例えば、渡り廊下なんかで柳くんとすれ違ってもお互いしらないふりをしてた。
周りはわたしたちが同じ空間にいるだけで好奇の目を向けたし、わたしはわたしでなんでもないようにするのに必死だし・・・・・柳くんの姿を遠くにみつけるだけでも中々憂鬱な日を過ごしていたのだ

 勿論、そんなときも柳くんはいつだって涼しい顔でわたしなんて気にもとめずにいるし、きっと誰かにわたしとの事を聞かれたってうまくかわせるんだろう。彼のことはよく知らないけど、わたしの知る柳くんはそんな人だ



 だから、そんな彼がわたしの姿をみつけるなり分かりやすく反応をみせたときには、胸がざわついた

 ・・・・いつもは気にしないくせになんで今日は?
そうは思いながらもわたしは柳くんから自然に視線をはずし、先ほどと変わらないペースで歩く。幸い、隣を歩いている友達は気付いていない。
 今さらなんだっていうの。

 最後に視界の隅にちらりとみえた柳くんの目はまだわたしを捉えたままだった


 それから、なにも起こらずに昼休憩を迎え・・・・わたしもすっかり先程のことを忘れかけていたそんなとき。



「みょうじ」
「・・・・・・柳くん?」
「少しいいか」



 突然現れた柳くんは、わたしの姿をみつけるなりこんな風な流れでいとも簡単にわたしを廊下へ連れ出したのだった。

 勿論、教室はどよめき・・・・友達にさえやっぱり、とか・・・そんな意味を含んだ視線を向けられるわけで。
かなり動揺するわたしとは裏腹に、難なく"普通の顔見知り以上"を演じた柳くんはやっぱり敵にしたくない。改めてそうおもった。

 さらに・・・



「威嚇するな。不審がられるだろう」



 人目がなくなればこうだもん。柳くんが足をとめたのは、人通りのすくない非常階段へつづく踊り場。そこで、向かい合うなりこんなことを言ってのけたのだ。

 ・・・・纏うオーラは不機嫌そのもので・・・・わたしは思わず目を見張る。あの、いつも感情を表にださない柳くんが・・・・?そう首を傾げたくもなるけれど、前述した通り、わたしはそんなに彼のことをしらない。・・・しらないけれど、この状況は異常だって、たしかにそう思った。



「・・・・単刀直入に聞くが」
「・・・・・・な、なに?」
「仁王に何をされたんだ?」
「・・・・・・・・・は?え、に、仁王くん?」



 仁王くんのことを、どうして?
・・・柳くんに話す義理はないけど、でも、なにか言わないと・・・・、切り抜けないといけない。
・・・・・祓い方をきいた、なんていえないし・・・。ただ柳くんのことをきかれただけだって、答える?・・・うそはついてないけど、

 黙り込んだままわたしに、柳くんはより一層不機嫌になる。



「仁王の匂いがする」
「・・・・・・に、匂い・・・?」
「誤魔化してくれるなよ、俺は仁王の、・・・・妖狐に関しては鼻が効くからな」



 そんな密着したりしてないのに・・・・わかるって、
思わず動揺が顔にでてしまい・・・まさに蛇に睨まれた蛙のように、わたしはただただ押し黙る。


 どうしよう。柳くんはなにをいいたいの。やっぱり祓い方を聞いたの、気付かれてる・・・?でもだからって呼び出したりして・・・・・柳くんの本心がわからない。


 やがて、柳くんは大きなため息をついて、そうして・・・



「なにを話した?」
「・・・や、柳くんに関係・・・・・・・いっ・・・!」



 突然強いちからで引き寄せられ、抵抗する間もなく肩を掴まれすぐ目の前に迫る柳くん。


 柳くんの高圧的な物言いと、追及する理由も知らされずにこんな仕打ちを受けていることに納得がいかなかった。
それに・・・関係ない、その言葉は以前わたしが柳くんに言われたもので・・・・むきになってたんだとおもう。
 でも、だからって・・・!



「なにす・・・・・・・んぅっ・・・・」



 だからって、どうしてこんな事・・・・!無理矢理キスされて、かっとなって手を振り上げるけれど、それもしっかり縫い付けられてしまう。

 何度も何度も角度をかえて口付けられて・・・さらに、開けろといわんばかりに唇を舐められて、視界が歪む。
なんでキスなんか、好きでもないくせに・・・・どうして?


 唇を離した柳くんを睨み付けると、柳くんは眉を潜め・・・そうして、



「・・・・・っや、・・・・い、いた・・・いたい・・・っや、やだ、柳くんやだ!・・・っ・・・・・・・」



 首筋に、牙を立てたのだ。

 鋭い痛みと共に一気に体の力が抜けて・・・・自然と柳くんに寄りかかる形になる。

突き抜けるような痛さと同時に、体の中心が熱くなるような感覚に包まれて・・・こわくて、ただただ無我夢中で声をあげるけれど・・・
血を啜るペースを緩めてはくれない。



「いっ・・・・あ、・・・・・ん、んん、・・・・いたい!柳く・・・、」



 わたしの声と、水音だけが響いて・・・どうにかなりそうだ。
・・・・血は吸わないって、言ったのに。わたしには関係ないって、関わるなって・・・・・忘れろって、言ったのに・・・・。なんで仁王くんとのことを気にするの、なんでキスなんか・・・・
 なんで、





「・・・・っ・・・はあ、・・・」
「・・・っ・・・・・な、なに・・・・・・・・?」
「・・・ぐ、・・・」
「・・・・・柳くん?」



 意識が朦朧としたとき、ようやく柳くんはわたしから離れて・・・・それからすぐ、わたしの方へとへたりと覆い被さってきた。わたしだって立ってるのがやっとなのに、なんとか壁を背にしたおかげで柳くんを受け止めることができたものの・・・・やはりずるずると地面に座り込むことになってしまう。


 慌てて名前を呼ぶものの返答はなく、柳くんは荒い息を繰り返すばかりで。・・・・もしかして、わたしの血を飲んだせい?・・・・なにか、なにか柳くんを拒絶する力が発揮されたとか・・・・・・・?

