▽10

火影はフタバの母親から手紙を受け取ると、静かにそれを読み始めた。

「まさか…そんなことが…」

長い沈黙の後、驚嘆の顔で火影はそう呟き短いため息をついた。
フタバはその様子をただ眺め、隣でうつむく母の着物の裾を握っている。

「…母君、これをワシに見せたということは」
「はい、フタバにも全てを伝える覚悟ができました。火影様、今まで黙っていてすみません」
「いや、子を想う親の気持ちはよくわかる。…フタバ、この手紙を君も読みなさい」

フタバは差し出された手紙を直ぐには受け取れなかった。自分は全てを知る必要がある、覚悟もできたはずだった。しかしやはり知ってしまうことで母親とのなにかが壊れるような気がして少し怖い。でも、これは自分で読まなければならないのだ。フタバは言うことをきかない身体を無理矢理動かし、火影に歩み寄った。
受け取った手紙には丁寧な字で長い文章がしたためられている。

フタバはその文字一つ一つを時間をかけて読んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

心優しいお方、この手紙を読んでくださりありがとうございます。突然逃げるようなことをしてしまい申し訳ございません。
私はもうこの子のそばに居てあげることができなくなってしまいました。
私はアビスマ一族の人間です。そのアビスマには極々稀に"底なし"のチャクラを持ちそのチャクラを他者に"転移"させられる子が産まれます。それは何代かに1人あらわれる血継限界。強大すぎる力のため一族からも忌み嫌われる呪われた子。この子がそうでした。数十年ぶりに"底なし"と"転移"を持って生まれてしまったのです。左腰にある鯉の形をした痣がその証です。血継限界を持つ子には必ずその痣が発現します。
それを見つけた一族の者はこの子を恐れ殺そうとしました。
しかし、親である私と夫だけはどうしてもそれができなかった。この子を連れて一族から逃げたのです。
そんな中、家を失った私たちに親切に声をかけてくれた人がいました。私たちはありがたくついていった。それが間違いでした。
彼の名は大蛇丸。
彼の狙いは私たちアビスマ一族を研究すること。特に"底なし"の血継限界があらわれたこの子は彼の実験台にされ続けたのです。
私と夫は抗うこともできず身も心もボロボロになった時、大蛇丸によってアビスマ一族が滅ぼされてしまったことを知りました。
私たちが一族から逃げた直後、この子の存在を知った大蛇丸が入れ違いで奇襲をかけていたのです。私たちは何もかも失いました。自暴自棄になった夫は敵うはずもないのに大蛇丸に立ち向かいました。その時、家族3人全員が死んだようにみせかけ、夫は1人笑顔でこの世を去りました。
夫は死の間際、取り返したこの子を私に託し、大蛇丸から逃がしてくれていたのです。
大蛇丸はこの子の"底なし"のチャクラと"転移"を利用してチャクラの"吸収"までも行えるようにならないかという実験を繰り返していました。それは実際に成功したようですが、大蛇丸によると実験の弊害もでてしまったみたいです。その弊害が何かはわかりません。でもこの子が生きていればそれでいいのです。
この子を受け取ってくださった心優しいお方、この全ての真実を知った上でこの子を育てると決意してくださるお方、私の最後のわがままです。
どうか、どうかこの全ての真実は誰にも話さずあなたの心の中だけに留めておいてください。この子はよく笑う子です。健やかに楽しい、自由な人生を歩ませてあげてください。
持って生まれた血継限界などに左右されない人生を。
私の命は大蛇丸の実験の影響でもう長くはありません。この手紙を読んでくださっているあなたを信じてこの子を託します。
この子の名前はアビスマフタバ。
一族は呪われた子と呼びましたが、私と夫は心からこの世に生まれたフタバを祝福しておりました。
どうか、フタバの人生が笑顔で溢れるものとなりますように。

アビスマカザネ


ーーーーーーーーーーーーーーーー


最後に書かれている名は、自分の知っている母親の名前ではない。今フタバの隣にいる母の名は柊マキナだ。
しかし確かに自分の左腰には鯉の形をした痣がある。そんなことは誰も知らないはずだ。

意味が、わからない。

フタバは隣にいる母親を見る。もう彼女はうつむいてはおらず、しっかりとフタバの目を見つめていた。

「お母さん…私はお母さんの子供じゃないの…?」
「…フタバ、確かに私とあなたは血が繋がっていない。手紙にある通りよ。あなたはアビスマの生き残り」

マキナはぽつりぽつりと語り始めた。

「…私と夫は木ノ葉でうまれ木ノ葉で出会いました。私たちは旅をするのが好きで、あの時も上忍である夫の任務を調整し一年間の旅に出ておりました。その道中、フタバ、あなたの本当の母親、カザネさんと出会ったの。そう、あれは雲ひとつないよく晴れた日でした」


