つながった。全部、全部。

 わたしが落ちこぼれになった理由、柳くんの悲しそうな表情の理由、それから・・・・柳くんの、想いも。
 お前はなにも知らない、
悲痛な声はいまだ記憶に新しい。

 柳くんは・・・わたしが苦しむ姿をみたくなくて、自分の記憶を消すことを選んだ。忘れたわたしは解放されたかもしれない。だけど、残された柳くんはどれだけ辛かっただろう。
柳くんだってたくさん悩んで、傷ついたはずだ。わたしの幸せを願って、わざと突き放すようなことをして・・・・・それでも、助けてくれて・・・・
最後は、また離れることを選んで。


 家に帰りついてすぐ、わたしは真っ先に仏壇の前に腰をおろした。大好きだったおじいちゃん。悩んでるときはいつだっておじいちゃんが話を聞いてくれた。
 慰めてくれたのは、いつだっておじいちゃんの暖かい手のひらだった。



「・・・なまえ、いるの?」



 近づいてきた足音は、襖の前でぴたりと止まる。おばあちゃんの優しい声に、わたしははっとして我にかえった。帰るなりとじ込もってしまったわたしを心配してくれたのかもしれない。昔からそうだった。おばあちゃんはわたしの変化にすぐに気付いて、いつも何気なく元気づけてくれていた。

 なるべく明るい声で返事をすれば、襖の隙間からおばあちゃんがそっと顔を出す。



「おかえり、なまえちゃん」
「ただいま」
「ご飯・・・もうすぐ出来るからね」
「うん、ありがとう」
「・・・・・そこのタンスの一番上。困った時にって、おじいちゃんが用意してた物が入ってるの」
「・・・おじいちゃんが?」
「・・・・なまえの大事なもの、みてごらんなさい」



 おばあちゃんがいってしまい、一人残されたわたしは真っ先にタンスへと視線をうつした。・・・わたしの、大事なもの?
 見当もつかないけれど・・・ゆっくりと、引き出しに手をかける。古くなって立て付けが悪くなったそれは少し力を入れるだけで、鈍い音をたてて開いた。真っ先に目についたのは・・・・ぽつんとただ一つ、真ん中に置かれた缶だ。
 お菓子かなにかが入っていたような形状で、蓋にはマジックでわたしの名前が書かれている。・・・おじいちゃんの字だ。

 吸い寄せられるように缶を手にとって、軽々と持ち上がるそれを膝におくと・・・まず一息。
そうして、深呼吸を繰り返し・・・そっと蓋をあける。・・・・中には、天然石のようなものが散りばめられたブレスレットが入っていた。

 石は透き通るような赤色で、わたしが最初に口にした飴の色に似ている。・・・念のため底をあけてみたりしたものの、他には何も見当たらず。迷いに迷ったわたしは、おばあちゃんに聞く為にアンクレットを手に階段をかけおりる。
 おばあちゃんはそれを見るなり目をまるくし・・・そうして、わたしに座るように促す。



「入っていたのはそれだけかい?」
「うん」
「それにはね、なまえちゃんの記憶が封印してあるはずだよ」
「わたしの?」
「・・・どうするかは、なまえちゃん。貴方が決めなさい」



 ・・・・おばあちゃんははっきりとした口調で、それでいて・・優しい笑顔を浮かべてそう言った。・・・わたしが隠していることが全部筒抜けなのかそうでないのかはわからない。でも、おばあちゃんの言葉がありがたいのは確かだ。


 その日、わたしはブレスレットを身につけて眠り・・・・夢をみた。
懐かしいような、暖かい夢。セピア色の景色のなかで、目映いほどの笑顔をみせるのは紛れもなく幼い柳くんだ。大切な記憶が、胸に戻っていく。欠けたピースがはまるような感覚だ。

 ・・・明日、もう一度きちんと柳くんと話がしたい。柳くんに、会いたい。そう強く思った。



#mtr3#



 いつもよりずっと早い時間に朝を迎え、学校へ向かう。右手を空に翳せば、ブレスレットが太陽の光に反射してきらきら輝いて・・・眩しさに思わず目を細める。足取りはいつもよりもずっと軽かった

 逸る気持ちをおさえながら、朝一番に顔を出したのはテニス部の部室。それから、柳くんのクラスだ。・・・しかし、どちらも巡り会うことは出来ずに、途方にくれたわたしはさらに次の休憩に教室を尋ねた。



「・・・休み?」



 そうして、その事実をクラスメイトから聞かされたのである。理由を聞いたって首を傾げるばかりで・・・いよいよ何もできなくなったわたしは廊下をさ迷い歩いた
 ・・・今日は晴れだから、体調は・・・大丈夫、なはず。それなら・・・なんだろう。
なんとなくアンクレットに目をやるけれど、関係があるとも思えない。仁王くんか、幸村くんに聞いてみよう。そう思い、踵を返したわたしを呼び止めたのは・・・



「みょうじさん」
「・・・あ、」



 瀬川さんだ。思わず発してしまった声は間違いなく届いたはずだけど・・・瀬川さんはきにする様子もなく、さらに近付いてくる。

 まさか話しかけられるとは思わず、どうしても身構えるわたしの緊張をとくためか・・
瀬川さんの表情も、声も。少し前にみたときよりもずっと柔らかい。



「・・・・・・・・もう手を出したりしないから」
「・・・・・・・・え?」
「嫌なことをいったりして、ごめんなさい」
「ううん、あれは瀬川さんのおかげで決心がついたから・・・ありがとう。それよりもその、手を出さないって・・・」
「柳くんが今日来ていないのがなによりの証拠。・・・・・わたしの負け」



