"大人"はずるい
だけど、それはひどく魅力的で、それでいて、残酷でもあり

わたしは"大人"に惹かれ、それが"大人"であるからこそ、とおいとおい場所で一人、動けずにいるのだ







「まさかとは思ったんだがな」


 柳さんはそう言いながら、笑いを噛み殺すように、喉を鳴らした

 柳さんの無邪気?な一面をみることができて、本来なら嬉しいはずなのにどうにも喜べないのは間違いなく現在おかれている状況のせいだ。



「・・・・・もういいですから、戻らないんですか」
「なんだ、どこかへ行くのか?」
「・・・・大家さんをまちます」



 口を尖らせながらそういうけれど、柳さんはさして気にする様子もなく。ならいいだろう、と言いながらわたしと同じようにして長い足を折り畳み、ドアに背を預けた


 ・・・・・・なにがどうなったのかというと。
わたし、みょうじなまえの部屋はしっかり施錠されている。いうまでもなく、わたしが出先に閉めたものだ。鍵は・・・・おそらくバイト先のロッカーで眠っていて、バイト先はとっくに閉められた時間。さらに、大家さんは不在でもうすぐ帰るとの連絡があった。
 ・・・・そこへ柳さんがやってきたというわけだ。

 もう用はないはずなのに、どうして柳さんまで一緒になって座るんだろう。・・・あんなにわたしを馬鹿にしたくせに、(たしかに馬鹿だけど!それに、柳さんはひたすら笑ってただけだけど・・・・でも絶対馬鹿にした!)

たくさんたくさん言いたいことはあるけれど、この寒空のした、柳さんが貸してくれたダッフルコートは素直にありがたいから口をつぐんでおく。かわりに、



「柳さんって、大人ですよね」
「・・・・・まあ、そうなるが」



 そんなことを口走ると、柳さんはわたしの意図がわからないのか曖昧な顔でそういった。

 柳さんのことは本当に大人で、いいひとだとおもっていた。背もたかいし顔も整ってるし・・・じつは毎朝顔をあわせるたびにちょっとときめいていたのだ。(スーツの魔力ってやつ?)
それが、あんな場面を、・・・・・・泣き顔を、みられて。挨拶をするだけの存在だった柳さんを、ほんのすこしだけ近くにかんじたんだ。だけど、

 柳さんが助けてくれるのは、今日みたいにコートをかしてくれたり・・・あの日だって、そばにいてくれたりするのは、
・・・・・・きっと、わたしがこどもで、柳さんが大人だから。

 ほかになにかを期待してるわけでもない、けど、そういう大人なところをわたしは素敵だなっておもうし、・・・・いまだって、心臓はうるさいわけで。

 この見覚えのあるダッフルコートはきっと柳さんが今朝身につけていたもの。わたしよりもずっと大きいそれは、すっぽりとからだを包んでくれてる。・・・・柳さんはわたしがこんなことを考えているだなんて、思っても、ない。

・・・・ずるい、なあ。
なんだか唐突にそんなことをおもったわたしは、寒がるふりをしてダッフルコートを抱き締めた。



「今日は冷えるな」
「明日は湯豆腐にしようって思ってました」
「湯豆腐・・・・いいな」



 ・・・・・ひとの気もしらないで、
そう思いながらも、こんなどうでもいい雑談ですら嬉しいんだから報われない。

そういえば、柳さんって夕飯はどうしてるんだろう。
よくだれかがきてるのはみるけど・・・あれはきっと友達、だと、おもう。うん、きっとそう。
でも、柳さんに彼女がいたってなんらおかしくはないわけ、で。



「あの、柳さんって、」



 そういいかけたわたしの声を阻んだのはけたたましく鳴り響く着信音だった。大家さんがもうすぐで帰るとのことで、ひとまず安心。

 ・・・彼女はいるんですか、だなんてそもそも聞いちゃいけないんだ。ききそびれたことをむしろ大家さんに感謝しないと。
聞いていたらひかれたかもしれないし、わたしと柳さんはただの隣人で、年だって離れて・・・・・・

 ・・・・・・柳さんっていくつなんだろう。
年齢ぐらいなら・・・だめ、かな。年齢はセーフ?でも、
ああもう。知らないことが多すぎるんだ。おかげで出てくるのは質問ばかり。



「柳さんって、の続きを聞いてもいいか?」
「・・・・・・・えっと、」



 なんて言おうか。突っ込まれるとは思わなかったせいで全く用意していなかった。
人間は追い込まれると大胆になる、かもしれない。年齢をきいてしまおうか、そのひとつの選択肢があたまのなかを征服してはなれない

