どうも、山田二郎です。
俺は今、兄ちゃんと一緒に弟の青春を目の前で見せつけられています。
俺の斜め前にいるのが久遠夏帆ちゃん。
三朗の友達になるなんて言うルナティックに難しいクエストをこなしてみせた覇者です。
いやマジですげえ。
軽く馴れ初めを聞いてはみたけど、どう考えても三郎がただの不審者。
ほんとよくこの子友達になってくれたと感心してしまうレベルで三郎がただのヤバいやつ。
いやだって、たまたま偶然二人きりになった放課後に女の子の腕を掴んで?
そんでそのままほぼ無言でマックに引き摺り込んで??
今まで一言も喋ったことない野郎によく素直にマックに着いて来てくれたよ。
多分三郎には後でやんわり兄ちゃんから注意が入ると思う。
そんな夏帆ちゃんのパッと見の印象は、大人しそうな子。
しかしそんな見た目でも、あの三郎に"面白いやつ" と言わしめた実力を兼ね備えているのだから、侮れない。
というか、三郎。
アイツは何て言うか、言葉が足らなすぎると思うわけで。
今回の泊まりの件だって、あいつが言った夏帆ちゃんの情報は"普通"、"面白い"、"背が低い"、"ボドゲ好き"。
マジでいっこも性別がかすってなさ過ぎる。
どう頭捻ってもこの情報じゃあ普通に陽気で背が低いボドゲが好きな男だと思うっての。
つーか、あれだ。
なんてーか、あれだ。
──甘酸っぺ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
マジでレモンを啜ったあとに砂糖をじゃりじゃり呑み込んだレベルの甘酸っぱさと口の中を蹂躙する甘さ。
つまり口の中がカオスなことになるやつ。
え、なんなんだこれ。
え、一体なんなんだこれは。
三郎が拗ねて夏帆ちゃんが気を使い始めて兄ちゃんが三郎に怒ったとこまでは、まあ、夏帆ちゃんの存在を抜けば家じゃよくあることで。
そっから拗ねた三郎がぼそぼそ名前呼びに対しての文句を言い始めたのも、ちょっとこう、ん?とは思ったものの、まあ内容はともかくあるあるだ。
なんたってこいつは三郎、俺に対する負けん気の強さは山より高く海より深い。
いつもだったら、遠慮がちで引っ込み思案な三郎が自分の気持ちを兄ちゃんに伝えたとこで、兄ちゃんが「良く言えました」って褒めて終わるんだけど。
だけど今日はその場面にイレギュラーである夏帆ちゃんがいた訳で。
その夏帆ちゃんがまさかの「じゃあ名前で呼べば万事解決」と、爆弾発言をぶっ放した、わけで。
かんっっぜんに三郎を褒めるタイミングを逃した兄ちゃんと、こっちに火の粉が掛からないように空気になっていた俺は、二人して突然のこの甘酸っぱい空気に現在完全に沈黙を貫いているという状況だ。
いやというかな、マジで、え、俺どうすればいいんだこれ。
「三郎くん」
「……なに」
「そこは何じゃなくて名前でしょ?」
「……うん」
──バカップルかよぉ〜〜〜〜!
喉まででかかった言葉をグッと噛み締め、飲み下す。
でもすげえ突っ込みたい。マジで突っ込みたい。
なんだこの付き合いたてのカップルみたいな初々しいバカップル感。
いやというかこれはあれか俺が察しきれなかっただけでガチで付き合っているのか……?
ということは、これは俺は本気で三郎に抜かされ……?
──いーやまてまてまて落ち着け俺。
そうだったら三郎は確実に俺に自慢してくるか、もしくは完全に存在を隠蔽する。
そうだ、どっちにしろ間違ってもこうやって家につれてくることはない。
つまりこの子はガチでただの、三郎の友達。
てことは最近の友達ってたかが名前呼びだけでこんな甘酸っぱい空気放出すんのか。
それはそれですげーな。吃驚だわ。
「ぅ、夏帆ちゃ、」
「うんうん」
「……夏帆さ、さん」
「なんかどっちも距離感じるよね」
──この子マジで凄くね?
