あの事件から気付けば一週間が経っていた。
一週間、そう言葉にすると長いものだけれど・・・実際には本当に一瞬のうちに過ぎ去ったような、そんな感覚にさえなってしまう。
とりあえずわたしは生きている。柳くんの刻印のおかげか、なにも起きていないのだ。それに、悔しいけれど・・・感謝できる部分も一応あって。それは・・・・わたしの血が解放されていることや、柳くんの手にかかったことがばれていないこと。
なぜおばあちゃんや、みょうじの名を継ぐ人たちまで気付かないのか、わたしなりに考えた結果・・・・柳くんが半分人間だからじゃないかという結論にでた。
吸血鬼ではないけれど、前例があって困らされた、という話をきいたことがあるからきっとそうだ。よって、わたしの血を狙うひとたちからは守られて・・・・面倒なことにもならない。
柳くんがこの状況を見越していたのかどうかは知らないけれど・・・・・これにはわたしも感謝していた。
しかし、悪いことがあったのもまた事実で、まずひとつめに・・・・・一週間、本当に"なにもなかった"こと。進展もなにも、やっぱりわからずじまいなのだ。
そして、二つ目は物は試しにと、対柳くん用に用意していた杭がおばあちゃんにみつかったこと。
たっぷり太陽の光を浴びた水桶に浸けたあの杭は我ながら自信作だった。
なのに最後の最後でみつかるなんて!・・・わたしは昔からそうだ。才能がないだけじゃない。最後のツメが甘いのだ。
あなたはもうそんなことをしなくてもいいのよって、
おばあちゃんはそういって、眉をさげてわらった。・・・・はっきり覚えてる。遠い昔、わたしが退魔の道から退けることを知ったときと同じ目だった。あんな顔、もうみたくなかったのに・・・
それも、わたしがきちんとおばあちゃんや・・・お母さんに認められる退魔士になっていたら・・・・、なんて・・・・考えたりして。今さらなんだけども。
・・・と、そんなこんなで立て続けにいろんな事があって、本当にいっぱいいっぱいだったわたしにとどめをさしたのは・・・
わたしが柳くんと付き合っている、という噂だった。
どうやら放課後に二人でいるのを見られたらしい。もうこれにはわたしも笑うしかなかった。現実はちがうのに。柳くんは人間じゃなくてわたしは柳くんにとって餌でしかなくて、
付き合うどころか敵対の位置に・・・・・位置に・・・・・・・・・・・いない。
それはあくまでわたしだけが柳くんを敵視していて、柳くんはわたしなんてなんとも思ってない。全部全部ひとりよがりの、
・・・・考えるのはやめよう。
いくら探してもなにもわからない。家に頼るわけにはいかない。だからって柳くんの刻印に頼りたくはないし・・・・柳くんの存在も放ってはおけない。
・・・・・・それに、柳くんがいってた結婚の約束だって・・・・・!嘘かなんなのかわからないものに振り回されたくはないけれど、実際おじいちゃんの真意はわからないし・・・・・・よりにもよって薬指に刻印を結ぶなんて、柳くんも悪趣味だ
全部全部悪い方向に向かってる。どこへいっても柳くんの、って耳打ちして、好奇の目を向けられて・・・・・
おまけに、毎晩こっそり蔵に籠って調べものをしているせいで体調だって崩すし・・・・大好きな体育の授業にも参加させてもらえないし!
・・・まあ、これは八つ当たりに近いけれど、わたしは一人保健室へと向かって歩いていた。付き添いを断ったのには理由がある。わたしの血を狙う影に気付いていたからだ。
わたしが一人になれば近付いてくる、というのは予想していたけれど・・・相手は実体をもっていない下級霊。日本に最も多いタイプで、実害はないことが多いけれど・・・・今回は違う。なにせ、操っているのはわたしと同じクラスの水瀬くんだからだ。
・・・・下級だからこそ、柳くんの刻印に気づいていないんだろう。生気のない目でなにかを呟きながらゆらりとわたしに近づく彼を見据えて、ゆっくり慎重に手鏡を背に構える。
それからは、まさに一瞬の出来事だった。手鏡で無事に水瀬くんから霊を追い出すことに成功。眠っている水瀬くんの体をそっと壁に預けてわたしはなんとかその場を切り抜けた。
よかった。柳くんの事があって、手鏡を使うのは少し怖かったけど・・・ちゃんとできた。なんとか保健室へ繋がる廊下に差し掛かり、目的地はすぐそこだ。・・・・そう、安堵しかけたときだった。酷い目眩に襲われたわたしは、いつのまにか崩れ落ち、地面に突っ伏していた。
一気に沸き上がる冷や汗に、早鐘をうつ心臓。・・・・・相手が低級霊とはいえ、少し気負いすぎたのかな?そう、自嘲じみた笑みを浮かべるのと、視界がぐらりと傾いたのはほぼ同時。地面に着地する前に、なんだか懐かしい熱に包まれたわたしは・・・・そのままそっと、意識を手放した。
それからは、夢をみた。わたしはただ、小さな手で顔を覆ってなき続ける、そんな夢。みたこともない部屋にはだれかいて、いくら記憶を探ろうとも思い出せない最中、なんだか懐かしい感覚に余計に涙が溢れた。
もう、力を使ったりしないから
