第二試験開始から10分後、フタバは川辺を歩いていた。できれば木ノ葉の下忍達の力になりたいが一緒に行動することで足手まといにはなりたくない。忍術を使えない自分が生き残るにはどうすればよいのか。
そうだ、他の国の忍と行動を共にし、逆にこっちが利用してやろう。もしナルト達木ノ葉の忍がピンチの時には助けに入れるように。
フタバの中に浮かんだ作戦はあくまでも木ノ葉贔屓のものだった。友人達全員がこの試験を合格する、誰も死なせはしない。それがフタバの決意。
そんな中フタバは自分の後ろをつけてくる人物がいることに気付いた。しかし不思議と嫌な気配はしない。
「フタバ」
「…シカマル」
草陰から出てきたのはシカマルら十班だった。
いのとチョウジはやけに周りを気にしている。いつどこで襲われるかわからない今、過敏になるのも仕方がない。
「…試験、受けられたんだな」
「うん、思いもよらなかったよ」
気まずそうに言うシカマルを、フタバは真正面から見る。
「お前1人じゃ危ねぇ。俺たちと一緒に行動しろ」
「え、嫌だよ」
「は!?お前まだ昨日ダセェって言ったこと怒ってんのか?今はそんな場合じゃねぇだろ!」
「そうじゃなくてね。私いつまでもシカマル達に頼っていられない。私だって皆の力になりたいよ」
「だったら尚更だ。お前がいれば俺たちだってチャクラを気にせずに行動できる。十分力になるだろ」
「この試験では皆私を狙ってる。アンコさんも利用しろって言ってたから。そうなるとシカマル達に迷惑かけちゃうでしょ?そんなの嫌だよ。私決めてるんだ、他の国のチームをみつけてその人たちと行動するの。私が利用してやるんだから」
いつものように控え目ではなく、はっきりと言い切るフタバにシカマルは驚きを隠せなかった。
目の前にいるこいつは、昔自分の後ろで怯えていた少女ではない。まぎれもない木ノ葉の忍なのだ。
「…大丈夫なのか?」
「もちろん!私を信じて」
「…わかった、絶対に合格しろ。怪我はすんなよ。おいチョウジ、いの行くぞ」
「あ、待って!」
フタバは立ち去ろうとするシカマルに後ろから抱きついた。突然の出来事にいのとチョウジが頬を赤らめ目を見開いたまま2人を見る。当のシカマルは突然の背中の温もりに硬直するしかない。
「…特に消耗はしてないだろうから、これは完全な自己満足。でも私のチャクラを少しでも身体に入れた状態でこの試験に臨んでほしいって思ったの。だからあとちょっとだけこのままでいさせて」
「お、おお、おう」
フタバはシカマルの言葉を聞くと更に力を込めて彼を抱きしめる。身体全体を使っているからほんの少しの時間で十分すぎる量のチャクラがシカマルに移るが、フタバはわざと長い時間彼を離さないでいた。シカマルは心地よいぬくもりとフタバの肌の感触を背中で受け止めながら、火照る顔に気付かれないようにと精一杯だった。
「…シカマル、ありがとう。昨日シカマルにダセェって言われてなかったら私今頃ここにいないよ。あの言葉のお陰で諦められなくなったんだから」
「れ、礼を言うのは早ぇだろ。合格してからにしろ」
フタバはその言葉に微笑んだ。彼の優しさにはいつも救われている。彼が"友人"でよかったと心から思った。
(私にとって彼は本当にただの友人なの…?)