* * *


『…もし、そこのお二人。あなた方はご夫婦ですか?』
『え、ええ。そうですが』

人気のない森の中を私達が歩いていると、突然女性が話しかけてきたのです。その腕にはこちらを見てキャッキャッと声を上げて笑うかわいらしい赤ん坊が抱かれておりました。

『よろしければこの子を抱いてあげてくれませんか?お二人を気に入ってしまったようで』
『あら、いいんですか?私たち子供が大好きなんですがなかなか子宝に恵まれず…』

そう答えると母親はニコッと微笑み赤ん坊を優しく受け渡してきました。私がその赤ん坊を抱きしめると、小さな手を伸ばし頬に触れてきたのです。私の後に夫が赤ん坊を抱くと、今度はスヤスヤと寝息を立てて眠り始めました。

『とても可愛らしい子ですね。女の子ですか?』
『ええ、そうです。…もうお二人の子供かのように安心していますね。図々しいお願いですが、少し用を済ませてしまいたいのでその子を見ていただいててもいいでしょうか?』

私たちはただのんびり散歩をしていただけ。急ぐ用もなかったのでそれを承諾しました。夫の腕に抱かれているその子が本当に愛おしく感じてしまったからというのもあります。
母親はすぐ戻りますからと言って去って行きました。

しかし、待てども待てども母親は戻ってはきませんでした。
おかしいと思い始めた私たちは赤ん坊のおくるみの中に手紙が入れられているのに気付いたのです。
私たちはこれを読まなければならないと直感しました。

* * *

「…その手紙がさっきあなたが読んだもの。そしてその時の赤ん坊があなたなの」

マキナはフタバの肩に手を置き、絞り出すような声でそう伝えた。

「手紙を読み終えた私たちは迷うことなくあなたを娘にすることにしたわ。夫は優秀な上忍だったし、私も一応中忍。あなたを守ることができると思ったの。しばらくして木ノ葉に戻った私たちは旅の途中であなたを生んだことにして、誰にも真実を話さずに過ごしてきた」

今思えばせめて火影様には伝えとくべきだったわ。とマキナが言う。
これが、フタバの真実。火影室にいる全員が何も言葉を発せないままでいた。

「カザネさんは実験の影響で自分の命が長くないことを察し、あなたを託せる人間をあの場所で探していたんだと思うわ。
フタバ…本当にごめんなさい。でもこれだけは言える。あの日あなたに会えて良かった。私も夫も、本当にあなたを愛している。あなたは私たちの大切な娘なのよ」

フタバは静かに涙を流していた。拳は固く握られ、身体は微かに震えている。

「…たし」
「フタバ…?」
「私、なにもわからないよ」

そう呟いたフタバは急に走り出し火影室から出て行った。
マキナはその場で泣き崩れ、動けなくなってしまった。
紅は急いでフタバを追いかけようとしたが、それをカカシが遮る。

「カカシ!?何故…」
「…今は1人にしてやろう」

そう言ったカカシも辛そうな顔をしていた。本当は自分もフタバの後を追いかけたいのだ。

「…確かに今は1人のほうがよかろう。じゃがやはり心配じゃ。アスマ、フタバに見つからぬようあやつの後をつけなさい」
「…わかりました」

アスマはフタバの初任務の際の担当上忍であり、吸収の力を初めて見た男だ。火影はそういった点も考慮してアスマにその役を託したのだろう。
彼は瞬身で火影室から出ていった。

残された紅とカカシは床に伏しているマキナに肩を貸し、彼女を椅子に座らせた。
泣き続けている彼女は悲痛な表情を浮かべている。

「…フタバは私のことを憎んでしまったでしょうか。あの子が忍者になると言った時も、忍術が使えないと悩んでいた時も、回復と吸収が使えるようになったと喜んでいた時も、何も真実を話さなかった私のことを。…私は気付いていたんです。手紙に書かれている実験の弊害とは、忍術を使えなくなってしまったことだということに」


そう話すマキナの背をさすりながら、紅が答えた。


「…お母さん。あの子は、フタバはそんな子ではありません。今は混乱してしまっているだけ。あなたが悩んでいたということもきっと理解してくれますよ」
「そうでしょうか…」
「ええ、あの子は本当に優しい子ですから。あなたとご主人の育て方が良かったのでしょうね」
「…ありがとうございます」

泣いていたマキナがようやく笑顔をみせた。紅もカカシもそれにつられるように笑顔になる。


火影は窓から木ノ葉の里とよく晴れた空を交互に見やり、吸っていたキセルの煙をフーッと吐き出した。


prev/next


top