今さらなにを言われたって平気だって、思ってた。思い込んでた。・・・・それなのに、柳くんのはなしは、わたしの心にいとも容易く衝撃を与えたのだった




 昔、吸血鬼だとしってもなお、生涯共に生きていくと誓った夫婦がいた。それが柳くんの両親で、そして・・・何れ夫は自身が吸血鬼であることを悔やむようになったらしい。

 そこで出会ったのが・・・わたしのおじいちゃん。勿論当時のおじいちゃんにとって吸血鬼の血を封印することは簡単で・・・以降、おじいちゃん達は親交を深めたんだ



「静馬様に心から感謝していた父は静馬様をよく此処へ招待したと聞いている」
「・・・おじいちゃんが」
「そこで、幾つか年月が経って連れてこられたのが・・・」



 お前だったんだ
柳くんの声が、先程から妙に頭に響くのは気のせいじゃないだろう。・・・わたし、なんか変だ。緊張から、足の震えはとまらないし、息だってうまくできやしない。

 わたしは小さく深呼吸をして、・・・ゆっくりと頷いた。それを合図に柳くんは再び口をひらく。



「・・・・その際に、吸血鬼だと言った俺を、お前は祓おうとした」
「・・・・・・っ・・・・!」



 祓おうと、した。わたしが。・・・・・ここで、頭のなかでかちりと音をたててピースがはまる。・・簡単だ。誰だってわかる・・・あまりにも単純な、推理。
 ここでもう一度柳くんの傷に視線を落としたわたしは思わず拳を握りしめた。爪が食い込んだって気にせずに、ただただ強く握りしめていた



「恐らくだが・・・・褒めて・・・貰いたかったのだろうな。持ち歩いていた退魔用の粗末な札だったが、まだ幼い俺は生死をさ迷ったらしい」



 ここで泣くなんて、勝手にも程があると思う。でも、我慢なんてできなかった。溢れだした涙はわたしの視界を奪う。最後にみた柳くんは、穏やかな瞳をしていた。・・・憎しみもこもっていない、そんな目。わたしはその理由を、真実を・・・知らなくてはいけない。そう、強く思って。なんとか唇を噛み締める。



「その時のお前は自分の行為を悔やんでいた。だから、毎日のように治療しに俺を尋ねていたな」
「・・・・それで、その傷は・・・・・」
「善くなっていたんだ。暫くは・・・な。」



 わたしが全てをちっとも憶えていない事を、柳くんは仕方がないさ、と言って笑った。その悲しげな笑顔がわたしにとって柳くんから初めて向けられた笑顔で・・・・胸が鈍い音をたてて疼く。



「・・・そんな顔をするな」
「・・・・・、でも」
「・・・当時父親から人間との親交を禁じられていた俺にとって、お前ははじめての友人だった。嬉しかったんだ」
「・・・っ・・・・そんな、・・・」
「だから、俺はお前を憎んでいない。・・・憎めないさ」



 ・・・・柳くんのこと、酷いひとだって。いつもそう思ってた。なのに、今の柳くんはいつもの柳くんじゃない。こんなにやさしい声をきくのは、はじめて。
 憎めないって、柳くんはそういうけれど・・・わたしはなにも憶えていないのに。・・・それどころか、柳くんの危険なんて考えずに祓うだなんて言って。
わたし、ばかだ。おおばかだ・・・!



「・・・・・・・・わたしがやったのなら、わたしがきちんと治せるはず」


 治癒だけはむかしからおばあちゃんにもよく褒められた。忙しいお母さんには披露すらできなかったけど・・・・でも、これはわたしにしかできないことだ

 わたしはもう一度、柳くんと向き合った



「・・・・すこし、我慢してね」
「・・・手際がいいな」
「だから、得意だっていってるでしょ」



 しかも、これはわたしの回路。覚えていなくたって辿ってしまえばすぐにわかる。見つけ出せる。

 手をあてて、意識を集中しているのにも関わらず、わたしはとあることを思い出していた。この間にみた夢は、わたしが泣きじゃくりながら謝っていた相手は・・・・柳くんだったのかもしれない。今ならそう、強く思える

