「・・・・・それで、みにきて欲しいんだけど」
それは突然だった。みっちゃんに呼び出されて来てみればそこには白井くんがいて。それから、みっちゃんは白井くんの肩を叩いて意味ありげな笑みを残したままさっさと退散し、わたしと白井くんは対面することになって・・・・・。
冒頭にもどる。白井くんが緊張した面持ちでいるから、わたしまで緊張していたのに、用件は予想外なものだった。
たしか、白井くんはテニス部だったっけ。
だけど、彼はわたしの親友の、みっちゃんと付き合ってたひとだし。みっちゃんまでどうしていっしょになって・・・こんなこと。
白井くんとはみっちゃんを通じて話すくらいで、これまで話したことなんてなかったのだ。・・・・・・説教をしたのは、悪いとは思ったけれど・・・みっちゃんのためで、つまり本当に親しくはない。
しかし、いまいち状況が飲み込めずに混乱するわたしに、迷わずになにか小さな紙を差し出した白井くんには再び驚かされることになった。反射的に受け取ってしまい、すぐに理解はしたけれど。
「これに場所とか書いてる!俺、みょうじがくるのまってるから!」
そのまま、白井くんが行っちゃうのも予想外だった。
返事をする間もなく行ってしまい、手元に残されたのは試合の案内のような紙だけ。
しばらくぽかんとしていたわたしを迎えにきたのはみっちゃんだった。どうだった?と、第一声に言ったみっちゃんはわかりやすく興奮していて、なおさらわからなくなる。
みっちゃんが幼馴染みの白井くんに恋をしていたのはずっとみてきた。だから二人が付き合えて、本当に喜んだのに・・・・・あんなことになって、今度は・・・・、
・・・・・わからない。
そんなわたしに気付いたのか、みっちゃんは悲しそうに笑いながら事の顛末を話してくれた。わたしも知らない、二人の出来事。わたしはゆっくりと息を呑む。
「白井が浮気したってね、うそだったんだ」
「・・・・・え?」
「最初からなまえのことが好きだったみたい、わたしと付き合って気付いたって」
今日は本当に、どうしたんだろう。
みっちゃんはわたしに気を使って言えずにいたんだ。今は白井くんを応援してあんなことをわたしはなにも、なんにも知らなかったのに
きちんと話をつけた事だから、いまはなんとも思ってないし、ただの幼馴染みだって、みっちゃんは笑う。わたしのことも何も思ってないって、いった白井くんを怒ったのも、わたしだって。だから、白井くんをみてあげてほしいって。
「だって自分の幼馴染みと大好きななまえが幸せになるんならそれは願ってもない、すごくいいことじゃない」
「みっちゃん・・・・」
「黙っててごめん、あと、あのとき白井に怒ってくれてありがとう。うれしかった」
わたしは大丈夫。テニス、見てあげてよ。そう言って、笑うみっちゃんをわたしはただ、抱き締めた。
みっちゃんは困ったように笑ったけれど、最後にはいっぱい、いっぱい抱き締め返してくれた。
わたしはいつもそんなみっちゃんを、白井くんのために頑張るみっちゃんを、ただみていただけだったのに。いいなあ、わたしも恋愛がしてみたいなあって、いつも、みてただけだった。
柳さんと出会ってもそれは同じだ。わたしなりに頑張ったつもりではいたけれど、怖がってばかりで、最後には、逃げて。
みっちゃんはそんなわたしの話をきいて、いつも励ましてくれていて、わたしよりずっと辛い立場にいたのはみっちゃんなのに。
夕陽が背中に差し込んで熱を持ち始める。それからどれくらいそうしていただろうか。いつのまにかみっちゃんに慰められてしまったわたしは激しい自己嫌悪に陥ったのはいうまでもない。
・・・・みっちゃんは最後にもう一度わたしは大丈夫だって、念を押して帰っていってしまった。
いろんなことがいっぺんにおこって・・・・・ぐるぐるする。柳さんのことだって・・・あれからわざと登校時間をずらして、避けているし・・・・・。白井くんのことも、混乱するばかりで、今は考えられない。
そう、思ってた。だから、友達から突然誘われたカラオケに了承し、白井くんの試合は断ろうと思っていたのだ。
なのに、そのことなら大丈夫って、みんなが口をそろえてそう言って・・・よくわからないまま土曜日を迎えて、いざ待ち合わせて、皆でむかった先は・・・・・・
近所の、テニスクラブ、で。
「っここ!白井くんの!」
「柳さん?ってひとをを忘れるためにも、いいチャンスだよ!」
「ほら、入った!」
・・・・してやられた。
しかもこの様子からして、知らされていなかったのはわたしだけのようだ。
柳さんの名前にすこし息を詰めるわたしに構わずに、みんながわたしを入り口へとひきずるなか、みっちゃんは申し訳なさそうに謝ってくれた。
べつに、白井くんの試合をみるのが嫌なわけではないし、寧ろ、みんながこうしてわたしを気遣ってくれているのは嬉しかった。問題は、心の準備をしていないことなのだ。
