それからのわたしは、妙にすっきりした気持ちでいた。
自分でも自分の気持ちになにがあったのかはわからない。だけど、ただ漠然と・・・・これでよかったんだ、って、思うようになった。
気まずさからか、まだ柳さんとかおをあわせてはいないけど・・・・いつか、柳さんを気にせずに家をでて、ばったり鉢合わせて・・・・自然に挨拶ができる日がきたら、って、そう思う。
ちなみに、白井くんともなにも変わったことは起きていない。・・・・・強いて言うならばおはようって、わたしの姿をみつけて笑顔になる白井くんはしっぽをふる犬のようで可愛らしい、と評判になっていることぐらいだろうか。・・・・・わたしは相変わらずそんな彼に一歩ひいた態度をとっていて、たまに胸を痛ませるけれど、なんとかうまくいっている。(めげない白井くんに甘えてるのは反省したい、)
そうして、
アパートの、それもわたしの部屋の前、とも・・・柳さんの部屋の前ともとれる位置にたたずむ幸村さんをみたのは、あの日から三日が経った日のことだった。
遠くからみても彼だって、すぐにわかった。慌てて柳さんの姿を探すけれど、そこには幸村さんだけで・・・・他に誰かがいる様子はない。幸村さんだけなら軽く挨拶をすればいい、すこし身構えながら近づいていくと、彼はわたしの姿をみるなり戸惑いがちに手を降ってくれた。
「みょうじさん、でしょ?」
「…………えっと、はい、 みょうじですけど…… 」
「急にごめんね。・・今、少しいいかい?」
ちかくでみると、改めてきれいな人だなあ、とおもった。柳さんとはまたちがう。幸村さんはもっと中性的で、整った顔立ちをしてる。
・・・こんな人と面と向かうと自然と頬が赤くなってしまって、すこし恥ずかしい。
だけど急にどうしたんだろう?柳さんのことは聞かれたってわからないし・・・・ひとまず、顔にでないように、たっぷり心の準備をしておくことにする。様子が変だったって、万が一柳さんに伝わると余計にややこしくなっちゃう。
しかし、幸村さんの言葉はそんなわたしの想像を絶するものだった。
「君を待ってたんだ」
わたしを、待ってた?
簡素に告げられたこの言葉の意味を理解するまでに随分と時間がかかった。とはいえ、理由なんかは当然わからないんだけど・・・・
断ることなんか出来ず、曖昧にうなずくと・・・・立ち話もなんだから、と幸村さんに連れられたのは、
「一度こういうの食べたかったんだよね」
スイーツ専門店のケーキバイキングだった。たしかここは・・・友達とも話したことのある有名なお店だ。平日の夕方だというのに女性で賑わう店内へ、幸村さんは臆すことなく入っていく。
・・・・・すると、その容姿を目にした人が色めき立たないわけもなく。全く気にしていない幸村さんとは裏腹に、わたしは肩身の狭い思いをしながら後に続いた。
テーブルに座ってからも、なんだか幸村さんは楽しそうですこし緊張も和らいだ。そんなわたしの視線に気付いてか、幸村さんはこう言った。
「連れに甘いものをいっぱい食べる奴がいてさ、量がはんぱないせいで傍でみてるだけで気持ち悪くなっちゃって」
「そんなに食べるんですか?」
「うん、そりゃあもうびっくりするぐらいね」
たしか、まえに柳さんからとにかくよく食べる友人の話をきいたことがあったけど、まさか同一人物だろうか。ありえなくもない話だけど、柳さんから名前を聞いたわけではないから確認する術はない。(ちなみに、そう言う幸村さんもわたしの予想以上にお皿にケーキを盛っていて、思わず二度見してしまった)
・・・・・こんな話をしてると、本当に柳さんのお友だちとこんな状況になったんだなあ・・・と、感慨深くなった。
そういえば用件はきいてないし、妙にケーキの話で盛り上がっちゃった。
「それで、その・・・お話って、」
「ああ、ごめんね。たいしたことじゃないからそんな改まらなくていいよ、それに、ケーキも遠慮せずに食べて」
これなんかおいしいよ、と幸村さんが薦めてくれたのは日本風な、落ち着いたイメージのケーキだった。抹茶のまわりは葛餅でコーティングされていて、なんとも涼しげだ。・・・・どことなく柳さんににてるなあって、そう思ったと同時にあの日、おしるこをくれたことを思い出して笑みが溢れそうになった。
