思えば昔から後悔してばかりだった。大きく分けるなら、わたしはやって後悔するタイプで・・・やらずに後悔するよりはまし、と。そんな浅はかな思いで何度も失敗してきたんだと思う。

 ・・・それなのに、いつのまにかわたしは全部諦めてしまっていたらしい。退魔士になることも、お母さんに認めてもらうことも。





「・・・・すみません」



 発した声は静かなテニスコートに僅かに反響し、わたしは小さく背筋を伸ばす。
だが、返事はないし奥に人影もみえやしない。最後の望みである部室のドアをノックしたところでやはり辺りは静かなままだった。・・・・・もう随分暗くなった事だし、人がいないのも頷ける。

 それに、今柳くんを尋ねた所でどうするのか・・・なにも考えていなかったんだから、これはこれで良かったのかもしれない。不意にそんな風に思った。

 しかし、多少は名残惜しく思いながらもわたしはテニス部の部室を後にする。



「・・・今日は随分遅いんだね」



 そんなわたしを校門をでてすぐ、すこし歩いた先の曲がり角でわ声をかけたのが幸村くんだった。まるでわたしが来るのを知って待っていたみたいだって、そんな風に思うのは考えすぎなんだろうか。
 曖昧に笑いながらも足を止める。すると、幸村くんは笑顔を浮かべながら授業の話だとか、そういった他愛のない話をはじめた。

 一見ほのぼのした光景にみえるけれど・・・それでも気が抜けないのはこの前のことがあるからだ。種を植えた犯人が幸村くんじゃないって言い切れないもの。用心しなきゃいけない。



「相変わらず警戒するんだね、傷つくな」
「・・・・そりゃあ・・まあ」
「・・・・王子様が駆け付けてくれるから平気なのにね」
「・・・・・王子、様?」
「だけどその王子様は君に恋をしてはいけない魔法をかけられてるんだ」



 ・・・生まれつき、ね。
変わらない笑顔でそういう幸村くんとは裏腹に、わたしはその場に立ち尽くしたままでいた。
 様々な単語から導き出される答えはたった一つ。でも、それぞれが繋がらない。・・・・王子様、というのが柳くんのことなら、魔法はなに?

 吸血鬼であること・・・・・?
・・・・それとも、前に仁王くんが言っていた・・・心を奪うことに関係がある?



「・・・魔法の解き方は知っているかい?」



 一歩、また一歩と近付いた幸村くんはそっと手をわたしの方へと差し伸べた。そのしなやかな指はまるで壊れ物を扱うかのようにわたしの頬をなぞる。
 後退しようとも、足は凍りついたように動かない。次の瞬間わたしは、幸村くんの瞳の奥に揺れ動く青い炎をみつめていた。



「・・・・っ・・・!」
「いっ、・・・?!」



 強い力に腕をひかれ・・・慌てて顔をあげれば、わたしと幸村くんの間に割って入るようにして立っている柳くんとばちりと目があう。

 幸村くんはまるで、全てを見越していたかのように余裕の表情で薄く微笑んでいる。わたしはそんな二人を交互にみて・・・それからはっと息を呑んだ。



「睨むなよ、少しからかっただけじゃないか」
「・・・・精市」



 ・・・・・柳くんは息を整えると、掴んだままのわたしの腕をようやく解放してくれた。わたしはそのまま二、三歩後ずさりして二人をみつめる。

 柳くんが来るのをわかってあんなことをしたにせよ・・・わたしは、・・・ちっとも太刀打ちできなかった。幸村くんの瞳から目を離せなくなって・・・・気が付けば柳くんが駆け付けてくれていたのだ。



「・・・・ちゃんと話しなよ」
「・・・・・幸村くん」



 通りすがりに、わたしにしか聞こえないよう幸村くんはそう言って・・・そのまま歩いていってしまう。柳くんはいつまでもその背中をみつめて、そうして、姿がみえなくなった頃に大きく息を吐き出した。
 わたしはそのため息にすらびくりと肩を揺らし、恐る恐る柳くんの方を盗み見る。
 すると・・柳くんもわたしの方をみていて、ばっちり目があってしまった。とはいえ、逸らしてしまうのもなんだか忍びない。・・・そう思った結果、なにか話そうと試みたけれどやっぱり言葉は浮かばなかった。