 ・・・・それとも、

おじいちゃんのあの飴の存在が脳裏によぎって、息を呑む。
 へとへとで、力なんて残ってるはずがないのに・・・どうしてだろう。一心不乱に名前をよんで、柳くんの肩を叩いて・・・。



「・・・・柳くん、柳くん・・・・柳くんってば・・・!」
「・・・・・・相変わらず、凄まじいな。欲張って飲みすぎたようだ」
「な、」



 一筋の涙が頬をつたうのと、柳くんが顔をあげたのはほぼ同時の出来事だったとおもう。
とってもはずかしいのに・・・柳くんの顔をみるなり安心で涙が止まらなくなって・・・結局涙でぐちゃぐちゃになった顔をしっかりとみられてしまった。
 柳くんは一瞬驚いた顔をみせたけれど・・すぐに眉をさげて笑う。

 さっきまであんな事があったのに、うそみたいだ



「・・・反省しないとな、随分心配させたようだ」
「・・・・してない!したけど・・・・の、飲み過ぎって!理不尽なんだけど・・・!しかも重いよ、」
「機嫌は治ったようだな。体はどうだ?平気か?」
「・・・・・・平気じゃない、いたかったし、怖かった」



 柳くんが腰をあげるのと同時に、起き上がろうとして異変に気付いた。・・・・いつのまにやら腰が抜けてしまっていたらしく、ぴくりとも動かない。
 さっきの反動かなんだかわからないけれど・・・また柳くんに馬鹿にされるのは嫌で・・・でも、いつまでも起き上がらないわたしを柳くんが不思議に思わないわけがなくて。



「・・・・すまなかったな」



 気付けば片膝をついた柳くんに髪を撫でられて・・・・・はっとする。本当にそうおもうなら理由ぐらい教えてくれたって・・・いいのに。聞く勇気なんてなくて、項垂れるわたしへ、柳くんは不意に背を向ける。
 ・・・・・乗れってこと?
かなり不服なんだけど、いつまでもこうしてるわけにもいかないし・・・・・・・
 悩んだ末、わたしは柳くんの背中にすがり付くのだった



 こうするしかないんだし、要因をつくったのはほかでもない、柳くんだ。・・・・そう言い聞かせるけれどやっぱり情けないしはずかしいし、さらに、さっき泣いたせいでぐすぐすと鼻を啜るはめになり・・・・・わたしの精神はぼろぼろだ
そんなわたしの気もしらず、柳くんはぽつりとこんなことをいった。



「・・・仁王と、何をした?」
「・・・・なにをって、なにもしてないよ。柳くんとのことを聞かれただけ」
「・・・・本当に何もしていないな?」
「うん」
「・・・・そうか」



 ・・・・それ以上聞かれなくてよかったって、ほっと胸を撫で下ろす。柳くんを相手に隠し事をするのはどうにも難しいらしい。



「・・・柳くん」
「なんだ?」
「・・・・あの、・・・ああいう事、ほかの子にもしてるの・・・?」
「・・・さあな、と言いたいところだが・・・・していればもっと痛くないようにしてやれただろうな」
「・・・そう」
「・・・・精市に、きをつけろ」
「・・・・せい、いち?」
「幸村精市、奴は吸血鬼だ。俺とは違う、本物の、な」
「・・・・・・え、」



 幸村精市。知ってる・・・・テニス部の、部長で・・・校内でもすごい人気を誇るひとだ。現にわたしの友達にもファンはたくさんいるし、わたしだって・・・あまりみたことはないけど、すごく綺麗なひとだなって思ったのを覚えてる。

 ・・・・・そんなひとが、吸血鬼?それも、本物の・・・?



「奴は奴で供給源がある。人を襲ったりはしないだろうが・・・・」
「供給源って!」
「吸血鬼の本質を知らないわけではないだろう?ならば自ずと解るはずだが」
「・・・・・・でも、」
「変な気を起こすなよ、敵う相手じゃない」




 ・・・・そんなこと、わかってるのに。柳くんに言われたくなんてなくて、押し黙る。
保健室までの道のりが、途方もなく長く感じた。




 血を吸われたあと、というのはこんなにも体が重いんだろうか。柳くんと別れて、ベッドに沈み込んでもなお首筋は痛みを増すばかりだし・・・体は動きそうにない。

 相変わらず柳くんには振り回されてばっかりで、さらに校内に吸血鬼がいることを知らされて・・・・・柳くんの考えることは、わからないままで・・・
わたしの体のことだけじゃない。問題はまだたくさんある。
 ・・・・だけど、いまは・・・いまだけは、すべて忘れたい。うっすらと残る涙の痕も、首筋の傷も・・・みないふりをして、目をとじた


20140505

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