母さんみたいにならなくてもいい。その代わり、みんなを助けてやれる祓魔士になりなさい

 ・・忘れていた大事な記憶の中でおじいちゃんがそう言っていた。その頃のわたしはいまいち意味がわからずに曖昧に頷くだけだったけれど・・・
いまならその言葉の意味もわかる気がする。漠然とそう思った。





 息を切らしながら走って、走って・・・・校庭を横切ってすぐ、ようやく正門がみえた。そこに佇む人影をみつけたわたしは一層足をはやめる。

 家までの案内は彼に頼むといい、幸村くんはそう言ってわたしを送り出してくれた。
 その彼、というのが・・・



「・・・仁王くん!」



 仁王くんだ。
すこし驚いたような顔をしてわたしを一瞥し、眉を下げてわらう。そうして、顔を合わせてすぐに仁王くんはこう言った。



「どこへ行くんじゃ、お嬢さん」
「・・・柳くんの所へ」
「・・・・・来んとおもうとったが・・・お前さん、顔付きが変わったのう。感心じゃが・・・肝心の心はまだ揺れとる」
「そんな事までわかるの?」
「柳の家までバッチリわかっとるき」



 仁王くんはいつもみたいに悪戯っぽく笑って、ゆっくりとあるきだす。
 学校を抜け出すのは初めてだけど・・柳生くんに任せていれば大丈夫だろうし。・・・・もし何かあればきちんと謝ろう。そう決意し、猫背ぎみの背中を追いかけて、やんわり痛みを帯びる足も構わずに大きく一歩踏み出した。そんなわたしの気持ちを察してか、不意に振り向いた仁王くんは大丈夫だと笑う。



「ちゃんとなまえちゃんは今ごろ保健室で寝とるき、心配せんでええよ」
「・・・え?」
「俺を誰だと思っとるんじゃ」
「あ、もしかして・・式神!」
「ご名答」
「すごい!実在するんだね、わたし見たことない・・!」
「実はコレも式神だったりしてのう。・・・・・なんて、冗談じゃ」



 コレ、といいながら仁王くんが指差したのはなんと仁王くん自身で。くつくつと笑う彼に、わたしは思わずじとりと疑いの目を向けた。
だって"あの"仁王くんだもん。本物の仁王くんが後ろからわたしの肩をたたく・・・なんてことも十分あり得る。・・・すこしだけ警戒して、それから・・・わたしはゆっくり空を仰ぎ、息を吐いた。随分肩の力が抜けたような気がする。

 しかしそんな安らぎも束の間、駅に着いて差し出された切符に記された文字をみてはっと息を呑んだ。・・・自然と脳裏に浮かぶのは、倒れた柳くんに付き添ったあの雨の日のことだ。


昼間の構内は随分と静かで・・・電車が走る音に時折アナウンスがまざりあう。そんな中わたしはただじっと、流れる景色だけをみつめていた。
 考えれば考えるほど頭のなかでいろいろなものが廻り、ぐちゃぐちゃになる。・・・・爪先からふわりと浮かび上がるような、そんな感覚に陥っては我にかえって。それを繰り返しているうちに不意に肩を叩かれた。
 アナウンスはさっき指でなぞった場所に到着したことを告げている。慌てて顔をあげれば仁王くんが不思議そうにわたしを覗き込んでいた



「・・・・目ぇ開けて寝とる?」
「お、起きてるよ!」
「・・・名前、呼んどったのに」
「えっうそ!ごめん・・!ちょっと考え事っていうか、」
「嘘。呼んだんは今が初めてじゃよ」
「・・・・仁王くん?」
「さ、着いたナリ」
「ちょっと!仁王くん!」



 ・・・・・たまに、彼のことがわからなくなる。わたしを少しでも元気づけてくれているのか、ただの気まぐれなのか。聞いた所で教えてくれないんだろうから、大人しくわたしを呼ぶ背中を追いかけた。



「ここまで来ればもう目の前ぜよ」



 駅の改札をくぐり・・・仁王くんの言葉通り、先にみえる景色はたしかにうっすらと覚えがあった。




「仁王くん」
「ん?」
「わたし・・・・ちゃんと柳くんと向き合う。それから、できる事がしたい」
「なんじゃ、背中押しちゃろうかと思ってたんに・・・その必要はないようじゃな」



 背中ならたくさん押してもらった。おじいちゃん、おばあちゃん・・・幸村くんに仁王くん、そして・・・・瀬川さん。
まだちゃんと答えは出てないけれど・・・この気持ちは変わらない。だから、もう迷いなんてない。


いくつめかの角を曲がってすぐ、見覚えのある通りをみてはっとした。仁王くんがぴたりと足をとめて、わたしは小さく息をのむ。
 ・・・僅かだけど、脳裏にぼんやりうつる記憶と重なる。青空の下でみる建物は、雰囲気がちがうせいですこし違和感はあるけれど・・・間違いない。



「・・・・・・仁王くん、色々ありがとう」
「礼はいらんき、柳を任せたぜよ」
「・・・・がんばる」
「ちょうどこっちも時間切れのようじゃな」
「え?」



 どういうことって、聞くよりもはやくに仁王くんはその場に座り込んでしまう。そうして、そのまま四つん這いになったかと思えばみるみるうちに体が変化し・・・・瞬く間に小さな白い猫が姿を現した。

 ・・・・・仁王くんが猫だったってこと?
慌ててまわりを確認する。幸い誰もいないみたいで、ひとまず安心するけれど・・・・そうこうしてるうちにもすっかりただの猫になってしまった元仁王くんは軽いみのこなしで塀の向こうへ姿を消してしまう。

式神じゃなくてなにかほかの術、なのかな・・・?それならそうと言ってくれればよかったのに。仁王くんらしいといえば仁王くんらしいんだけど・・・なにか腑に落ちない。仁王くんはこういう人だってわかったつもりでいるのに、いつもその予想を裏切るっていうか・・・。とにかく、わたしは進まなきゃいけないんだけど・・・!

