夢じゃない、
ぱちぱちと瞬きをした所で広がる景色は変わらず、わたしはしっかりここに存在しているようだ。
・・・勿論、隣には柳さんがいるわけで。こんな風に柳さんの隣を歩くのはもう何度目だろう。一度目は・・・・あれもたしか幸村さんのお陰だった。それから・・・その次は助けてもらったときだ。あのときはまさかこんな風になるなんて思いもしなかったなあ。
ちなみに、あれからもいくつか屋台を回って・・・厳選した結果、わたしが手を出したのはいちご飴とたこ焼だった。
柳さんがたこ焼を食べる姿に密かになごんだり・・・いちご飴が新鮮だったらしく、味の感想やらをまじまじと聞かれたり、お互いのお祭りの思い出で盛り上がったり。本当に楽しい時間を過ごすことができて、ようやく緊張が解れて一息ついた所で時刻をみて目を疑うことになる。
「・・・花火!もうすぐですね!」
「ああ、そうだな」
「広場、行ってみましょうよ!」
「構わないが・・この中を、か?」
「・・あ」
皆目的はひとつだ。花火をより近くでみるために絶好の場所である広場へ続く道はすっかり混み合っている。
怯むわたしへ差し出された手はたしかに柳さんのもので。驚いて顔をあげるけれど、そこにはいつもと変わらない表情でわたしをみる柳さんがいる。・・・・・どうするか、聞き返す程わたしも鈍くはない。けれど、その手をとる勇気があるのかと聞かれれぱそれはまた別なんだけど・・・
・・・折角、だもんね。はぐれるともう二度と会えないかもしれないし、
おずおずと手を伸ばすと、そっと握られ心臓がどくりと跳ねた。わたしとはちがう、男の人の手。身長差のせいか・・・また別の理由のせいか、どことなくお互いにぎこちないような気がして・・・余計に頬に熱がじわじわと集まる。
「・・・・・こんなこと、するから」
すきになるんです、
ぽつりと呟くこえに重なるように大きな花火がうちあがる。
綺麗だなって、笑いかけてくれる柳さんにわたしは・・・こくりと頷いてみせた。
きっと、囁くような小さな声は柳さんには届いていなかったんだろう。よかったと安心する反面残念なような気もして・・・複雑だ。・・・臆病なくせに、どこかで期待してる。
それからしばらく花火の音を聞きながら歩いて、人通りの少ない場所に差し掛かった所で柳さんは足をとめた。ここからなら花火もしっかりみえるし、前方にみえる人だかりよりはずっと居心地がよさそうだ。
どちらからともなく繋いでいた手をはなし、石垣に腰かけると・・・ぼんやりと空を見上げる。
「・・・・・綺麗」
「ああ」
楽しい時間はあっという間だっていうけれど・・・二人になってもう時計の針はぐるりと一周してしまっている。みっちゃん達はうまくやってるかなあ。
夜空を彩る花火をぼんやりみつめながら、二人のことを考えると胸が擽ったくなる。もう二人は付き合わないのかな?白井くんはみっちゃんの事どう思ってるんだろう・・・。こんな風に二人でいたら柳さんだってわたしのこと・・・・・・って!なに考えてるんだわたし・・・!!
「・・・・写真、か?」
「はい!・・でもタイミングが難しくて、」
「こうすれば・・・ほら」
意識してしまう自分がはずかしくって居てもたってもいられなかったから携帯電話を取り出して、ついでに撮影を試みた。ただそれだけだったのに・・・
柳さんは携帯をインカメラにすると、こちらにレンズを向けて花火が背景にくるようにセッティングをはじめている。
「次にあがったら撮ろう」
「えっ!」
「レンズを見るんだぞ」
「そ、それはわかってますけど!」
花火があがると共に、宣言通り容赦なくぱちりとシャッターが切られる。
柳さんはその出来映えに満足げに笑うと・・・わたしに携帯を差し出してきた。狼狽える間もなく覗き込めばそこには小さな画面に肩をよせあい笑顔をつくるわたしと柳さんと、その奥にはきちんと花火が写り込んでいる。
「・・・す、すごい!花火がちゃんとうつってる!」
「タイムラグを考慮したからな」
「それも女子高生並にうまい配置ですね・・・!」
「・・・それはすこし複雑だが」
「・・・・・大事にします」
「後で送ってもらって構わないか?」
「はい!」
・・・柳さんと、写真。
まさか一緒に撮れるだなんて・・・というより柳さん自身が撮ってくれるとは思わなかった。変な顔してないかどうかじっくり確認できてないけど・・・・・・本当に大事にしよう。自然と携帯を握る力が強くなる。
・・・どうしよう。・・・こんなの、余計にすきになる。
「・・・でも、本当によかったです。柳さんと花火が見れて」
すこし浮かれていたからだろうか。何気なくそう呟くと、柳さんは驚いたような表情でぴしりと固まり・・・ゆっくりと瞬きを繰り返す。・・・特に深い意味はなかったはずなんだけど・・・ただならない空気を感じ、わたしまで同じように目を丸くする。
なにか言わないと!そうは思ったものの、すっかり真っ白になった頭ではなにも思い付かず・・・
そうこうしているうちにも柳さんがぎこちなくそうか、とただ一言呟いて再び沈黙が訪れた。
ただただ平静を保つよう必死に努めるけれど・・・もう隣にいる柳さんの横顔すらまともに見れそうになくて。緊張のなかこっそり深呼吸を繰り返し、小さく息を吐く。・・・・・・いまは花火に集中して・・・適当に話題をだして終わりにしよう。そう決意したわたしは再び空を見上げた。
・・・・もしかして、柳さんもすこしは動揺したんだろうか。小さく狼狽えたような表情に、ぎこちない声を思いだして、不意にそんなことを考えた。
・・・でも、・・迷惑だって、思われていたら、
ちらりと柳さんの方を盗み見ると、ばっちり目があってしまう。逸らせずにいるとすっかりみつめあうみたいになって、再び頬に熱が集まる。
そうして、呼び掛けようと口を開こうとした所でうまく声にならず喉の奥にしまいこんだ。
視線を逸らすきっかけを失っただけなんだけど・・・・結局静止したまま動き出せそうにない。
どうしていいかわからずすっかり混乱に陥るなか、キスでもされたら、なんて。余計に自分を追い込んでしまった。
・・・・もうだめだ!な、なにか言わないとこのままなんて・・・・!
「やな、」
「・・もうすぐ終わりのようだ」
ひときわ大きい花火がたくさんあがるのと、柳さんが空を見上げてそう呟いたのはほぼ同時の出来事だった。
歓声と共にあちらこちらから拍手が響くなか・・・・わたしは花火をバックに柳さんの横顔をぼんやりみつめていた。
あるく度に揺れる髪飾りが、すこしだけふれあう肩の感触が・・・わたしに恋心を思い出させる。
そのたびに、とある言葉がちくりと胸を刺すのだ
"今夜だけは"、一夜限りの魔法の言葉。
諦めたくない、そう思っていたのはついこの間までのわたしだったのに。今は・・・・・どうしたって臆病なまま、心の奥底で膝を抱いている。
20150312
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