「・・・・俺に、遠慮していると聞いたんだが・・・本当、なのか」


 わたしと対面した真田くんは、閉口一番にそう言った。
大事な話だっていうのはわかるけど・・・・それよりも、わたしはなんだか真田くんと顔をあわせること自体が照れ臭くて、ついつい真っ直ぐ顔がみれない。

 そんなわたしをみて、真田くんはますます顔を険しくさせるからわたしは慌てて取り繕ってみせた。


「・・・・遠慮とかじゃない、よ?」
「ではなぜ拒むのだ」


 こうなってしまうと、もう逃げられない。お節介なふたりを心のなかで恨みながらも、わたしは考える。

 はっきりいった方がいいんだろうか。ここで黙っていたって真田くんは納得がいかないだろうけど、説明したところでどうおもうかもわからない。
やっぱり、わたしは臆病なままだ

 でも、もしわたしが真田くんの立場だったら・・・・・黙って距離をとられるのは、いやだ。そうおもうと、不思議と勇気がでた


「えっと・・・あのね、真田くんとわたしの"付き合う"っていう行為がちがったら、迷惑かけちゃうから、怖くて・・・ごめんなさい」


 ずいぶんと弱々しいこえがでて、自分でも驚いた。後半なんてずっと小さくなってしまい、さらに、目線はやはりそらしてしまった。
すう、と小さく深呼吸をして・・・おちついたところでそろそろと顔をあげると、真田くんはなんだか神妙な顔つきでわたしをじっとみている。
こころなしか、その瞳は揺れていた

 なんていわれるだろう。たった数秒の沈黙が随分とながいもののようにかんじる。
どうにも落ち着かなくって視線をあちこちにさ迷わせていると、きこえてきた凛とした声に思わず背筋がのびた



「・・・ならばこうしよう、一週間に一回、俺と帰ってくれないか」
「・・・・・いいの?」
「ああ、いいもなにも・・・俺が一緒にいたいのだ」


 そういった真田くんは真っ赤になっていて、わたしまでつられて顔に熱があつまるのがわかった。・・・・なんだか、あのときを思い出す。(わたしをす、す、・・・好いている、って言ってくれたあのとき。)

 そうして、しせんを振り払うようにいくぞ、といった真田くんはぎこちない動作でわたしの傍らにたち、あるきだした。わたしもあわててその隣に並んで足を踏み出す。
一緒にいたい、だって。うれしくて、思い出すたびにむねがくすぐったくなる。


「でも、テニス部の方はいいの?」
「構わん、部長である赤也に託したのでな」


 赤也、とよばれる男の子のなまえはよくきいたことがあった。というより、仁王くんや丸井くんとの会話のおかげでわたしはレギュラーのひとたちを一方的に知っている状態だ。・・・あのひ、勢揃いしたのはさすがにびっくりしたけれど。

 だけど、引退してるのにテニス部にかおをだすなんて、みんなテニスが、テニス部が大好きなんだなあ。
・・・そのなかの1日をわたしにあててくれるだけでも、すごくうれしい。



 そうして、わたしたちは会っていなかった分の溝を、今までお互いをしらなかった分を埋めるようにいろんなことをはなした。
特に、真田くんはわたしのことを知ろうとしてくれているらしく、様々な質問をしてくれる始末だ。

 こんなときに限って、本当に時間がたつのははやい。もうすぐそこにみえたマンションをすこし恨んでしまう。


「今日はありがとう」
「ううん、わたしの方こそ」
「その・・・楽しかった」


 真田くんとあえるのは・・・・少なくとも来週、かあ。おなじ階にいるのに、なかなか会えない、なんて・・・ついさっきまで距離を置いていたわたしが寂しがるのはおかしいだろうか。

 ・・・でも、



「あの、真田くん!」
「む、どうした」
「・・・・・えっと、もうすこし・・・・話していきませんか」


 思わず声をかけたものの・・・・当然真田くんは驚いていた。
・・・・声をかけたわたしだって驚いたんだもん、当然か。



「付き合っている身とはいえ、女子の家に入るなど・・・・!」
「す、すこしだけでいいから、」


 真田くんらしい返答にすこし安心しながらも、わたしは引き下がらなかった。
このまま別れたら、きっとわたしは後悔するだろうし・・・それなら断られて後悔した方がたぶん・・・まし、だ。

 じっとみていると、真田くんはわかりやすく息を呑んで・・・・それから。
・・・・・すこしだぞ、と、つぶやくようにいった。



「・・・・断られるとおもった」
「いや・・・今のは、その、嬉しかった」
「じゃあ、えっと、こっち」


 いつもはひとりでのぼる階段なのに、今日はちがう。わたしのうしろにつづく足音が、余計に胸を高鳴らせた。

 なにか話そうか悩んだものの、あたまが真っ白でなにもうかばないまま、気が付けば部屋のまえで。震える手はみないふりをして、かばんから鍵を取り出す。

 しんとした中、わたしはなんとかローファーをひきぬいて、ふりむく。真田くんは、玄関から動こうとはしない。



「・・・・・一人暮らしだと、聞いている」
「緊張する?」
「馬鹿者・・・・!ひ、引っ張るな、すこしといっただろう」


 すこし、っていったのは時間のはなしで、なにも家にあがる範囲のはなしじゃなかったんだけど・・・・
しかも、わたしがひとり暮らしだって知っていることに驚いたのはいうまでもない。脳裏にとある二人の顔がうかんで、妙に納得してしまう。・・・それとも、あの、データマンだと呼ばれているひとの仕業であるともいえるけれど。
とにかく、そういうところも真田くんらしくって、ついつい頬がゆるむ。


「あのね、真田くん」
「どうした」
「えっと、さっきは本当にごめんなさい」
「何故謝る」
「なんでって、」
「その件なら、俺とてきちんと理由を話してくれて嬉しかった」
「あと、それから、す、すき」



 再び熱があつまるのをかんじて、やっぱり最後まで真田くんのかおをみることはできなかった。
今日はこんなやりとりを何度もした気がするけど・・・これがいつか慣れる日がくる、なんて到底おもえない。

 なにも答えようとはしない真田くん。すこし言ってしまったのを後悔したころだった。真田くんがうごく気配がして、きがつけばわたしは胸のなかにいた。


「・・・・そういう事を不意に口にするな、」
「じゃ、じゃあ予告すればいいの?」
「それは屁理屈だ!」
「じゃあどうすれば、」


 いいの、
そういいかけたところで、ますます強く押し付けられて、なにもいえなくなってしまう。

いさぎよく真田くんの腰にそっと手をまわしてみるけど・・・・。
あらためて、わたしなんかとはちがう、"男のひとのからだ"にときめいてしまった。(よく中学生ばなれしていることをネタにされる真田くんだからこそ?)

 しかも、わたしはきちんと靴をぬいで家にあがっているのに・・・・真田くんの背には到底届かない事実に悔しいながらも余計にどきりとする始末で。



「真田くん、顔真っ赤だよ」
「・・・・こういうことは、慣れん・・・・!」
「かわいい」
「っ!!・・・・・む、むう・・・・」



たったそれだけなのに、本当にしあわせだなって、ふつふつとおもうのだ

20130501


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