 "柳くんを受け入れる覚悟"
その言葉を思いだして、どくりと胸が脈打つ。それとなにか関係があるんだろうか。

 吸血鬼の祓い方。それはたしか、心を奪うこと。心を奪われた吸血鬼は吸血鬼であることを忘れていく。
 絵本のようなおはなしだ。・・・・わたしはこの話を大まかにしかしらない。どういう経緯で、だとか。吸血鬼がどうなるのかはわからない。

 瀬川さんは知っているんだろうか。
聞かなきゃいけないのに、口のなかがからからになって、言葉にしたところでそれはただ空気のなかに融けていった。



「友達が呼んでたよ」
「・・友達・・・?」
「この先で待ってる。・・・・・・後は貴方次第」



 ・・・・それだけ言い残して、瀬川さんは行ってしまう。この先、そう指差したのは非常階段の方だ。

 後は、わたし次第。・・・・その言葉を胸に、足を踏み出す。そうして、階段へつづくドアをあけて・・・踊り場に佇む人影をみてひとまず胸を撫で下ろした。



「・・・・幸村くん!」
「待ってたよ。蓮二が休んでる理由、君が関わってるんだろ?」
「わ、わからないけどきっとそうなんだと思う・・・」
「急ごう、先生にはうちの柳生が説明してくれてる」
「どこへ行くの?」
「・・・蓮二の所だよ!」




#mtr3#



「・・・・・半分吸血鬼の血が流れる者は、心を奪われる・・・つまり、恋をすると吸血鬼の血を封じ込めるように出来ている」
「・・・うん」



 それから、わたしと幸村くんはひたすら走っていた。
時間がないからか、道中話してくれる幸村くんの言葉に耳を傾けながら・・・必死に走っているものの・・・・さすが運動部と言ったところだろうか。わたしの息はとっくに切れているのに、幸村くんの方はすっかり平気なようだ。

 ぜえぜえと荒い息をはくわたしを気遣ってか、幸村くんは速度をずいぶんと落としてくれた。足が棒みたいだ。階段を降りて、校庭に差し掛かったところで一度幸村くんは足をとめた。わたしも慌ててその背中を追いかけて、息を整える。
 そうして、ゆっくりした口調でこう言った、



「本来は魅了し、血を貰う立場の吸血鬼が逆になるんだ。それは当然体に大きな負担になる。蓮二の場合は・・・・腹にある傷も相俟って余計に負荷がかかっているんだろうね」
「・・・・・そん、な、」
「そして、その痛みを乗り越えて、ようやく人間と対等になる。・・・・結ばれないかもしれない、相手に不足があるかもしれない。そう少しでも思えば忽ち儀式は終わる」
「それって、」
「本当に心から愛したものとしか結ばれない運命を背負ってるんだ。蓮二はね」



 幸村くんはわたしに背を向けたまま一息でそう言って・・・・振り向いたりはしなかった。握った拳はすこしだけ震えてる。

 わたしは・・・疲れやら混乱やらで地面へ崩れ落ちそうになったけれど、なんとか持ちこたえることができた。代わりに、視界がぐらぐら揺れているような感覚に陥って、ゆっくり息を吐き出す。

 ・・・・柳くんが、苦しんでる。・・・わたしのせい、で?それに・・・・
 いつだったか・・・・簡単には祓えない、わたしには出来ない。柳くんがそう言っていたのを思い出す。・・・こういう事だったんだ。ぐるぐると言葉が頭のなかでまわる。・・・わたし、次第。でも、そんなの・・・!



「・・・・つまり、君が生半可な気持ちで行けばどうなるか・・・わかるかい?」
「・・・・・っ、」
「蓮二は君にはこのことを伝えなかった。君を想うからこそ、別の道を歩むことを望んでいたんじゃないかな」
「でも、」
「そうだね。こうなったからにはもう道はあまり残されていない。・・・これからどうするかは君達が、君が・・・決める事だ」



 どうだろう。今日は選択肢を迫られてばかりだ。・・・・・決めたのに。柳くんにあうって。ちゃんと思い出したんだもん。昔のままのわたしで、柳くんに会いたい。そう思ってるのに、
 ・・・不安はぬぐいきれない。だって、柳くんが最初にわたしを拒絶したんだ。別の道を、わたしの幸せを、って。勝手に、決めつけて
 わたしの幸せなんてそんなのわからない。
・・・・だったらわたしは、わたしの出来ることをしたい。・・・たくさん助けられてきたんだもん


 今度こそわたしが柳くんを助ける番だ
人間になろうが吸血鬼に戻ろうが・・・それを決めるのはわたしと柳くん。柳くん一人に押し付けていいわけがないもの、



「・・・・ありがとう、幸村くん。・・・・・・・答えは、・・・でないんだけど・・・・でも・・・わたし、行くよ」
「答えはでないのにいくのかい?」
「決めつけたくないから、二人でだした答えならきっと・・・・うまくいくと思うし、」
「随分曖昧だね」
「・・・・い、いっぱいいっぱいだから、・・・でも、柳くんを助けたい!この気持ちは変わらないよ」
「・・・・・・うん、十分な理由だ」





最後に振り向いた幸村くんは綺麗に笑っていて、わたしは思わず目を見開いた。せなかを押してくれる手の平は暖かい。

そうして・・・真っ直ぐまえを向いて、振り向かずに走り出す。遠い空にはくもが流れていて、そのずっと向こうには大きな鳥が飛んでいる。なぜだか、わたしはおじいちゃんの笑顔を思い出していた。




20141214

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