「・・・・・・えっと」
「・・・・・・・・・今のはさすがに焦ったぞ」
「・・・そう、だね」
「・・・・」
「・・・どうしたの?」
「・・・・本当になにもされていないか?」
「ありがとう、大丈夫・・・だと思う」



 精一杯笑ってみせれば、柳くんは再び小さく息をついた。
 そうして・・・ぎこちない空気を纏ったまま、二人並んで歩き出す。
 ・・・・あの柳くんの隣で歩いてるなんて、今までなら到底ありえなかったのに。柳くんといて、今まで違う意味で緊張ばかりしてきたけど・・・・今日のはまた別の思いで胸がいっぱいになった。



「・・・なんで、思い出せないのかなあ。柳くんとの事」
「・・・・」
「柳くんは覚えてるんだよね」
「・・・ああ」
「傷は・・・どう?まだ痛む?」
「大分良くなったさ」
「・・・そっか」



 ぽつりぽつりと話しながら歩き続ける。穏やかな足並みとは裏腹に、心臓はちっとも落ち着きそうにない。・・・心がざわつく理由はなんだろう。
・・・・少し前まであんなに恐れていた人なのに。今日になってこんなに年相応に意識するなんて思ってもみなかった。さらに、頭を悩ませたところで思い当たる節はいくつかあるんだから余計にたちが悪い。

 ・・・・わたしは人間で、柳くんは吸血鬼だ。柳くんがわたしを求めたって、それは"わたし"じゃない。・・・そんなこと、わかっているはずなのに・・・・・・・・だめだ。体がずしりと重くなって、中心が冷えるような感覚を感じたわたしはそっと考えを手放した。
 わたしは・・・うっすら歪む視界の片隅にみえる柳くんの横顔も、もう見れずにいるのだ。



#mtr3#



 頬を撫でる風は冷たく、肌から体温を容赦なく奪っていく。隣を歩くみょうじも、しきりに体を抱くように腕を交差する動作をみせていた。

 ・・・今からおよそ半時間前、練習が終わった直後のことだ。
図書室で彼女と待ち合わせしている。邪魔する気なら全力で来てもいい。前触れもなしにそう言った精市の顔は紛れもなく本気だった。
 勿論行くまでに様々なことを考えた。悩みもしたし・・・葛藤もあった。しかし、ようやくたどり着いた俺がみたものは、無人の・・・いつも通りの図書室と・・・
窓越しにみえる、校門を出てすぐの場所で精市と話すみょうじの姿だった。

 ・・・・無事でよかった。それに越したことはないわけだが・・・胸に浮かぶ様々な気持ちは、今は知らぬふりをしていたい。
強いていうなら、俺はしばらく精市の勝ち誇った笑みを忘れないだろう。



 ・・・それに、こんな寒い日には、どうしても思い出す事がある。・・・雪が街を白に染めたあの日。俺は初めての別れを経験した。
 じっと見つめていれば吸い込まれてしまいそうなあの真っ白な空を、俺は今でも鮮明に覚えている。

 いつかこんな時がくる。頭の隅ではわかっているふりをしていた。だが実際はどうだ。・・・・俺は迷ってばかりだった



「・・・話そうと思うんだ。俺の知る全てを」



 知りたいか?
俺の言葉にみょうじはわかりやすく動揺を見せたが・・・すぐにゆっくりと頷いた。
困惑の色を映す瞳をみつめながら、俺は静かに足をとめる。半歩先で同じように立ち止まったみょうじは、神妙な顔つきで俺をみつめている。俺は静かに口を開いた。



