▽15

ナルトが病院に運ばれて数日後、修行を終えたフタバはまた彼のお見舞いに向かっていた。
あれから毎日様子を見に行っている。いよいよ明日が本選だというのにナルトは目を覚まさない。

「(お花かなにかもっていこうかな)」

そう思い立ったフタバはいのの実家であるやまなか花屋に寄ることにした。


「こんにちはー!」
「いらっしゃい…て、フタバじゃない。どうしたの?」
「ナルトのお見舞いに行こうと思ってね。そういういのこそどうしたの?そのフルーツ」
「チョウジが焼肉食べ過ぎて入院してるのよー全くバカよねぇあいつ。それで私も今からお見舞い行くとこ。よかったら一緒にどう?」
「えー!アスマ先生そんなこと教えてくれなかった!チョウジ大丈夫なの?いのさえよければ一緒に行こう」
「あんたに教えたら無駄に心配するからでしょうね。大丈夫よーお腹壊しただけ。それじゃ行きましょうか」

フタバはいのにちょっと待って、と声をかけガーベラを三本購入した。
淡い色合いでとても綺麗だ。

「なんで三本?」
「チョウジとナルト、そしてリーさんのぶん!まずはいのと一緒にチョウジのとこに顔だそうかな」


フタバは嬉しそうにガーベラをみた。ガーベラの花言葉は以前図鑑で調べて知っていた。今の彼らにぴったりな言葉。「希望」そして「常に前進」だ。


* * *

「この前サクラとサスケくんのお見舞いに来た時にリーさんのこと見たけど、だいぶ良くないみたいよー。それでも修行してたけどね」
「…すごいねリーさんは。そんなに頑張れる人だもん、きっと元気になれるよ」

フタバといのは病院に着きチョウジの病室に行く道すがらリーの話をした。リーが忍を諦めなければならないほどの怪我だと知っているにも関わらず決して互いにそれを口には出さなかった。
彼の前向きな姿勢を自分たちだけでも認めていたかった。きっと彼は良くなる。そうでなければあまりにも酷だ。


「あ、フタバここよー。チョウジの病室」


いのはそういうと病室の扉を数回ノックし中へ入り、その後ろからフタバも続いた。

「チョウジー良くなったー?」
「あ!いの!フタバ!」

そこには思っていたよりも元気そうなチョウジの姿があった。随分退屈していたようで2人を見たチョウジは満面の笑みを浮かべている。そしていのの持ってきたフルーツの盛り合わせを見つけると飛びかからんばかりの勢いで「はやく皮を剥いて食べよう!」と催促した。

「なによー心配いらなかったじゃない。フタバも食べるでしょ?私カットするわよー」
「ふふ、私はチョウジの元気な顔を見られただけで充分だよ。これから他の人のお見舞いにも行くしそれは2人で食べて。あ、チョウジこれ、私からはお花だよ」


フタバは持ってきたガーベラを一本花瓶に刺し「お大事にね」とチョウジに言った。彼はそれにニコリと微笑んだが、すぐにあ!と叫びフタバの手を掴んだ。


「そういえばさっきシカマルが来たんだ!ナルトのところに行ったみたい。最近フタバが修行で忙しくてなかなか会ってないって話してたからよかったら顔見せてあげてよ」
「シカマルがそんなこと言ってたの?あはは、珍しいなあ。丁度ナルトのところにも行くつもりだから今から会ってくるね。ありがとうチョウジ。それじゃあまた来るね。いのもここまでありがとう!」

フタバは2人に手を振り病室から出て行った。
2人だけになった病室で、チョウジは相変わらずフルーツの盛り合わせを見つめている。
いのはその山の中からリンゴを選び丁寧にカットしていく。