 ・・・すこし心細いけれど、気を取り直してあるきだす。
すると、柳くんの家は思ったよりも近くにあったみたいで、すぐに辿り着いてしまった。

 震える指でインターホンを押す。しばらくして、顔を出したのは・・・・



「・・・・・・貴方、」



 お姉さんだった。わたしの姿をみるなりなにかを察したらしく、すぐに中へ招き入れてくれた。



「学校は?」
「だ、大丈夫です。・・・・あの、柳くんは・・・」
「状態はいいとはいわないけれど・・・でも・・・そっか、貴方が・・・」



 はじめはすっかり憔悴しているように思えたお姉さんも、部屋の前では柔らかな笑顔をみせてくれた。わたしの方はうまく笑えたかどうかわからないけれど・・・・改めて、遠ざかる足音を聞きながら静かにドアへと向き直った。

 中の様子は勿論わからない。ただ・・・異常なまでに静かで、息をするのも億劫になるほどの緊張感がそこにあった。



「・・・・・・柳くん?えっと、みょうじです。」



 半ば消え入りそうな声でそう告げるけれど返事はなくて・・・
代わりに・・・しばらく経った後にほんのすこしドアが開いて、柳くんが顔をだした。青白い肌をした彼にいつもの落ち着きは見当たらず、一瞬目を見張る。彼もまた、わたしの姿に酷く驚いているようにみえた。



「・・・・・なぜ、」
「・・・・えっと、皆から聞いて・・・・居ても立ってもいられなくて、・・・・」
「・・・帰ってくれ」
「・・・・っ」
「迷惑、なんだ」



 柳くんの声がなんだか随分遠くにきこえて、わたしはぼんやりその場に立ちすくんでいた。
いつもそうだ、冷たい目をしてわたしを突き放して・・・一人で抱え込もうとしてる。
 苦しいのか、息は荒いし・・・・体をかばうようにして立っているくせに・・・平気なふりなんかして。



「・・・わたしのせいって聞いたから、だから!話を、」
「何を今更話す事が・・」
「・・思い出したの、わたし」



 柳くんの瞳が揺れている。
そうして、苦しげに目を伏せ・・・ゆっくり崩れ落ちていった。一瞬の出来事で、声をあげる暇もなく・・・・
慌てて受け止めたわたしも後ろに尻餅をついてしまう。鈍い痛みに眉を潜めるけれど、



「柳く、」
「・・・・・・・みょうじ、頼むから・・・はやく逃げ・・・っ・・・ぐ・・・・!」



 その言葉を最後に強い力で床に縫い付けられ、慌てて逃れようともがく。・・・・が、いくら抵抗した所でびくともせずに決定的な力の差に息を呑んだ。

 うっすら赤みがかった柳くんの瞳は例えるならば・・・赤い炎だ。揺らめく色をみつめるわたしはきっと酷い顔をしているだろうに、気にする様子もなくただただ柳くんはわたしを見下ろすばかりだ。

 なんだろう、この状況だけじゃない。柳くんのこの目・・・・どうしてこんなに胸が騒ぐんだろう。息が詰まり、目が離せなくなる。



「っ・・・・いた、いたい、・・・離し・・・!」
「っ・・・ぐ、あ・・」
「・・・柳くん・・・?柳くん!」
「・・・・・・・・・・今の俺は・・・・・・・・完全に、吸血鬼となって・・・・ぐ・・・あ・・・・ああ・・・・・!」
「柳く、・・・・・・っ、」



 肩を掴む力は益々強くなっていく。柳くんはいま、自分と戦っているのかもしれない。血が騒ぐ、っていうんだろうか・・、よくない予感を抱えたままわたしはただひたすら柳くんの名前を呼び続ける。

 柳くんが柳くんでなくなってしまうかもしれない。そう思うとすごくこわい。



「手放したつもりでいたのにな・・・・・結局俺はお前を欲した。俺の・・・自業、自得・・なんだ」
「・・・柳くん?」
「受け入れて貰えるかもしれない、そう思っていたんだ。心のどこかで期待した。その自惚れが・・・っぐ、」
「っ無理しないで・・・!」
「頼む、はやく逃げてくれ・・・・・傷つけたく、ないんだ」



 柳くんの手のひらがわたしの髪を撫で、滑るように頬を包んだ。悲しそうな、いまにも泣き出しそうな柳くんの瞳にわたしがうつっている。・・・・それは、いつかみたときと同じ瞳をしていた。

 ・・・わたしに何が出来るのか。わからないけれど、わたしにしか出来ないことがある筈だ
皆が託してくれたんだ。・・・だから、こうしてまた柳くんに会えた

わたしは、



「・・・逃げたり、しない」
「・・・・・っな、・・いまの俺は何をするか・・・!」
「柳くんに助けてもらってばかりだったから。今度はわたしが柳くんを」



 助けたい。


 柳くんの体を包み込むようにして抱き締めた。熱を帯びた背中は暖かくて、心地良いはずなのに不安でいっぱいで・・・
 すがり付くようにして腕を回せば、それに応えるように柳くんの指がわたしの髪を撫でる。
視線の先で揺れるブレスレットの赤は、血のようで・・・・不気味にみえた


20140103

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