あの日、柳くんに助けられた日から三日が経った。
あれ以来、柳くんとの接触がないおかげで噂もすこしは減ったし、だれかに襲われたりもしていない。そして、進展もすこしはあって、わたしの気持ちの方も日がたつにつれどんどん落ち着いてきていた。
まず、あの飴玉についての文献をみつけたのが一つめの進展。二つ目はぐっすり眠れるようになったことと・・・そして、すこしでも身を守るためにといくつか術式をつくったこと!
・・・なんて、ただそれを建前に蔵に忍び込んでたらおばあちゃんが教えてくれただけなんだけど・・・・この収穫はおおきい。
すべてがいい方向に向かってる。
今日は朝から雨が降っていたけれど、そんな事だってちっとも気にならないような・・・とにかく、そんな気分のまま迎えた放課後。
わたしはちょっとした試練に挑むこととなった。
現在使われていない第二校舎に立ち寄ったのはほんとうに偶然。数学の先生がたまたまわたしに荷物をおいてくるよう頼んだのがきっかけだ。
第二校舎は古くて、滅多に使わないためなんというか・・・そういう雰囲気がある。自然と早足になりながらも目当ての教室にたどりついて、安心した矢先にそれはおこった。
見間違えるはずはないのに、信じられなくて・・・・・なにもいえずにいるわたしの方へ振り向いた"彼"をみて、疑惑は確信へと変わる
「柳、くん?」
前方で壁に凭れて呼吸を繰り返すその姿にはいままでの面影もなく。それに、彼を纏う空気だって段違い。人ならざるそれは間違いなく吸血鬼のもので、わたしの足はぴたりと止まって動き出せなくなる。
罠だとは・・・・考えられない。不自然な点があまりに多すぎるし、それに・・・・柳くんはとても辛そうにしている。
「な、にを・・・・して」
「・・・・どうしたらいい?」
「・・・はな、」
「わたしも柳くんに助けてもらったから」
そう言って傍らに膝をつくと、柳くんは酷く驚いた様子をみせて・・・・それから、甘いな、と。たったそれだけ呟いた。
言葉に不似合いな程に憔悴した柳くんを、もう怖いとはおもえなかった
「・・・・まさか、本当にやるとは思わなかったな」
「・・・・迷惑だった?」
「いや、・・・だが、いいのか」
「放っておけないし」
「また噂が立つぞ」
どうしていいかわからないわたしに、柳くんが選んだ答えは"家まで送り届けること"だった。
柳くんがわたしに支えられて歩いてるなんて、不思議な光景。
噂がたつのは困る。・・・・・でも、見てみぬふりなんてできない。柳くんはわたしは退魔士にはむいてないって笑うかもしれないけれど・・・でも、後悔はしたくなかった。
それから、柳くんはぽつりぽつりと事情をはなしてくれた。まさか話してくれるとも思わなくて驚いたけど・・・それよりも柳くんのつらそうな声に胸が締め付けられたのだった
柳くんの話をまとめると、こうだ。
雨の日はどうも吸血鬼の血が薄まってしまい・・・・力のコントロールができなくなる。だから、今のように吸血鬼の気を放出してしまうらしい。・・・・それも、体調がすこぶる悪くなるというとんでもないデメリットつき。
なにか、柳くんの血を封印する手がかりになるかもしれない。そう思ってはみたものの、なにも浮かぶはずもなく・・・・柳くんのいうとおり、ただただあるいた。なにか話そうか、そんなこともすこしは考えたけど・・・・・冷たく一蹴されるのは目にみえてる。弱っている今ならって思いもしたけれどやっぱり始終無言のままあるいたのだった。
そうして、空も赤みがかった頃。柳くんがついた、と・・・・ぽつりと呟いた。まるで・・・・血のような、真っ赤な空のしたにそびえたつ柳くんの家・・・なんて、本来なら雰囲気もあるんだろうけど・・・・
「・・・洋風じゃない」
「偏見だ」
もっとこう・・・映画にあるような洋館を想像してたのに、平凡な住宅地のなかの、平凡なおうち。それが第一印象。
敷居をまたぐ柳くんをみて、安堵のため息をつこうとおもったとき。突然どしゃりと崩れ落ちる柳くんに、驚いたわたしは小さな悲鳴をあげた。
「や、柳くん・・・?」
「・・・・すまない、」
悪化したのか、さっきまでとはちがって動けないらしい。わたし一人で柳くんを起こせるはずもなく、柳くんと、すこし先にみえるドアとをかわりがわるみていると、不意にドアが開かれた。
かおをだしたのは、思わず息を呑むくらいに綺麗な女のひと。ぽかんと佇むわたしのとなりで柳くんが姉さん、と、ぽつりと呟く
お姉さん、柳くんの・・・・・お姉さん!?
