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Category:蒼国マスカレイド


*フェルゼンとトーマ
*約3年前


 王宮の御飾り人形――それは、近衛兵を皮肉ったものである。

 王族の身辺警護する華々しい近衛兵を採用するにあたり求める条件は、秀でた運動能力・頭脳明晰・優れた人格・高貴な家柄、それから容姿端麗で若年であること。
 たとえ文武両道の貴族であっても、見た目が整っていなかったり年齢制限に引っ掛かった場合、騎士になれても近衛兵になることはできない。整った容姿であることを最重視されることから、王宮の御飾り人形と揶揄される所以である。
 厳しい採用基準を全て満たした近衛兵は、主たる王族の傍らに仕えることを許され、華麗な見た目から目立つ存在である上に、若くして特進する者もかなり多い。それらのことからやっかみの対象となり、騎士兵士達と近衛兵は昔から仲が悪かった。
 青二才のくせにお高くとまってる――と騎士が近衛兵を貶せば、剣を振り回すしか能がない集団だ――と近衛兵も騎士を貶す。毎日どこかで大小の小競り合いが起きているという具合で、王宮日常風景の一部である有様だった。


「おい見たか、新人の近衛兵」
 浮足立った王国兵は相方に言った。
 平常時受け持つ衛兵任務は、広大な王宮敷地内にある兵舎の警備。門前にて二人体制で立哨し、時間が経てば交代する。ただ立っているだけの毎日は退屈で仕方がなかった。
 女・酒・賭博しか楽しみがない人生。しかし、どれだけ女好きであっても、女っ気のない軍生活をしているうちに、その矛先は反抗できない新人や綺麗な顔をした男に向いてしまう。よくある話だ。持て余した衛兵たちは、兵舎を出入りする兵士たちを品定めしては、詰所に連れ込み事に及んだ。新人は男に辱められたなんて訴える事も出来ず、一度も表立たなかった。
「ああ、あの金髪だろ。すげえ美人だな。……ヤるか?」
 フェルゼンの事である、と直ぐに察した男は話に乗った。
 近衛兵は選び抜かれただけあって、眉目秀麗・美人揃いではあったが、なにせ気が強く自尊心が高い。主人への忠誠心は厚いが、それ以外の者には見下す傾向があり、採用条件に“優れた人格”とあるのは形だけで、性格に少々難があった。よって近衛兵に手を出そうとは今迄思わなかったが、最近入ってきた近衛兵はなんとしてでも味見がしたい程の美形。


 王国兵達はフェルゼンを待ち伏せた。
 一人になるのを待ち、いつも通りの手口で詰所まで強引に連れ込み――返り討ちにあった。フェルゼンによって後ろ手に捩じりあげられ右腕を一本折られた所で、漸く騒ぎを聞きつけてきた者によって、王国兵たちは助けられた。仲裁に入ったのは、騎士であるトーマだった。
 トーマは王国兵と近衛兵の間に入り、この場を収めるよう宥めた。
 宥められたフェルゼンは反撃に出ただけであり至って冷静だったので、捻じ伏せていた力を緩め王国兵を解放する。
 王国兵はだらりと下がった腕を押さえ、我先にと競いながら逃げ出した。
「可愛い顔して、随分おっかない奴。手加減くらいしたら如何だ」
 フェルゼンより三つ年上であるトーマは、軽い口調で言った。
 トーマは軍人でありながらも優男風、宮廷貴婦人や侍女・女官たちにも優しく接し愛想も良く、様々な女性との浮いた噂を直ぐに流してしまうような男で、女性嫌いのフェルゼンとは真逆の性格をした男。よく剣術の稽古を怠けることで有名、軟派で不真面目な男だというレッテルを貼られていた。それでいて王国騎士になれたのはトーマの実力ではあるが、兎に角あまりいい噂はない。
「優等生であるべき近衛兵が傷害事件とは感心できないな」
 トーマは人当たりの良さそうな微笑を浮かべつつも、意地悪な口調で言った。
 先程の王国兵たちは、恐らく今回の出来事を上に報告をしないであろう。しようものなら、自分たちの今迄の素行も発覚してしまい、余罪を追及されるに違いない。厄介な事態になる事は、あの王国兵たちも望まず避ける筈。面倒なのは目の前の飄々とした男の方だった。
「王女殿下には黙っててやるから、今夜は付き合え」
 トーマは軽い足取りで城門へ向かう。それとは対照的な重い足取りで、フェルゼンも向かった。
 堅く閉じられた城門の前には、立哨兵が立っていた。下兵の身分では自由に城内外の出入りは出来ないようになっているにも関わらず、トーマは門番と何やら話を付け、その手に硬貨を数枚握らせる。堂々と城門から出ることに成功した。
 よく王城を抜け出しては街で遊んでいるというトーマの噂は本当らしく、迷わずに歩き行きつけの酒場へと入った。貴族を相手に商売しているような品のいい店ではなく、平民が集まる大衆酒場だった。
 トーマはカウンターの席に腰を下ろし、慣れた口調で注文をした。勢いよく置かれた陶器から泡があふれ出る。
 一口飲んで、フェルゼンは咽た。未だ成人前であるフェルゼンの前に当然かの振る舞いで置かれたのは、大麦を原料とした醸造酒である麦酒だった。
「……っこれ酒じゃないか。私は酒を飲めないんだ」
「此処は酒場なんだから、当たり前じゃないか。面倒くさい奴だな……葡萄酒ならイケるだろう」
「そうでなくて。私は十六だから未だ酒は――」
 トーマは一口しか呑まれなかった陶器を自分の前に引き寄せ、酒場の女将に葡萄酒を頼む。フェルゼンの言葉に耳を貸さず、トーマはまるで水を飲むかのように麦酒で満たされていた陶器を二つ空けた。
「酒の場で堅いことを言うのは野暮だよ、色男。これは奢りだから食べな」
 女将は言った。木の実や乾燥果実のようなものが入った木の皿と、葡萄酒で満たされた陶器をフェルゼンの前に置く。呆れかえったフェルゼンは、言い返すことを諦めた。
「相変わらず、男女問わず随分モテること」
 軽い口調で皮肉を言い囃し立てたが、トーマの声には羨望は籠っていない。
 フェルゼンは飛び入学・飛び級だった為、二人の年齢は違えど同じ王立高等士官学校に在籍していたので、互いの面識は以前から充分すぎるほどあった。
「気がない奴から言い寄られても迷惑なだけだ」
「またあの手を使うか?」
 フェルゼンは一気に葡萄酒を飲み干す。女将は間髪入れず空いた陶器へ酒を注いだ。
 日が暮れ暗闇が広がる窓の外は雪がちらつき始めている。冬季、夜の天候は荒れやすい。直ぐに雪は降り積り、吹雪になるだろう。木造の建物内に時折冷たい隙間風が吹き込んできた。


 フェルゼンとトーマが付き合っている――程無くしてそんな噂が流れ始めた。
 品行方正な近衛兵と、素行不良の騎士。誰から見ても真逆の二人は、性格不一致で合わないように見えた。実際に睦まじく戯れあうというよりも、ちょっかいを出し揶揄うトーマと、それを淡々とあしらうフェルゼンの姿がよく目撃された。本人たちに噂の真相を聞こうにも、フェルゼンは否定せず、肯定もしない。トーマもまた、のらりくらりとした受け答えで要領を得ない。
 皮肉にもその噂のお陰で士官学校在籍期間同様、フェルゼンは男から言い寄られることがなくなった。
 噂はそれから三年程の間、囁かれ続けた。


欺瞞芝居をもう一度

(ブログより再録)


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