夏は眩しい季節だ。
 いつだってそうだ。どの季節の中でも一番輝いていたのは夏だった。

 でも俺は・・・その眩しさの理由を知らない。思い出せない。

 あの景色さえも、忘れてしまったのだ。






「・・・幸村さん?」
「・・・ああ、ごめん。ちょっと昔を思い出してた」
「昔?」
「うん、なまえちゃんをみてるとついね」



 蓮二の家に立ち寄った帰り道にばったり出会ったなまえちゃんは夏休みだっていうのに制服に身を包んでいた。
青空の下、輝くセーラー服はこれでもかってぐらい学生を見せつけられているような気さえして。・・・・だから、すこし懐かしい気持ちになった。

 急に黙り込んだ俺を心配したのか、なまえちゃんは不思議そうに俺をのぞきこむ。慌てて取り繕うと、すぐに笑顔を取り戻し・・・その様子が可愛らしくてすこしほほえましい。



「それにしても、良かったね」
「え?」
「お祭りだよ、蓮二も嬉しそうにしてただろ」
「そ、そうですか」
「うん、わかりやすいぐらいにね」



 あの日の蓮二は確かに普段よりも浮かれていたわけだし、まるきり嘘なんかじゃないけど・・・からかうのも程ほどにして、いくつか他愛のない話で談笑する。

 どうやら彼女は友達と勉強会をした帰りらしい。・・・懐かしい単語に再び不思議な気持ちになりながら、ゆっくりと歩く。
 道に咲いた向日葵は日の光をまっすぐに浴びて大きく花びらを揺らしていた。



「あ、あともうひとつ」
「なんですか?」
「白井くん、だっけ。彼とみつこちゃんは付き合ってるの?」
「え」
「・・・・・触れちゃまずかった?」
「そんな事はないんですけど」
「いいよなあ、学生は楽しそうで」



 初対面な筈なのに白井くんに親近感を覚えるのはきっとうちの赤也の影響だろうな。

 ・・・それに、彼女達には彼女達なりになにかあるんだろうか。曖昧に笑うなまえちゃんをみつめながらぼんやりとそんな事を考えた。



「・・・花火したいな」
「花火?」
「うん、やらない?みんなで」
「今日ですか!?」
「都合の合う日で構わないよ」



 深い意味なんてない。ただ、本当に急に思い立っただけだった。なまえちゃんも驚いていたけど・・・・計画に協力してくれるらしい。すぐにみつこちゃんに電話をかけていた。



「2人ともオッケーだって!」
「よかった。こっちも仁王も蓮二もいくって」
「楽しみですね!!」
「花火は買い出しにいくとして・・・・・あとは場所か」
「場所ならいい所がありますよ!」
「じゃあ場所は任せるとして・・・あともう一人声かけてもいいかな?」
「もしかして丸井さんですか?」
「秘密」



 ひとまず待ち合わせ場所や時間を決めてなまえちゃんと別れると、俺はもうひとりを誘うべく携帯を取り出す。記憶が正しければ彼は今日は非番だった筈だ。
 数年前の彼なら来なかっただろうけど・・・・珍しくすぐに返ってきた返事に思わず頬が綻ぶ。そうして、今よりすこしばかり幼い彼・・・真田の姿を思い浮かべて、空を仰いだ。

 ・・・・こうして、大人が高校生を巻き込んで行われた花火計画は着々と進んでいったのである。



「みょうじ、なまえです。や、柳さんの隣に住まわせていた、いただいてい、・・・おる、もの、で」
「友達の三井と、白井です」
「真田弦一郎だ」



 みつこちゃんの声を合図に、深く頭をさげる白井くんとなまえちゃん。・・・と、それをみつめる弦一郎。娘さんを僕にください、なんて台詞が浮かぶ光景を前に仁王はわかりやすく肩を震わせていた。
 ・・・威厳ある父を前に少々若すぎる花嫁を隣でみつめる蓮二の穏やかな表情にも注目したいところではあるけれど・・・ひとまずは自己紹介は幕をおろした。


 その後、花火の登場により空気は一転し・・・
年の差はあるものの、さすがは若さといったところかお互いにすぐに打ち解けた様子で一緒に花火を物色する姿はほほえましい。
真田と仁王の二台の車で行われた車内でのぎこちない会話がいまでは嘘みたいだ。



「仰山買うたのう」
「でも意外にすぐに無くなるんじゃないかな」
「はやくやりましょうよ〜!」
「待たんか!火の使用はくれぐれも慎重に、それから二本持ちは禁止だからな!」
「はーい!」



 真っ先に袋から花火を取り出したのは白井くんで、それに続くようにみつこちゃんが手をつける。

 空は夕焼けのオレンジがすこし混ざったような色で、なんとか手元もみえる状態だ。花火に点火し我先にと走り回る高校生組とは対照的に、俺達は佇んだままその姿をみつめていた。



「元気だな」
「そうだね」
「お前達はいかないのか」
「そういう真田こそ」
「・・・・綺麗だな」
「花火だね」



 花火への感想よりも先に口をついて出たのは彼らへの感想で。こっちへ手をふるなまえちゃんに手を振りかえしながら隣にいる蓮二を盗み見る。奴も大方俺と同じような面持ちで先をみていた。