 なんか、狙ってます、っていうようなことはいいたくない
これはもうほとんど意地だ。なるべくさらっと流せるニュアンスで、そういいきかせて、頭のなかで試行錯誤した後にわたしが口にしたのは、



「・・・・・・・か、かっ・・・こいい・・・ですよね」



 こんなことだった。
なるべく無関心を装った単語のつもりだったのに、後悔というものは言ってから押し寄せる。
余計に恥ずかしいことをいってしまったことに気付いたのはすぐだった。

 柳さんは、困ったように笑ってありがとうっていってくれた。
・・・・あしらわれた感はあるけれど、変な空気になることは避けられた、はず。



「・・・遅いな」
「そうですね」



 とはいえ、きまずいことには変わりはないわけで。

それ以降は今日の気温や天気のはなしだとか、夕飯のはなしだとか、ひたすら他愛のないはなしばかりをした。
さすがに今更年齢はきけなくて、半分吹っ切れたような気持ちでいたんだけど・・・・



「柳さんって普段なに食べるんですか?」
「コンビニか、インスタントで済ませているな」



 独り暮らし歴の長そうな柳さんならなにかいい案があるかもしれない
そういう意図で聞いたはずだったんだけども、思わぬ情報を入手してしまった。栄養をすこしは考えつつも効率のいい、おいしい料理をつくってるんだろうなあ、だとかそんな風に勝手に想像していたのに、そんなわけでもないらしい。



「え、か、彼女とかいないんですか・・・?」
「ああ、いないな」
「・・・そ、そうだったんですか!意外です」



 こうなると、流れにのらない手はないわけで。
勇気をだして聞いてよかった、心底そう思った。

 ・・・・・いないんだって。柳さんに、彼女。真顔でいることに努めてはいるものの、内心は嬉しかった。だからって相手されるわけでもないのに、



「みょうじさんはどうなんだ」
「え、わたし?」
「俺だけが答えるのは不公平だろう」
「知りたいんですか?」



 つい舞い上がって、そんな言い方をした。それでもなるべく冗談のように装ったつもりではいたはずだ。一方、柳さんは特に慌てたりする様子もなく・・・・



「無理にとは言わないぞ?」
「・・・・いませんよ」
「勿体ないな」
「え」



 あまり動じない様子がすこし残念だなって・・・思ってたそばから予想外の返答で、おもわず反射的に顔をあげた。

勿体ないって、勿体ないって、もしかして



「学生時代に恋愛はしておくものだ」
「・・・・・・そう、ですね」



 ・・・・・・・・・・・ですよね、そんな台詞を吐くようなひとでもないし、わかってた。わかってたけど・・・・期待、してしまった自分が恥ずかしい。



「そういう柳さんはしてたんですか」
「・・・・・どうだろうな」
「またはぐらかす」
「また、とはなんだまたとは」
「なんでもないです」



 ・・・・・わたしだって、これまで恋愛経験がまったくないわけじゃないのだ
だけど、付き合ったってせいぜい一ヶ月・・・・そんなわずかなものを胸をはることなんて、できない。だけど、まったくないって思われるのも癪・・・・・。
ああ、大人が相手っていうのは・・・なんというか、めんどくさい、なあ。

 ありありとわかる距離が、なんともいたましい



「恋愛なんてものはゆっくりでいいと思うぞ」
「・・・・ゆっくり?」
「ああ、まあ・・俺なんかはゆっくり、というわけにもいかないかもしれないが・・・」
「あ、柳さんって何歳・・・なんですか?」
「・・・聞くのか」
「だめなんですか」



 これが、今日のわたしの精一杯。
シンデレラにとっての十二時の鐘とおんなじように・・・・わたしには、大家さんが慌ててかけ上ってくる階段の足音がタイムリミット。
やがて現れた大家さんは本当に息を切らしていて、柳さんとおもわず顔を見合わせてわらった。


 柳さんにはきちんとダッフルコートをかえして、貸してくれたお礼と、相手をしてくれたお礼も伝えた。
ちなみに、きになる柳さんの年齢は・・・・22、だった。無難、というかなんというか、いうほど年をとってはいないのに・・・わたしとの差は、実に5つ。・・・・この5という数字がじつはひどく大きな壁を形成しているのはいうまでもないわけだけど。


 とはいえ、今日だけでいろんなことを知れたんだから、これはまぎれもないプラスだ

柳さん、22歳。彼女ナシ。好きな飲み物はおしるこ。一人暮らし。それから、わたしのお隣さん。





macherie



 柳さんのことを、もっと知りたい
まだ、ほのかに残るコートのあたたかさごと体を抱き締めると、まるまったままベッドに沈み込んだ


20130524

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