「・・・・まず、退魔の力が衰えた時の事を覚えているか?」



 静かにみょうじが首をふる。そうか、俺がそう短く答えたのを最後に再び静寂が訪れた。
 聞けばみょうじはどんな感情を抱くだろうか。想像もつかないそれに少し怯みながらも、頭の中で何度も復唱した言葉を声にする。
 みょうじは震える唇でそれを繰り返した。



「・・・・・・・お前から力を奪ったのは俺なんだ」
「力を、奪った・・・・?」
「・・・俺を傷つけてしまった罪悪感から、・・・・知らず知らずのうちに自分の中の退魔士としての力を、封じ込めてしまったんだ」



 傷の痛みで目をさました夜、水を飲もうと台所へ向かう道中に両親が話している所に遭遇した。
会話の中に彼女の名前を聞いた俺は自然と息を潜めたんだ。・・・単なる好奇心だった。しかし、幼い俺ですらその会話の内容を理解するのはあまりにも容易く・・・・
 俺のせいで彼女が失望され、傷ついていることを知った。

 しかし、翌日俺のもとへやってきた彼女は変わらない笑顔をみせたんだ。
健気に俺の様子をみにやってくる姿をみるうちに、・・・時折みせる悲しげな横顔をみるうちに・・・・・救いたい。強くそう思うようになった。

だから、



「俺に関する記憶を消すように・・・静馬殿に頼んだんだ」
「・・・・そん、な」
「・・・・引き換えに、約束をした。・・・・・・静馬殿に誓ったんだ。俺が、お前を守ると。」
「・・・・・っ」
「・・・だが、再会し、成長した姿を一目みた時思ったんだ。・・・・俺の事は思い出さない方がいいんじゃないか・・・とな」



 混乱するみょうじをよそに、俺は静かに息を吐いた。空気が重く、息苦しい。

 そんな最中、何度か点滅を繰り返し、ようやく点灯した街頭の小さな光がみょうじをぼんやりと照らす。すっかり夜の闇のなかに立つ俺には、それが境界線のようにすら見えた。



「悩んだ俺はある日、お前の家を尋ねた。静馬殿に謝る為だ。静馬様は俺がなにを言っても頷いてはくださらなかったがな」



 だからこそ、例の遺言を宛てたんだろう。・・・そして、俺の気持ちを見透かした上で血の解放を仕向けた。
 ・・・・・その結果、俺は・・・半端な気持ちでみょうじに触れ、傷つけたんだ



「・・・許してほしいとは思わない。だから、」



 幸せになってほしい

 ぽつりと、俺の声が響いた。言葉にすればする程心が曇っていく。表情が凍りついていくのが自分でもわかった。
 胸が苦しい。酸素を求めて呼吸を繰り返すが、やはり結果は同じだ。



「・・・・幸せに、って・・・・」
「さよならだ、みょうじ」
「・・・待って!そんなの、・・・おかしいよ!いつも、いつも一方的で・・・!」
「・・・・・すまない」
「・・・・・・・っ、・・・・・・誰も、なにも教えてくれなかったのに、」
「・・・帰ろう。家まで送る」



 みょうじの声はか細く、震えていた。きっと泣いているんだろう。俺は目を伏せたまま、足を踏み出し・・・一度も振り返らずに歩きだす。


 はじめは動かなかったみょうじだが・・・観念したのか、俺の後ろについてきているようだ。ぐずぐずと鼻を啜る音を聞きながら、俺はただただ急いでいた。心のなかは、からっぽだった。ただただ、胸の痛みだけが支配している。


 今夜はやけに冷える。吐く息は白く、空気は冷たい。

 こんな日は、よく昔を思い出す。彼女と出会ったのは夏だというのに、あの暖かい季節のことは今はもう、よく覚えていない。
 脳裏に浮かぶのはいつも泣き顔ばかりだ


ごめんね、また記憶のなかの彼女が俺に許しを乞う。・・・・胸が、痛い。ひどい痛みに眉をひそめながら、気付けば部屋に一人閉じ籠っていた。
 また、俺は大事なものを手放した



20141203

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