受付を済ませて、昨晩明日はかわいい服を着てきてね、なんてメールが届いていたことを思い出す。・・・・・・あの時気付いていれば、そう、昨日のわたしをちょっぴり恨んだし、前に進めない自分が嫌になった。
「・・・・みょうじ」
応援席につくなりきてくれたんだ、と、フェンスの向こうで白井くんがはにかむ。
・・・・・・すこしのまえのわたしも、柳さんにこんな笑顔をみせていたんだろうか。こんな考えに至ってしまい、曖昧な笑顔で手を振り返したわたし。そして、それで色めき立つ周りの声。
わたしの気持ちは落ちる一方だった。
それでも、みんなのためにも今日を楽しまないと。そう気合いをいれて、改めて白井くんな名前を呼ぶ。振り返った白井くんはすこし驚いた顔をみせる。
「頑張ってね、白井くん」
「・・・・おう!俺、絶対かつから!」
白井くんはきらきらとした笑顔でそういって、コートへと走り去った。
隣で一部始終をみていたみっちゃんは白井くんに野次をとばして、それからどうしてか、ありがとうって、呟いた。(そんなことを言われるような事なんてしてないのに、)
それから少しして、いよいよ試合が始まった。
他に目当ての先輩がいる友達は別のコートに移り、白井くんの試合が行われるこのコートに残ったのはみっちゃんとわたしを含む四人だけだった。
公式戦ではない、試合だからだってみっちゃんはいっていたけど・・・・・個人的には、相手方のチームの雰囲気からは威厳を感じられて・・・・なんだか緊張がうつってしまう。
ちらりと盗み見たみっちゃんの横顔からもそれが感じられて、わたしは静かに拳を作り上げる。
審判の人の声が響いて、選手の二人が頭をさげた。その姿すら眩しくて、わたしは目を細める。青春、って、こういう事をいうのかなあ。なんだか、きらきらしてる。
白井くんがボールを握って、何度かバウンドさせる。そうして、それを真上に投げると・・・・・・ラケットを大きく振りかぶった。
いよいよ試合が、始まる。
:
吹き飛んだ、という表現が一番あっているのかもしれない。
それほどまでに、白井くんの試合は・・・一言では言い表せない凄さがあって、引き込まれてしまった。
あんな広いコートに一人で立って、目で追うのもやっとなぐらいの、あんな速いボールを・・・・。
息を呑むのも忘れる、
そんな時、不意に審判の声に現実に引き戻された。
どうやら一旦休憩して、またそれから再開するらしい。
みんな、しばらくは圧倒されて・・・・・会話がないままゆったりと時間が過ぎた。
そうして、おのおの感想を述べていた頃。それは唐突に起こった。
どこか聞き覚えのある声を聞いたような、そんな気がして、でも、確信は持てなくて。
だけど、それもすぐに、確信へと変わる。
「・・・・やなぎ、さん?」
ぽつり、と声が響いて、でも、しっかりと目があった。
間違いなく、柳さんの姿だ。それも二つ先のコートで、柳さんもラケットを握っている。
みんなの視線があつまるなか、わたしはただ呆然とそれを眺めた。(だってこんな偶然すぐには信じられそうにない、)
そんな中、誰よりも先に動いたのが・・・・・あの日、柳さんを閉め出したひと。その視線はまっすぐわたしに注がれている。
「やあ」
「・・・・・・・えっと」
「幸村、幸村精市」
「・・・・あ、みょうじなまえです」
「なまえちゃんか、かわいい名前だね」
「っありがとうございます・・・」
幸村さん、と名乗った彼はフェンスを隔てたすぐそこで、にこりと微笑んだ。わたしも、わからないなりにつられて自己紹介をし、ぺこりと頭をさげる。
どうして、だとか、たくさん考えたいことはあるのに・・・その奥から歩み寄る人影をみつけて、どくりと心臓が脈打つ。
「こんにちは」
「あ、こ、こんちには!えっと、あの、こんなところで会うなんて、偶然ですね!」
「そのようだな」
懐かしい声、懐かしい・・・・・控えめな笑顔。わたしはもう、泣きそうになっていたと思う。緊張で世界が揺れている。
「・・・戻るぞ」
「わかってるよ、あ、ねえ!いまから蓮二、試合するんだ」
柳さんにせかされるようにして立ち去る幸村さんは最後にみてあげてね、と、一言残した。
・・・・・・・柳さん、れんじって・・・なまえなんだ。当然だけど、名前を知らなかったショックやらなにやらまで重なって、いよいよ立ち尽くしてしまう。
わたしが我にかえったのは、みっちゃんに声をかけられてからだった。
・・・・くやしい、なあ。やっぱり柳さんはかっこよくて、わたしは・・・・・普通に話すことすらできない。ふつうの、お隣さんとして、接しなきゃいけないのに。
この場所から柳さんたちが使っているコートまでそう距離はない。少し首を傾ければ、まっすぐにコーナーに向かって直線を描くボールまでみえてしまう。
震える肩を包むみっちゃんの掌はあたたかく、じんわり心を落ち着かせてくれる。わたしはしばらくそれをじっと、みつめていた。
20130810
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