幼い声が、耳に響く。その声がわたしのものだって気付くまでそう時間はかからなかった。ただただ泣き叫ぶわたしの髪を撫でる手も同じように小さいのに・・・なぜだろう。とてもあたたかい。この手はだれ?おじいちゃんでも、お母さんでも・・・・お兄ちゃんでもない。
謝りたいのに、溢れる涙で言葉にならなくて・・・・・心の中で何度も叫ぶ。謝る理由も、なにもわからないのに。無我夢中で意識を遡って・・・・・弾けるように目が覚めた。
真っ先に目に入ったのは真っ白な天井と、それから
「・・・・・・っ柳くん・・・?」
ここは、保健室。わたしはベッドの上で・・・・柳くんはなぜか脇にあるパイプ椅子に、いて。驚きのあまり大声をだしたわたしに冷ややかな視線が突き刺さる。恥ずかしくなって、すぐに口をつぐむけれどやっぱりそうはいかない。聞きたいことが多すぎる。
「っなんで、わたし!それに、柳くん、なんで・・・」
「・・・声が大きい」
「・・・っわ、かってるけど・・・それよりなんで、なんで柳くんが・・・!」
「気掛かりな事があってな」
「それって、水瀬くんの事・・・?」
「そうだ。だが俺の杞憂だったようだ」
どうして柳くんが得意気なの、とか・・・気付いてたんだ、とか・・・・・倒れたわたしを助けてくれたの?だとか。
いいたいことはたくさんあったのに、それを全部飲み込んで、思わず喉を突いて出そうになった言葉は・・・・"それぐらいわたしもできる"だった。
言わずにすんだのは最後に残った理性のおかげ。柳くんにはたくさん恥ずかしい姿をみられたわけだし、今更プライドも何もないんだけど・・・とにかく、今はそんな口をきく余裕すらわたしには残っていなかったのだ。
「・・・・あの、柳くん」
「なんだ」
「ここまで運んでくれたんだよね?・・・・その、ありがとう」
「ああ」
・・・・・・柳くんと普通に会話するなんて、変な感じ。なんだか心がくすぐったい。
この間・・・・・わたしの血を吸った柳くんを、わたしは憎まなきゃいけないのに・・・どうしてだろう。こうしてるとやっぱり夢だったんじゃないかって、錯覚してしまいそうになる。
あの日のことも・・・・・ぜんぶぜんぶ、本当におこったことなのに。
わたしは人間で、柳くんは・・・・吸血鬼。・・・・柳くんがわたしを突き放すようにいった、その言葉が脳裏に浮かんで・・・・
柳くんが助けてくれたこと、うれしいだなんて思っちゃいけない。
そうだ。全部・・・・柳くんが仕組んだ罠なのかもしれないのに、
「っ、」
そう思った矢先に柳くんの手が伸びてくるから・・・・!声にならない叫びは柳くんに聞かれてしまっただろうか。恥ずかしいやらなんやらで、ひとまず胸を落ち着かせるためにと息を吐いていると、まるでわたしの反応を楽しんでいるかのような柳くんの視線が突き刺さる。
ちなみに、柳くんの手は一瞬わたしの額にあてられたと思えばまたすぐに戻っていった。
「・・・熱はないようだな」
「っ・・・・・・、・・・・た、だの寝不足だし」
「ならいいんだが・・・それにしては随分な反応をしてくれるじゃないか」
「・・・・・いまのは、急だったから驚いただけ!」
それも大いにあるけど・・・・・一番は"あの出来事"がフラッシュバックしたせいだなんて、
いまも、またあんな風に羽交い締めにされてどうにかされるんじゃないかって・・・・・・足が震えてるなんて、
絶対に知られたくない。
平静を取り戻そうとすればするほどうまく声はでないし、言葉にもならないけれど・・・・・やがて、
そうか、と、ぽつりというなりわたしから視線をはずした柳くんにひどく安堵した。
「もう平気そうだな」
「・・うん」
「先生には俺から伝えてあるが・・・・どうする?まだ休むか?」
「・・・・もうすこしだけ」
「なら友達にも後で礼をいうといい。様子をみにきていたぞ」
「・・・わたしの友達が?」
「ああ。・・・ちなみに、心配しなくとも俺は貧血という設定だ。なにも変に思われてはいないさ」
「そっか、」
・・・なるほど。この流れから察するに柳くんも噂の事を知っているらしい。・・・それにしても、あんな噂をたてられてもこんなに平然として、さらになんでもそつなくこなすんだからやっぱり柳くんはすごい。素直にそう思った。
それに、立ち上がる柳くんをみてわたしは再び驚くことに。
ぽかんと背中をみおくるわたしに柳くんはただ一言、しっかり休むようにと告げて・・・・行ってしまった。
・・・・本当に助けてくれたんだ、柳くんが、わたしを
・・・・・・・・・だめだ、なんだか今だけでいろんなことが起こりすぎて、どうにも整理が追い付かない。柳くんのことで精一杯で、つい忘れていたけれど・・・あの不思議な夢のことだって。
今となっては思いだせないんだけど・・・・なんだかとても大切なことだったような、そんな気がして・・・・物悲しいような、暖かくなるような
そんなふわふわとした感覚でいた。
20140225
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