「・・・・姉は人間だ、そう警戒するな」
「っご、ごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで」
お姉さんは、人間?またもやすさまじい衝撃のあまりぽかんとしているわたしに、お姉さんは手伝ってくれる?と、微笑む
わたしは緊張のあまり、言葉に詰まりながらもなんとか返事をして、それからは二人でなんとか柳くんを起こす作業。
・・・・柳くんの体、さっきよりもあつい。熱があるのかな、・・・・苦しいのかな、
いろんな気持ちを抱えて柳くんの横顔を盗み見ると、はたりとかちあう視線。・・・・・なんだろう、余計な心配をするな、とでも言われたような気がして、わたしは慌てて俯いた。
しかし、柳くんを自室に送り届けてからも一難去ってまた一難。
「ありがとう、助かりました」
「い、いえ・・・」
「あなた、お名前は?」
「みょうじ、なまえです」
「そう・・・あのこの事情を知っているということは・・・やっぱり付き合っているのね」
「っち、ちがいます!」
おもったよりも大きなこえがでて、恥ずかしくなって視線を揺らす。
そんなんじゃないのに。・・・今ここに柳くんがいなくてよかったって、心からそうおもう。
「蓮二の事なんだけど・・・・・・雨の日は、傷が痛むらしいの」
「・・・・傷?」
蓮二を支えてあげてね
お姉さんはそういったきり、なにも言わずに行ってしまう。・・・傷って?どういうこと?柳くんになにか傷があって、それが原因であんなに苦しそうに・・・?
すっかり考え込むわたしの前に現れたのは、戻ってきたらしい柳くんで。
僅かだけど、顔色がよくなったその姿に安堵する。
「・・・・すまなかったな」
「う、ううん」
「助かった」
「・・・・・・・あの、柳くん」
「なんだ?」
「その、傷がある、って・・・・」
「・・・・姉さんから聞いたのか」
お前には関係ないって、突き放されるおもったのに。そんな気配はなく、柳くんはそれ以降黙り込んでしまった。
やっぱり、半分だといっても吸血鬼だもん。過去になにかあったのかもしれない。普段は毅然としているけれど・・・・柳くんには柳くんなりの悩みがあるはず。
なら、無神経に祓う・・・なんていったわたしは、
「・・わたし、痛みを和らげるくらいなら出来ると思う。・・・・退魔は得意じゃないけど、治癒は得意だし!」
柳くんが嫌じゃなかったら、だけど・・・
わたしがそう呟いたのを最後に、再び沈黙が訪れる。
読めない表情に、すこし怯みながらもじっと柳くんの返事をまつと・・・・
柳くんは長い思案のあと、
「・・・ついてこい」
それだけいって、部屋の奥へと足をすすめた。部屋にはいるなり、シャツをまくる柳くん。当然、どぎまぎするわたし。
「・・・・・っ」
「なぜ顔を赤らめる必要がある?」
「・・・う、うるさい」
柳くんの傷とやらは、まるで侵食するようにお腹に広がっていた。・・・・思っていたより生々しいそれに息を呑む一方で、わたしは拭いきれない違和感を感じて首を傾げる。
なんか・・・そんな筈はないんだけど、なんでだろう。・・・・わたし、この傷をみたことがある。纏う雰囲気、わずかに残る魔力・・・・全部、おじいちゃんと・・・同じ
「・・・・やはり、覚えがあるようだな」
「・・・・これ、もしかしておじいちゃんが・・・・・?」
「いや、これは・・・・」
そういいかけて口をつぐんむ柳くんに、わたしはただひたすら次の言葉をまつ。ほどよく引き締まった胸に、・・・横たわるかのようにひろがる傷痕。みつめる度にいいようのない不安でむねがいっぱいになる。
「・・柳くん・・・?」
「いや、すまない。話すべきなのかと迷って、な」
「・・・・話せるなら、聞きたい。だってこれは、」
明らかに、おじいちゃんの・・・・・みょうじの痕跡を感じるから。そうは言えずに飲み込んで、深く息をはく。
こんな大きな痕、生死をさ迷った可能性だって十分にある。・・・・そんな傷から・・・・・、まさか、
考えれば考えるほどにむねが詰まって、うまく呼吸ができなくなる。平静を保とうとしても、・・・かなわない。
たった数分だったかもしれない、この沈黙が・・・とてつもなく長く感じた。
「・・・・聞いても構わないのか?」
「・・・・おねがい」
「・・・・・・・・・・これはお前がつけたものだ」
「・・・・・・わたし・・・!?」
「覚えていないのも無理はない。俺もお前も・・・九つの頃だったからな。信じようが信じまいが自由だ」
「っ・・・」
「今なら引き返せる。・・・・選ぶといい」
わたしが、柳くんに?
おじいちゃんじゃなくて・・・これはわたしのもの?傷をもう一度、みて・・・・僅かに目眩がした。
柳くんの目が真っ直ぐわたしを捉える。引き返せるって・・・・なにも知らないままでいろってこと?・・・・・・知ってしまうと、どうなるの。それに・・・わたしは柳くんにとって、憎むべき存在、で、
・・・・・わたしは、わたし、は
「・・・・教えて」
真実を、知りたい
こわいけど、すごくこわいけど・・・・つよく、そうおもった。わたしがわたしでいられなくなるかもしれない。でも、受け止める。
柳くんは、ゆっくりとくちをひらいた
20140317
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