 なまえちゃんのことだから、蓮二と一緒にやりたいのに呼べずにいるんだろうな。なんとなく心中が読めるような気して、頬が緩む。



「火、わけてもらっていいかな?」
「どうぞ!」
「・・お邪魔します。っと、花火って結構もつんだね」
「でもつないでくのは難しいかなあ」
「たしかに」



 なまえちゃんから火をもらった俺の花火は元気に花を開く。光の玉は一瞬のうちに広がって、きらきらした火の粉があたりを照らした。隣にいるなまえちゃんは瞳を輝かせてそれをじっとみつめている。花火が色を変える度に、彼女の頬も色を変えていた。



「っ、げほ、」
「白井の方ばっかいくね、煙」
「っせ、わざとだろ!」
「人気者は大変じゃのう」
「仁王さんまで!」



 火薬の匂いが立ち込めるなか、たくさんの色があたりを彩る。

 年をとると涙もろくなるのか、それとも昔を思い出したからか。すこし目の奥がつんとして、慌てて空を仰いだ。濃紺の空には僅かに小さな星が光っていた。



「・・・懐かしいな」
「弦一郎」
「昔はよくやっただろう」
「競争したよね、線香花火で」
「いつも勝負は決まらなかったがな」
「中学ぶりぐらい、かな」
「・・・ああ」



 目をとじると浮かぶのは海をそのまま移したような空の青だった。
 コートの中でみた青。・・・皆と一緒にみた色だ。



「また、テニスがしたい」
「・・・花火だったりテニスだったり、忙しいな」
「付き合ってくれるだろ、皆」
「しかし今日とて急すぎるぞ、もっと計画を立ててだな・・・」
「ほら行こう、蓮二が呼んでる」



 筒状の打ち上げ花火を手に、したり顔をみせる仁王をみてすべてを察した。まだ袋の中に残る花火はひとまず置いて、皆でぐるりと囲んで着火を見守る。緊張の中、無事に点火したそれは激しい音をたてながら、瞬く間に空にあがった。



「なまえちゃん、楽しんでる?」
「はい!いまの、なかなか迫力ありましたね!」
「市販のも侮れないよね。・・・・ところで、」
「はい?」
「行かないの?」



 蓮二の方へ視線を寄越し、改めてなまえちゃんへと向き直る。すると、なまえちゃんはわかりやすく頬を染め、視線を泳がせた。そうして、何度かやりとりをかわすうちに見かねたみつこちゃんも加わり、説得を繰り返す。


 しまいには花火を二つ握らせて蓮二の方へと背中を押す始末で。まわりが見送るほほえましい空気のなか、なまえちゃんは緊張の面持ちで渋々あるきだした。



「うまくいくといいね」
「・・・・幸村さんも応援してるんですか?」
「勿論。なまえちゃんをみてるとつい、ね」
「わたしもです」
「みつこちゃんは?」
「え」
「・・・勘はいい方だと思うんだけど違うかな」
「・・・・違、」
「みつこ!幸村さん!またでかいのやるって!」



 叫びながら大きく手をふる白井くんへいまいくよ、と。それだけ告げてあるきだすと・・・みつこちゃんも観念したかのようにあるきだす。なんだかんだ嬉しそうにしている横顔のすこし先には筒状の噴出花火が一直線に設置されていた。
 真田の怒号もむなしく、一気に着火されたそれはひときわ大きく輝いて、あたりを照らす。



「弦一郎はすっかり保護者だな」
「・・・蓮二」
「よくなついているようだ」
「どこか赤也ににてるしね、彼」



 蓮二の登場に、自然となまえちゃんのいる方に目を向ければ、彼女は仁王と談笑しているようだった。俺の視線の意味に気付いてか、蓮二はすこし怪訝な顔でこちらをみる。



「仲良いよね、あの二人」
「仁王はああみえてよく面倒見がいいからな」
「・・・・・俺はみつこちゃんたちの事を言ったんだけど」



 突き刺さるような視線には気付かないふりをして、他愛のない話を続ける。ああみえて気にしているみたいだ。いいデータがとれた、だなんて。蓮二が聞けば憤慨しそうなワードが頭に浮かび、すこしだけ反省した。
とはいえ・・・すっかり日も暮れたなか、各々で花火を楽しむ姿は本人たちにその気はなくともいい雰囲気になりつつある。



「でもさ、あの二人も仲良いよね」
「・・・そうだな」



 ・・・・素直じゃないよなあ。何度目かのため息を合図に、袋に残った線香花火数本を差し出す。蓮二は不可思議な顔でしばらくそれをみつめた後、仕方なくといった様子でようやく受けとった。
 なまえちゃん、線香花火がすきなんだってさ。下手くそな理由だけど、背中を押してやるには十分だ。

 蓮二の後ろ姿を見送りながら、俺も残りに手を出す。入れ違いに戻ってきた仁王は俺の傍らに腰かけて、花火をくるくると手で弄っている。
その視線の先には肩を並べて線香花火をはじめる二人の姿があった。



「視線が痛うてかなわん」
「気付いてたんだ」
「ピヨ」
「なまえちゃんとなに話してたんだい?」
「柳の事」
「だろうな」



 線香花火ってこんなに綺麗だっけ。
風にあおられゆらゆら揺れる炎はすこし後に勢いを取り戻し・・・再び火花を散らす。


 すると、視線の先で微笑む少女の向こう側にすこし幼い自分をみたようなきがして、瞬きを繰り返す。幻はすぐに姿を変え、代わりにあの少年がこちらに手を振っていた。

 記憶の中よりすこし逞しくなった真田の背中をみつめながら、頭をよぎったのはいつかの光景だ。もうすぐ夏は終わる。新しい季節を、新しい風景で迎えようとしてる。



20150821

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