彼女を傷つけたのは明白だった
いずれは言わねばならなかった。それは解っているつもりで、むしろあのタイミングで彼女があの答えをよこしたのは好都合だと、そう思った。だが・・・・俺が予想していたよりもずっと、ずっと・・・・みょうじさんは傷ついたと・・感じた。
俺に気付かれまいと唇をかみ、目には薄く涙の膜をはっていたのだ。気付かないわけがない。

 が、そのまま蔑ろにする方がよくない事だったんだ
そう、思っていた



「・・・・・・というわけだ」



 思ってはいたのだが・・・・・いつものようにうちに来ていた精市にみょうじさんとの事を聞かれ、迷いながらも答えた結果。精市は俺の予想よりもずっと深刻な顔をみせた




「らしくないな、もっとおもしろがるとおもったが」
「いや、だってさ・・・そりゃおもしろがるよ、おもしろがりたかったよ、でもお前さ・・・・えげつないなあ」
「・・・・・彼女から言葉を誘い出すようなことを言ったことについては反省しているさ、素直にくるとは思わなかったが・・・」



 精市からその評価をもらうとは思わなかった分、再び驚かされた。
期待させる事を言って突き放したんだ、無理はない。が・・・・精市にいわれると腑に落ちない、とでもいうのだろうか。最も、そんな事を一言でも漏らせばどうなるかわかっているからこそ口はつぐんでおくが。

 精市はどこかがっかりしたような、諦めたような・・・そんな笑みを浮かべながら話を進める



「くっつけばいいとは思ってたけど、やっぱお前はそうだよな、変わらないな」
「付き合うわけにはいかないだろう、大体あの年頃だ」
「・・・大人に憧れるのは当然・・・って?」
「そういう事だ」
「漫画みたいにはうまくいかないんだね」



 それはあくまで俺の憶測に過ぎない。
俺はみょうじさんに対して隣人の、それ以上でもそれ以下でもない、そんな態度をとっていた。しかし、彼女は俺に好意を抱いた。そこから導き出すこたえを出したのみというわけだ



「そういう憧れからの恋愛でもいいと思うけどな」
「・・・・・学生時代のお前に聞かせてやりたい台詞だ」
「みょうじさんは純粋だったろ」
「なぜそう言える?」
「なんとなく」



 悪びれもなくそう言った幸村に、俺は静かにため息を吐く。

 純粋故に、とった行動とも言えるのだろうか。俺がもっと悪い男だったのならみょうじさんを手玉にとっていたのかもしれないし、そんな男だったならみょうじさんも好意を持たなかったのかもしれない

だが、俺は俺で、みょうじさんはそんな俺に好意を抱いた。それならば、"こう"なるしかなかったとも言えるのか
・・・・いや、こんな風に考えるのはよくないな。



「本当に気があるんなら俺が探りをいれようかなーって思ってたんだけどな」
「・・・・・・冗談に聞こえないな」
「冗談なわけないだろ、それで?それからどうなった?」
「・・・それから?」
「みょうじさんとどうなったんだよ、フツーのオトナリサン?」
「・・・・・・・・・いや、顔をあわせていないな」
「あー・・・・そういうやつね」



 どうなったか、そう聞かれ、記憶を手繰り寄せるまで少々時間がかかったのは、俺自身、違和感があったからだ

みょうじさんとは家をでるタイミングや、ごみをだすタイミングが似かよっていて・・・・ほぼ毎日のように顔をあわせ、挨拶をしていた。しかし、この数日、俺はみょうじさんの姿を見ていない

 察したらしい精市は僅かながら笑みを浮かべるが、俺はこの事実に驚かざるをえなかった。・・・・避けられている。
 こういうものは一度偶然鉢合わせて挨拶をしてしまえば大抵うまくいくのだが・・・・・こんなにも顔を合わせない、とすると、・・・事の重大さをひしひしと感じる



「仁王がこの話、楽しみにしてたんだけどな」
「変わらないな、お前たちは」
「・・・変わらない、といえばそうだ、今日はこれを聞きにきたんだ」



 精市の楽しそうな笑顔をみるのは久しぶりだった。
その表情と口ぶりからたどり着くものは一つしかない。

俺も口許が緩むのを感じながら、精市の話に耳を傾けることにする。






「いやー久しぶりっスねー!テニス!」
「こんなに集まると思わんかったしのう」
「真田や柳生はあとからくるそうだよ」



 精市から聞いたのは、テニスの誘いだった。これまでもこうしてどこかのテニスクラブに集まることはあったが、全員が揃うことになるのは久しぶりだ。(後で合流する事も考えると随分と騒がしくなりそうだが)



「よし!じゃあ部長!さっそく俺とやってください!」
「・・・・フフ、いいの?赤也」
「おーおー、あっついのう」
「そういうお前も、随分とやる気じゃないか」
「ピヨ」
「なんか向こう、試合してるみたいっスね」
「ここでか?珍しいな」



 赤也が指差したのはすこし先にみえるテニスコート。高校生の試合らしく、小規模だが応援も賑わっていた。
 皆が彼らをみつめる表情はそれぞれだが、思うことは同じだろう。忘れはしない。俺達が駆け抜けたあの瞬間も、きっとあんな風に輝いていた。



「ねえ蓮二、あれは・・・・・」
「あ!もしかして!」



 感傷に浸っていた俺は一気に現実に引き戻される。右からは精市に声をかけられ、左からは赤也に肩を押され・・・・二人が示す方向、先ほど俺たちが眺めていた試合風景からはなれた先に佇む場所に視線をおくる。

 すると、そこにはコートと同じようにユニフォームや、制服をきた学生が応援に励んで・・・・・・・
 ・・・・・・・・・あれは、


みょうじさんだ。毎朝みかけた制服に身を包み、友人に囲まれた彼女の紛れもない"学生"の姿にすこし面食らった。普段顔を合わせるときですら制服を眩しいと感じてはいたのだが、今は特別だったのだ
 そのみょうじさんの視線の先には・・・・いつかの、赤也似の男子がラケットを握ってコートに佇んでいる。
そして、そんなみょうじさんたちに怯みもせずに近付いていくのが・・・・



「みょうじさん!」
「・・・え!え?」
「ほう・・・・うわさの、」



 精市と、噂を聞き付けてやってきた仁王だ。(赤也もそのあとに続こうとしているのはいうまでもない)

 もちろん、みょうじさんはひどく驚いた様子をみせながらこちらをみて、俺の姿をみつけ・・・ようやく納得したらしく、ぺこりと頭をさげた。
 そのぎこちない動作に不穏な空気を察知し、まとわりつく仁王をかわしながらももう一度、コートを眺めるみょうじさんをみる
数日顔をあわせていないだけなのに、懐かしく感じるのは気のせいじゃないようだ



「・・・すごい偶然だな」
「そのようだな」
「柳の淫行拡散ぜよ」
「え、まじでそんな関係なんすか!!?」
「・・・・・・仁王」
「冗談ナリ・・・・」






 昨日、偶然出会って挨拶をすれば・・・・・、と思ったのは撤回だ

 コートに集中するみょうじさんの姿を盗み見ながら、すこし目眩を感じた


20130728

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