてしまい・・・・被害妄想だけど・・・どうにも落ち着かなかった。



「なんでもないさ」
「・・・・なんでも?」
「俺は吸血鬼だからな」



 思えば、みょうじさんに関する話になるといつだってこうだった。
柳くんは自嘲じみた笑みを浮かべながらそう言う。そんな彼の横顔をみて、思わず呟いてしまいそうになる。・・・・・わたしは、柳くんが吸血鬼でもいいのに、って。

 それでもきっと、柳くんは曖昧に笑うだけなんだろう。彼のほしい言葉はそれじゃない。・・・わたしの言葉じゃないんだから。




20141120

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