頭の端のほうでうっすらと考える自分に気付かないふりをしたまましばらく抱きついていると、ジーッと見つめてくる視線にようやく気付いた。いのとチョウジは今も赤い顔のままいる。フタバはハッとして、慌ててシカマルから離れた。
「あ、あの!次はいの!そしてチョウジ!ふ、2人にも私のチャクラ受け取ってほしいから!」
あたふたと2人の元へ行き、ぎゅーーっと言いながらフタバはいのを抱きしめた。
「(…フタバ、あんたどうしたのよ)」
コッソリとフタバだけに聞こえる声でいのが話しかけてきた。フタバも抱きついたままそれに小声で応える。
「(な、なにが?)」
「(なにってシカマルよー。あんたシカマルのこと好きなの?)」
「(え!?そ、そんなんじゃない!…はず)」
自信なさげに言うフタバを見て、いのがフフンと鼻で笑った。
「ま、サスケ君じゃないならなんでもいいわ!とにかく頑張るのよ、試験もソッチの方もね」
語尾にハートマークがつきそうな声でウインクをしながら言ういのは、フタバを力強く抱きしめ返した。
「チョウジ、あんたは手を握られるだけで十分でしょ。わざわざフタバに抱きしめられなくってもね」
「え、あ、ああ、うん!いのの言う通りボクはいいよ!フタバ、はい。頑張れ頑張ろうの握手ー!」
チョウジはそう言い両手をフタバに差し出すと、フタバは照れたようにその手を包み込んだ。
「へへ、いきなり抱きつかれたくないよね。ありがとうチョウジ!頑張ろうね!」
「(シカマルに後でどつかれたくないだけだよ)フタバ、絶対に怪我はしないでね。5日間ご飯はしっかり食べるんだよ!」
「うん、チョウジこそね!…それじゃあシカマル、いの、チョウジ!5日後に笑顔で会おうね」
フタバと十班の3人は手を振りあい、別々の方角に歩みだした。
フタバはさっきまでの殺伐とした気持ちがいつのまにか消えていることに気づき、フフッと1人微笑んだ。そんなフタバを見つめる新たな影が3つ近付いてきていることを彼女はまだ知らない。
* * *
十班と別れてから15分後、塔に向かうフタバは未だ誰とも会わず、段々と不安になっていた。自分の知らないところで仲間が怪我しているのではないだろうか、自分だけがこんなに何事もなくていいのだろうか。そんなことを考えていると、不意に名前を呼ばれた。
「フタバ」
「っ!…あ、我愛、羅?」
「覚えていたのか」
振り向くと、先日会った3人組が立っている。やはり何事もないわけにはいかない。
気配には全く気付かなかったが、フタバは本能で彼等の強さを感じ取っていた。
「フタバ、お前は回復と吸収を使うって試験官が言っていたがそれってどういうことだ?」
先日ぶつかった相手である黒子姿の男が単刀直入に尋ねてきた。フタバはわずかな恐怖を抱いたが、作戦通り彼等と行動を共にしようと心に決めた。そのためには正直に力について話す必要がある。
「…私は触れた相手のチャクラを回復、吸収できるんです。例えばこんな風に」
「っ!」
フタバは黒子姿の男の右腕にそっと触れると、回復の力を使った。フタバの手から発している包み込むような光とふわふわと温まっていく自分の右腕を見て彼は驚きの表情を浮かべた。確かにほんの少しチャクラが回復した気がする。
「…きっと私がいればお役に立てることもあると思います。私は絶対に合格したいんです。よろしければ一緒に行動させてくれませんか?」
吸収ではなくあえて回復の力を使ってみせたフタバに、その男はじんわりと恐怖を覚えた。チャクラが尽きること、それはほぼ死を意味する。こいつが吸収を使えば、どんな敵でも一瞬で終わりだ。今だって自分を殺すこともできたはず。それでも信用させるために回復の力を見せたのだ。本気で俺たちと行動を共にするためにーー。
「…俺はカンクロウ。こっちはテマリ。我愛羅、こいつの言ってることは確かだ。役に立つし俺は一緒に行ってもいいとおもう。どうする」
「…俺は構わない。だがそいつが殺され俺たちが失格になっては困る。フタバ、俺の隣から離れるな」
そう言われたフタバは少しムッとした。カンクロウやテマリ、我愛羅は殺される心配はないが、フタバはそうではないとはっきりと言われたようなものだ。しかし心配無用だとも言い切れないフタバは自分の気持ちを抑え込み我愛羅の隣へ行った。
「ありがとう我愛羅。私は私でしっかり頑張るから」
「当然だ。役に立たないと思ったらすぐにお前を殺す。その力で他の奴らに協力されても面倒だからな」
「え、それは嫌!殺さないでよ。私合格しなくちゃいけないんだ。絶対役に立つからさ!信じて、ね?」
「……」
自分の殺すという言葉になんの躊躇いもなく嫌だと答えたフタバに我愛羅は少し驚いた。こういう時はただ恐怖に怯えるか、自分から離れていくかだけだと思っていたからだ。
信じてーー。
そう言って笑うフタバを見て我愛羅は謎が深まるばかりだった。
「改めまして、我愛羅、カンクロウさん、テマリさん!塔につくまでよろしくお願いします!」
「あんたそそっかしいみたいだけど大丈夫なのか?」
「へへへ、テマリさん。ここは女同士仲良くしましょう」
「な、仲良くって…遊びじゃないんだよ!」
そう言いつつもほんの少しだけ照れているテマリをみて、フタバはこの人たちは実は良い人なのかもしれないとうれしく思った。
こんな時まで楽しそうなフタバ。我愛羅はそんな彼女を見つめ、自分の頭がズキンと痛むのを感じた。