・・・・・もう、随分と遠い日のように思えるなあ。
「蓮二と俺って、長い付き合いなんだ」
「テニス部だったんですよね?」
「知ってたんだね」
「・・・はい、柳さんから」
「でさ、本題なんだけど・・・・・蓮二、あれから元気ないんだ」
「柳さんが・・・?」
正直、急にそんな話をされてもどんな顔していいかわからなかった。
幸村さんは仕事でなにかあったのか、それとも別のことかも、なんて付け足す。
わたしは柳さんのことを知らない。勿論、仕事のことだって・・・何もわからない。・・・・・・・・ううん。こんなの言い訳だ。
・・・・わたしは・・・怖いんだ。柳さんに近付くことが、拒絶されるのが。
幸村さんに悟られないように必死に平静を保つけれど内心は穏やかではない。・・・・・だけど、柳さん・・・一体どうしたんだろう。
「君から声をかけてあげてくれないかな?」
「・・・・わたしが、ですか?」
「・・・だめかな」
幸村さんの目が真っ直ぐわたしを捉える。
その姿をみて、冷やかしや冗談のようには思えなかった。・・・・だけど、どうしてそんなことをわたしなんかに頼むのか、理由が全く思い付かない以上簡単にうなずけるはずもなく、わたしは静かに息を呑む。理由を聞くことすら、こわいのだ
「わ、わたしは・・・・・・・柳さんに、そんな立ち入るようなことは・・・・出来ません。」
「じゃあさ、こないだの試合、みてくれてたよね?」
「・・・・?・・はい」
「あれはどう思った?」
予想外の反応に、思わず目を見張る。幸村さんはそんなわたしの緊張をとくように笑顔をみせてくれた。
この前の試合、その言葉をきいて真っ先に脳裏に浮かんだのは、真剣にコートに臨むあの横顔。思い出すだけでも、息が詰まりそうなあの緊張感だった。
相変わらず幸村さんの質問の意図は汲み取れないけれど・・・・先ほどの質問よりかは自然と言葉がでる。
「・・・すごかったです!皆さん本当に楽しそうで、本当に言葉に言い表せないぐらい・・・すごくて、」
「ふふ、ありがとう」
「いえ、・・・上手く言えなくてすみません・・・」
「じゃあさ、テニスしてる蓮二は?好き?」
「・・・・・か、かっこいいとは思いましたよ、でも!それは皆さんに言えることで・・・」
「そっか、・・・・じゃあ、前まで通り接してあげてくれないかな?」
「柳さんと、ですか?」
「うん、俺からはそれだけ」
いいおえた幸村さんは再びフォークを手にとると、ショートケーキを口へ運ぶ。
一方わたしは・・・・・余計に混乱に陥ってしまっていた。幸村さんが悪い人に見えるわけじゃないのに・・・・信じられない。
わたしと柳さんは、ただの隣人で・・・・・柳さんはわたしが憧れていた人・・・・ううん、憧れの人、で。ただ、それだけなんだ。
「・・・・前まで通り、ですか」
「俺、勘には自信があるんだよね」
「・・・勘?」
「周りに関しては特に、ね」
幸村さんはそう言って、わたしに小さな紙を差し出した。みた所、ルーズリーフの切れ端のようだけど・・・・開いてみて、見慣れない文字の羅列に疑問符を浮かべる。・・・・・・・これは、メールアドレスと、電話番号?
「・・・・蓮二のなんだ、それから、これも渡しておいて欲しいんだけど」
「本・・・ですか?」
「借りっぱなしだったんだ。この店を出る頃には蓮二も帰ってるだろうし、よろしくね」
「・・・・・柳、さんに」
「不安?」
「・・・・せめて、幸村さんも一緒に行きませんか?」
「それは駄目。さ、食べて食べて!今日で制覇しちゃおう!」
そうして、結局わたしは幸村さんに言われるがままにケーキを口に運び、他愛のない話をした。
特に盛り上がったのは柳さんの学生時代の話で・・・すっかり話し込んだわたしが結局幸村さんに本を返しそびれ、柳さんを訪ねることになるのはまたべつのはなしだ。
20130905
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