「みょうじ!」
「あ、白井くん!お疲れさま!後半も頑張ってね」
「サンキュ」



 白井くんが話しかけてくれたのは、次の試合がはじまるすこし前の事だった。
つい先程まで柳さんたちのコートをみていたせいか、白井くんと顔を合わせるのはなんだか恥ずかしい。
 それに、白井くんの様子もそわそわしてるっていうか、落ち着かないっていうか・・・普段とはすこしちがうような気がして・・・・すこし身構える。



「あの、さ」
「ん?」
「・・・・さっき話してたの、みょうじの好きなひと?」
「・・・・・・え!!?」
「みつこからきいた」



 そして、そういう予感というものは大抵当たってしまうのだ
白井くんは向こうのコートをじっと見つめながら、そう言った。

 み、みっちゃんめ・・・・!なんて情報を流すの!



「す、好きっていうか、憧れてたっていうか!でも一方的だし!向こうはなんとも思ってないし・・・・」
「・・・どっち?」
「え、ど、どっちって、」



 さっき声をかけてくれた柳さんと幸村さんの事を言ってるんだろう。それはなんとなくわかる。わかるんだけど・・・・まさか、見られているとは思わなかったし・・・むしろみっちゃんから話を聞いてること事態予想外だったから、頭のなかは混乱でいっぱいになる。

 なんて答えよう。言うべき?なの?でも恥ずかしいし、柳さんにだって迷惑だし・・・いや、迷惑もなにも関係ないんだけど・・・っていうか!白井くんはあのとき柳さんを見てるはずなんだけど!



「・・・・秘密!それより!試合がんばってね!」
「お、おう」



 ・・・すこし考えた結果、誤魔化すはめになって。
コートにもどる白井くんを見送りながら、小さくため息をついた。

・・・・・柳さんを忘れるチャンスだって、みんなに言われて・・・わたしもそうなるといいなって、すこしだけ思ってた。でも、いざ来てみればこんな状況で。

 それに、幸村さんはああいってくれていたけど・・・結局柳さんのテニスは直視できなかった。
今日は白井くんの試合をみにきたわけだし、いいんだけど・・・・・・・(例えその事がなかったにせよ、きっと結果は同じだったんだろうけど!)

・・・・・・・・でも、気にならないのかと聞かれれば気にならないわけもなく。結局白井くんの試合が再開されるまでそれは続くことになった。


 そうして、白井くんの後半戦は、先程とはまったく違った展開になった。
相手が白井くんの苦手なコースを見抜いたらしく、白井くんのミスが目立つようになり・・・得点は驚くほど離れ始めたのだ。
それでも白井くんは諦めずに、むかっていってる。気付けばわたしもみんなも、声を張り上げて白井くんを応援していた。

 白井くんもそれに、笑顔で振り返って応えてくれた。だけど、結果は・・・・・



「白井、後半惨敗だったね」
「・・・あ、いっちゃった」
「なまえにみせる顔なかったのかも」
「え、わたし?」
「あとで声、かけてやってね」
「みっちゃん・・・・」
「しょんぼりしない!それよりねえ、向こうすごくない?」



 試合が終わるなり行ってしまった白井くんをぼんやりと目でおっていると、不意にみっちゃんに肩を叩かれた。視線の先は、柳さんたちのコート。

 みない間に柳さんたちは二人組をくんで試合を行っていたらしい。シングルスとはまた違ったすごさに再び圧倒されてしまう。以前柳さんからテニス部の話をきいたとき、ここまでとは思っていなかったから余計に、だ。
きっとすごい努力をして、強くなって・・・・部の仲間と頑張ってきたんだろうな。そう思うと、胸が熱くなる。


 それから、わたしはしばらく柳さんたちの様子をみていた。(柳さん自身、集中していたからわたしもきがねなくみることができたのだ)
それは白井くんがわたしたちの元へやってくるまでつづいた。白井くんは困ったように笑って、頭をかく。・・・・・ちなみに、ほかのみんなはにやにやしながら離れていってしまったのはいうまでもない。



「試合、お疲れさま」
「サンキュ、マジかっこわるいとこみせたな」
「ううん、テニスのことわからないけど・・・・すごかった、引き込まれたよ」
「・・・そっか」



 なんて声を掛けたらいいのか、わからなかった。だからこそ、思ったことをありのままで伝えた。すると、白井くんはすこしだけ照れたように笑ったあと、いつもの笑顔をみせてくれた。
 わたしはその笑顔にほっとする。

 だけど、それもつかの間。ほんのすこし沈黙が流れて・・・・それからだ。
 白井くんはまっすぐわたしを見つめている。わたしも同じように白井くんをみて、
なんにも変わらない二人のはずなのに・・・・なにかがちがう。ちがうのは、空気だ。



「みょうじ、俺」
「ごめん、白井くんわたし、えっと・・・・・みっちゃんのとこ、いくね」



 逃げてしまった。
口にだしてそう実感した。

白井くんの顔をみれないまま、走り出す。
あのさきを聞けば、戻れないような気がした。理由はそれだけだ。

 戻った先にはなにを話したの?なんて、笑うみっちゃんがいて、わたしのかおをみるなりぎょっとした。・・・そんなにひどいかおをしていたらしい



「ちょっと、どうしたの」
「あとで話す、ごめん・・・」
「それはいいけど・・・大丈夫?」
「・・・・大丈夫」



わたし、最低なことをした。みっちゃんから白井くんの気持ちをきいているのに、それを受け止めることもせずに逃げ出すなんて。白井くん、どう思っただろう。

応援してくれたみっちゃんにだって悪いし、・・・・最悪だ。



「あ、そうそう」
「どうしたの?」
「なまえが白井と話してるときね、柳さん、こっちみてたよ」



悪戯っぽくわらってみっちゃんが言う。柳さんが、わたしを?どうして・・・?偶然?・・・・それとも?

白井くんについて反省したばかりなのに、また気持ちは大きく揺さぶられた。あっというまに罪悪感がこころを包んでいくのに、なのに、どうしても気になるのは・・・・柳さんたちのコート。
たまらずに控えめにみてみれば、柳さんとやんわり目があってしまったような気がして、反射的に前を向く。

・・・・・びっくりした。心臓もどきどきしてる、いま、いま、たしかに柳さんと・・・・




みっちゃんは白井くんが好きだった。今はわからないけど、二人は付き合って、だけど白井くんはわたしがすきで。それでいて、わたしは柳さんにどうしようもなく惹かれている。
諦めよう、忘れようって決めたのに。こんな風に出会って・・・・・わたしは柳さんをまだ、意識している。
すべてが丸く、うまくいけばいいのに。そうはいかないことをわたしは知ってる。知っているのに、知らないふりをして耳をふさいでいるんだ

わたしは眩しいコートのなかを、みんなの笑顔を、直視できないでいた




20130815

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