正直山田呼びからかなり距離縮めて来たと思うんだが、それでも足りないと申されるか。
ヤバい。パない。というか距離の詰め方が鮮やかすぎる。
いやそうだよ、そうなんだよ。
三郎は切っ掛けがないとこういうとき動けない奴なんだよ。
この時点で決まった呼び方をしつこい程固定する面倒くさいタイプなんだよ。
今この瞬間に夏帆ちゃんって呼び方が三郎の中で定着したら、今後夏帆ちゃんは恐らく何かしらのことがない限りずっと夏帆ちゃん呼びになるのだ。
んでもって、それはさん付けも同じく。
仮に今後名前呼びに移行しようとしても、それは三郎の頭の中での葛藤とか恥じらいとか、諸々全部説得して納得させた上で更新保存し直さなきゃいけないのだ。
つまりとんでもなく面倒くさい。
なんたってこの三郎、変化を好む癖に変化を嫌うめちゃくちゃ捻くれた奴なのだ。
なんてーかあれだ、頭良すぎて一周回ってバカなんだよな。
そして今、恐らく三郎の中での思考回路は"俺と兄ちゃんの方が夏帆ちゃんと仲が良いのがずるい"というようなやつで。
恐らく今こいつを奮い立たせている原動力は、"何がなんでも俺らよりも距離を縮め、尚且つそれを実感したい"という感じで。
つまり、"距離"っつーワードが今現在三郎の中では最重要なキーワードな訳だ。
後から考えたらそうでもなくても、今はそれが気になって仕方がない感じの。
それを、夏帆ちゃんお前、もしやわかっているのか。
最近の女子中学生やべーな。
洞察力ありすぎたろ。
「……じゃあ、ど、どうするんだよ」
──ほら〜〜釣れたぁ〜〜!
思わずにやけそうになる顔を必死に押さえて、白米を口に書き込んだ。
俺は今なに一つとして言葉を発してはいけない。
んなことしたら、間違いなく三郎が喋らなくなる。
何かってに聞いてるんだって俺に対して理不尽な怒りを向けてくるに決まってる。
いやもう正直な、こんな甘酸っぱい青春漫画みたいなことを俺たちの前でやらかしてる時点で大分恥ずかしいんだけどな。
三郎、お前は多分気づいていないが俺たちは今後一生今日この日の出来事を語り継いでいくしなんならからかうと思う。
兄ちゃんたちはそれくらい本気だ、覚悟しとけ。
「え? んーと、だから……名前呼び、とか?」
「……!」
──うお〜〜思いの外あざといのが来た〜〜!
え、まって、待て待て待て、あざといな。
驚きのあざとさ。
そうくるとは思ってなかった。
やるな〜〜夏帆ちゃんやるな〜〜。
いやでも、マジで?
いや確かにちゃん付けさん付けで距離遠いんだったらそれしかないけど。
えっまじで???
今ここで名前呼びを強行????
ま??ま???
三郎お前呼べる???
「……、…っ、……!」
──だっよな〜〜。
視界の中に顔を真っ赤にさせて口をパクパク動かす三郎が見えて、そっと視線を逸らしてやった。
そうだよ、お前はそういうやつだよ。
童貞くせーっつか、今のお前すっげーツンデレヒロインの顔してるよ。
お兄ちゃんは今とても安心しました。
いやてか、思い返さなくとも三郎ってわりとツンデレヒロインっぽいんだよな。
思ってもないこと口にして落ち込んで、そのあとでこっそり素直じゃない謝り方するとことか。
この気を許した相手からの押しにかなり弱いとことか。
わかってる、現実逃避。知ってる。
ダメだわ、ヤベーわ。
なんかもうラノベ読んでる気分になってきた。
隣のいち兄なんて、ほらもうなんか完全に"無"って感じ。
これは絶対弟の青春の一ページに介入はしないけど脳みそに余すとこなくこの光景は焼き付けてる真っ最中って感じだよ。
間違いなく網膜に焼き付けてる感じだよ。
てかすげーよ兄ちゃん、真正面からガン見かよ。
完全に静止しすぎてる。
息してる?息忘れてない??
