柳くんなんかきらい
そう、何度も頭で反復しながら帰った帰り道。脳裏に浮かぶのはあの傷と、柳くんの・・・・わたしを憎めない、と・・・そういったときの顔。
 それから、家に帰りついてからも体をベッドに投げ出したまま色んなことを考えた。過去のこと、柳くんを・・・・祓う方法のこと。


 確証はないものの、柳くんが嘘をついているとは思えない。だからって、柳くんに聞いたって教えてはくれないだろうし・・・・
 それに、わたしには・・・柳くんの傷を治す義務があるんじゃないかって・・・・そう思うわけで。・・・・なにかしたい。
そう思った末にわたしが部屋を抜け出して向かった先は蔵だった。ここへ忍び込むのももう慣れたもので・・・・何冊かの書物を手にとると、壁を背にして読み始める。不思議なことに・・・・こうすることでいくらか気を落ち着かせることができた。


 それから、結局眠りについたのは二時を超えたあたり・・・・だったと思う。朝を迎えてもすっきり起きられるはずもなく、重い体をひきずるようにして支度をすませ、学校へ。
 足取りも瞼も重いなか、ようやく教室がみえてきたころ。
 廊下にぽつんと佇むとある生徒がこちらを凝視していることに気付いた。最初は気のせいだと思っていたけれど、近付くにつれ違和感はより大きくなっていく。
 時が、まるでとまってるみたい・・・・。この時間帯、生徒が一人もいないなんてありえないし、とにかく確証はないものの・・・・色々とおかしい。


 ・・・・彼は、隣のクラスの仁王雅治。・・・・・話したことはないけれど有名だし、数ある特徴ですぐにわかった。柳くんと同じテニス部の、それも・・・レギュラーのひとり。このまえの水瀬くんのときみたいに操られてる・・・・・・・・にしては意識もはっきりしてるし、そんな気配も、ない。
 どちらにせよ、十分に気をつけながら近づいていく。すると・・・・



「のう」



 わたしに向けていっているのかわからなくて、きっと変な顔をしていたんだとおもう。仁王くんはお前さんじゃよ、と付け加えてようやくはっとした。
 ・・・・噂にはきいていたけどすごい髪のいろと、慣れないしゃべり方に圧倒されながらも控えめに足をとめる。
こんなときの嫌な予感っていうのは大体あたるのだ。



「柳と付き合っとるんじゃって?」
「・・・・・・付き合ってません」



 ほらね!
予想通りの反応に、すこしだけ肩のちからが抜けた。・・・・・・と思いきや、無遠慮に投げ掛けられる、探るような視線。すこしむっとしながら答えると、仁王くんはわかりやすく目を細めて笑う。



「ほう・・・それにしてはもう噛まれた痕があるのう」
「っ!?」
「そんな顔しなさんな。柳の事情はしっとる」
「・・・・なにものなの」
「わからんか?"みょうじ"さん」


 噛まれた痕、その単語にどうしたって動揺を隠しきれない。あれは、もう随分なおってきているはずだし・・・・やんわり残った分については毎日化粧品をぬって誤魔化している。

 ・・・・それなのに、仁王くんはそれを見破ったってことは・・・・・柳くんのいう刻印の気配をよむちからがあるということ。
 ・・・・・・・・それに、柳くんの正体をしってるって、じゃあ仁王くんは一体・・・・なんなの。わたしにもわからないということは・・・・・



「俺も半分じゃきうまく隠れられとるっちゅーことか」
「半分・・・・・」
「ま、本題に入るぜよ」
「・・・・・なに?」
「そう警戒せんで。聞きたかろ?柳の事」
「き、聞きたくないです!」
「・・・・祓い方も?」



 ・・・祓い方、

仁王くんの妖しげな笑み。まっすぐ目をあわせてしまえば心を見破られるような、そんな気さえして・・・慌てて視線を揺らす。



「・・・・・なんで知ってるの」
「妖狐のハーフなんじゃよ」
「・・・・妖狐の、ハーフ」



 妖狐はどちらかというと害はなくて、また、人間から身を隠すのがうまい分類にはいる。それに、この空間を作り出したのも間違いなく仁王くんだ。
仁王くんを今までなにも思わなかったことも・・・・・・・異質な空気にはいるまえに気付けなかったことも・・・・悔しいけれど、どうしてもわたしは現実を受け止めきれずにいた。

 半分とはいえ、吸血鬼に・・・・妖狐。こんな近くにいろんなモノが潜んでいたなんて・・・・・。
 わかりやすくショックをうけるわたしとは裏腹に、仁王くんは楽しそうに笑う。