 それから、暫く沈黙がつづいて・・・・わたしはただ、治癒に集中するし。柳くんはそんなわたしをただただ見下ろしている。不思議とその視線に居心地の悪さは感じなかった。



「これで、おわり。・・・完全には治らないかもしれないけど・・・・・・柳くん?」



 治癒は無事に完了し、わたしはほっと胸をなでおろした。しかし、すぐに目を瞬かせることとなる。立ち上がろうとした瞬間、柳くんがわたしを引き寄せたのだ。

 突然強い力を込められて、抗う間もなくわたしは柳くんのうでのなかへ。・・・それも、抱き締められたというには程遠い、不自然な体勢のままで。



「・・・有り難う」
「それはどういたしましてだけど、あの、はなし・・・」
「傷が痛んでな」
「・・・・・・・・そう言われると・・・なにも言えないんだけど・・・」
「冗談だ」
「・・・とにかく離れて!・・・本当にだいじょ・・・」



 やばいって、そうおもったときにはもう、柳くんの顔はすぐ目と鼻の先にあった。だって警戒しようにもまさか、まさかこんな事するなんて思わないしさっきだってそうだ。だ、抱き締められるなんて予想外だって、だから、

 いまだって、わたしは"それ"を避けることはできず。キス、されてるって、気付いたのは数秒後だった。



「っな、な、な、・・・なにするの・・・・・!!」
「礼をしたまでだが?」
「・・・・・っ礼って!」



 なにいってるの、
わけがわからなくて、とにかくたくさん言いたいことはあるのに頭に血がのぼってうまく言葉になりそうにない。

 それに、なんなの、その顔。なんでそんな、名残惜しそうな目でわたしをみて離れていくの


 弾けるようにあとずさりした後、熱があつまる頬はしらないふりして柳くんをきっと睨み付ける。
ありえない。なんで、なんで・・・・・!



「・・・・・・柳くんは、祓えないし、こんなこと、平気でするし・・・・くやしい・・・・ほんとやだ・・・・きらい、柳くんはきらい」



 ほとんど吐き出すようにしてそういうと、柳くんはちっとも構う気配はなく、ただただ自嘲ぎみた笑みを浮かべるだけだった
どうして、どうして柳くんが傷ついたみたいな顔してるの。泣きたいのは、怒りたいのはわたしなのに。

 ・・・・祓いたい、か
小さく柳くんが呟く。それから、



「できない事もない」
「な、・・・・っまたそうやって混乱させようったってそうは、」
「これは本当だ。しかし、お前はその手段を知らない。・・・・実行も出来ない」



 どういうことなの、
そう聞いたところで柳くんは答えないだろう。
 今までだってそうだった。誰も大事なことは教えてなんてくれない。わたしはただ足掻いて、・・・・転がり続けるだけなんだ。


 帰る、そう呟いて部屋から出ていくわたしを柳くんは引き止めたりはしなかった。宣言したことをすこしだけ後悔したけれど・・・これでいい。同じだけれど・・・黙って逃げたりはしたくなかったのだ。




 帰り際にばったり鉢合わせてしまった柳くんのお姉さんにきちんと挨拶できなかったのは心残りだけど・・・・こんな酷い顔をみせたらきっと驚かせてしまう。
だから、よかったんだ。そう言い聞かせながらドアを後ろ手にしめて、わたしは柳くんの家をあとにした。


 ・・・・今まであんな顔、みせなかったくせに。
あんなこと、一言だっていわないまま、あんな所で倒れて・・・・。なのに、
・・・・・キスだって


 柳くんなんかきらい。大嫌い!まだぐるぐるとあたまを巡る様々な気持ちに蓋をして、ひたすら歩く。
すっかり日が沈んだ街はひっそりとわたしを出迎えてくれていて、少し気分も落ち着いた。

20140319

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