兄ちゃんのこと大好きだけど兄ちゃんの死因が酸欠とか俺流石に嫌だよ。
「ぁ、う、えと、」
「うん」
「……、えっと、」
「うん」
──三郎〜〜〜〜。
お前そこはもうちょっと頑張れ〜〜。
そこで黙ったまんまじゃなにも進まねーだろ。
いや何を進めんだって話なんだけど。
むしろ進めんなって話なんだけど。
すっかり食べ尽くし底の見える茶碗を正直お代わりしたくてたまらない。
グラタンも食べ終わってしまっているから、あとは白米にふりかけでもかけて胃袋を余すことなく満たしたいのに。
しかし、今動いてしまったが最後、この突発青春劇場がどんな流れになってしまうかがわからない。
なので賢い俺は、茶でひとまず腹を誤魔化すことにした。
あーーご飯かっこみてぇ〜〜〜。
マジ俺気の遣えるイイ兄ちゃん。
「…、……、……」
三郎の口が変な動きをしている。
恐らく今あいつの中では大変小難しい言葉で脳内会議が繰り広げられてるんだろう。
まあ、それを要約すると"名前で呼んじゃう?呼ぶの有り?"って感じなんだと思うけど。
そこは男なんだから、勇気出せよ。
「ぁ、ぅ、……っ」
三郎の横で夏帆ちゃんは、なんてかこう、もの凄く期待に満ちた目で三郎のことを伺っている。
いやマジで猛者だと思う。強い。
俺の中でのあだ名は猛者で決定。
全俺一致団結異論無し。
「───、夏帆、」
──イッタアアアアアアアアアアアア!!!!
さっきまでの思考そっちのけで飛び出る全俺からの脳内歓声のこの嵐。
流石俺、切り替え早い。
いやでもお前マジか三郎!
やればできんじゃねーか三郎!
俺はもうなんか頭が勝手に実況始めてるよ!
歴史的瞬間!
三郎選手ッついにシュートを放ったっっ!
さあどうなる?どうするんだ夏帆ちゃん!
「──うん。えへ、いやなんか、んっふふっ、照れるね」
──ゴォォォォォォォーーーーーッッル!!!!!!!
やったな三郎!サヨナラ満塁優勝決定ホームランッッ!
いやあーー混ざってるな!でもな!やったな!!!!!
よくやった三郎!俺がこんなこと言ったら絶対お前怒るけどな!!知ってる!!!!
でもよくやった!!!!そしてこの空気はどうなんの!!!?
「……学校では、呼ぶなよ」
「うんうん、わかってるよー」
──試合続行だぁぁぁぁ!!マジかよ!!!お代わりのタイミングがッ!!!
いやてか三郎お前マジか使い分けを希望すんのか。
え?どこで使い分けんの?家と学校?学校外と学校??
え??なんだその無駄な隠蔽。
それ万が一バレた方が恥ずかしくね??
てか絶対お前学校じゃ夏帆ちゃんと会話らしい会話してねーだろ。
俺わかってっからな。
兄ちゃん舐めんな。
はあ、てかなんだ、いつまで続くんだ。
なんかもうこの甘酸っぱい雰囲気に気圧されすぎて痒くなってきた。
あ゛〜〜今すぐ風呂に入ってさっぱりしたい。
横のいち兄なんてこれきっと謎の感動に包まれてるよ。
めちゃくちゃ震えてるし。唇やべえ噛み締めてるし。
後でワセリンだしとこ。
このきゃっきゃうふふのクソ甘酸っぱい空間。
しかし弟が生誕から14年かけてやっと手に入れた友情──本当にこれが友情なのかはめちゃくちゃ疑問だらけだけど、まあ、そんな感じなもので。
俺と違って気分屋の引っ込み思案で更に人見知りという業を背負ったこいつが、やっとこさ手に入れたお友達というやつで。
まあ、俺はよく出来た兄ちゃんなわけだから、この甘ったるい空気も我慢してやろうと、寛大な心で受け入れてやっていると、いうことで。
こいつらが食べ終わって部屋に行ったら、取り合えずご飯をお代わりするのはもう確定。
んでもって俺は兄ちゃんと今晩のことを詰め直ししなきゃいけないから。
だから早く、お前らはとっとともう、食い終われ!
──とは言えないから、まあ、見守るだけなんだけどな!
俺ってほんと、イイ兄ちゃん。