「ちなみに他にもおるよ」
「・・・そういうの、言っていいの?」
「お前さんも"こっち側"じゃから言ったんじゃ。みょうじの人間として熟知しとるき、まさか外に漏らしたりせんじゃろ」
「・・・祓い方は、」
「教えちゃるよ。耳、貸してくんしゃい」
「・・・・」
「警戒せんでもなんもせんよ」



 他にもいるって!さらに信じられない事実に目眩すら感じる。・・・・・それに、そんなさらっと祓い方を教えてくれるの・・・?疑いをこめてじっとみていると、手をひらひらさせ、仁王くんはそんなことをいう。
 ・・・・・嘘をつかれる可能性もある、けど、このままでいたってなにもわからない。仁王くんがわざわざわたしに会いに来た理由も、それを教えるメリットもわからないけど・・・・でも、でも・・・・・・

 一歩、また一歩と仁王くんに近寄って・・・・・・・・・・



「っ!!!!??」
「ええ反応じゃのう」
「・・・・っな、な、な・・・な、」



 あと一歩という距離になった瞬間腕をひかれ、よろけたところを引き寄せられる。・・・・・さらに、すぐ目の前の仁王くんとばっちり目があったわたしは慌てて飛び退いたのだった。

 もっと掴みどころがなくて、どこか一歩退いたような、そんな人だと思ってたのに!わたしのことを新鮮だとか、好き勝手いって・・・それはもう楽しそうに笑う仁王くんを一瞥し、ため息をつく。
 仁王くんがようやく本題について話し始めたのはそれからすこしあと。



「吸血鬼の祓い方、簡単ぜよ。・・・・・心を奪うことじゃ」
「・・・・・・・・・心を、奪う?」
「半端な吸血鬼はそうして吸血鬼の血を忘れていく。絵本みたいな話じゃろ?」
「・・・それって、恋のこと?失恋すると・・・・吸血鬼はどうなるの?」
「また血がほしくなる。それだけの話じゃ。不思議じゃろ?」



 心を、奪う
仁王くんのいうとおり、それは本当におとぎ話みたいで。

簡単にはしんじられないけど・・・・でも、それがもし本当なら・・・・・



「・・・・・柳くんがわたしには祓えないっていったその意味、わかった」



 だってわたしと柳くんは、恋なんてできない。わたしは柳くんを好きにはならないし・・・柳くんだってそう。

 ・・・・知らなかったとはいえ、柳くんにむかって祓うだなんて言っていた自分が恥ずかしい。
しかし、仁王くんは感情のよめない声でこんなことを言ってのけるのだ。



「・・・・それはなまえちゃん次第じゃよ」
「だから柳くんとはなんでも・・」
「まあそう怒らずに」



 わたし次第だなんて・・・・そんなの絶対ありえない。

しかし、それ以上否定したところで軽くあしらわれてしまったわたしは大人しく息をつく。仁王くんは苦手だって、改めて思ったのはいうまでもない。



「ま、俺からは以上じゃ。他に質問があれば答えるぜよ」
「・・・どうして教えてくれたの?」
「んー・・・・・おもしろそうじゃったから、かのう」
「・・・・・・・半妖って厄介だなあ」
「ならついでに半妖についてもうひとつ。元々あやかしや悪魔といったもんは人間に恋をして、心を奪われるから半妖が生まれるんじゃ」



 たしかに、そうして血は薄まって今のような平和な世の中になってる。そう考えれば同じ学校になにがいたって不思議じゃないんだけど・・・・・・・・それはそれですこしだけ複雑だ。

わたしがきちんとした退魔士だったならなんて・・・・・・・もうそんな風に考えたりしないってきめたのに。慌てて気持ちを押し込めて、仁王くんへと向き直る。

仁王くんは今日はじめてみせる真剣な顔で、



「人間にはかなわんよ。広い意味で、な」




 まっすぐな声で、こんな風にいった。
人間には、かなわない
その言葉を何度頭でとなえても、わたしにはその深意がわからなくて。
 ・・・・なんにも、いえなくて。それからすこしあと。ただぼんやり立ち尽くすわたしをのこして、仁王くんは最後にそれじゃあまた、とだけ呟いて霞のように消えてしまった

 はっとしたときにはもういつもの教室の前にいて・・・すぐ横を通り過ぎる生徒が立ち止まったままのわたしを怪訝そうにみていたのだ。・・・もどって、きたんだ


わたしも慌てて教室へ入ろうと前へ向き直ったところですこし先にまだ記憶に新しい銀色をみつけて思わず歩き出した足をとめてしまう。
仁王くんは友達と談笑しながらも視線だけをこちらに寄越し、すこしだけ目を細めてわらった。



20140415

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