「…あんたたまには気の利くこと言うじゃない」
「シカマルのこと?ボクだってバカじゃないんだ。友達には幸せになってほしいよ」
「あんたはバカじゃなかったとしても、当の本人が自分の気持ちにはっきり気付けてないみたいなんだけどねー」
「シカマルはそういうとこ鈍いからね」
「ね。まったくこっちがイライラするわよ。…ところで今更だけどあんたフルーツ食べていいの?」
「………………食べる」
「はぁ…おあずけねー」

いのは呆れたようにカットしたリンゴを1人で食べ始めた。隣でチョウジがシクシクと悲しんでいるがまるで無視している。
病室にはリンゴかガーベラか、とても爽やかな香りが満ちていた。


* * *


「2人ともどこ行っちゃったんだろ…」

ナルトの病室に着いたフタバはもぬけの殻になっているベッドを見てそう呟いた。
昨日まで目を覚まさなかったナルトがようやく回復し2人で散歩にでも行ったのだろうか。
フタバはナルトの花瓶にもガーベラを一本刺し、とりあえずまずはリーに会いに行くことにした。


スタスタと廊下を歩きリーの病室の前まで行くと中から声がする。

「てめー!ゲジマユに何しようとした!」

フタバは思わず扉に伸ばしていた手を止めた。今のはナルトの声だ。何故かはわからないがその声からは焦りがうかがえる。

「殺そうとした」

それに答えたのはとても冷たい感情のない声。
聞き覚えのある、我愛羅の声だった。

フタバは口元を両手で抑えた。
今中で何が行われようとしていたのか考えただけで震えが止まらない。

「何でンなことする必要がある?」

次にきこえてきたのはシカマルの声だった。
どうやら我愛羅がリーを殺そうとしていたのをナルトとシカマルが阻止したらしい。
フタバはそう理解すると自分が出て行くことで余計に場を荒らさないようとりあえず様子を伺うことにした。誰かに危害が加わるようなことがあればすぐに行動できるようにと右手にはクナイを構えている。

それから繰り広げられた会話は思わず耳を塞ぎたくなるようなものだった。


我愛羅は最強の忍となるべく父親の忍術で砂の化身を取り憑かせた状態で生まれ落ちたこと。
最初は過保護に甘やかされ育ってきたこと。
しかしあまりにも強大な力故に周りからバケモノと恐れられるようになり、実の父親から幾度となく暗殺されかけてきたこと。


「家族とは憎しみと憎悪で繋がるただの肉塊だ」


そう言い切った我愛羅は更に続けた。
周りの勝手な都合で得た力のせいで殺されそうになる自分は何のために生まれてきたのかわからなくなってしまったということを。


やがて彼はこう結論付けた。
「自分は自分以外の全ての人間を殺すために存在しているのだ」と。
自分の為だけに戦い、自分だけを愛し生きる。他者は自分に生きている喜びを感じさせてくれる為に存在しているのだ、と。


「殺すべき他者が存在し続ける限り俺の存在は消えない」


フタバは自分の目から涙が流れていることに気付いた。我愛羅は今どんな顔をして話しているのだろうか。

フタバはクナイをしまい扉を開けた。


「っ!?フタバ来るな!」


フタバに気付いたシカマルが思わずそう叫んだ。ナルトは我愛羅の話から自分にも共通する孤独さを感じたのか、ただ立ち尽くしてしまっている。

我愛羅はフタバを見ると一瞬顔を歪めたがすぐに空気中の砂を操りそれを彼女の身体に纏わり付かせた。

「…お前から死ね」

我愛羅は冷たく言い放った。しかしフタバは抵抗もず彼の目を見つめている。我愛羅はまた顔を歪めズキンと頭が痛むのを感じた。

「おいやめろ!フタバ!」

シカマルが慌ててフタバの元に駆け寄ろうとした時、そこまでだ!と大きな声が響いた。

扉を見るとそこにはリーの担当上忍であるガイが立っていた。

「本選は明日だ。そう焦る必要もないだろう。それとも今日からここに泊まるか?」

我愛羅はガイの姿をみるとさっき以上に痛みだした頭を抱え、フラフラと扉に向かう。

「お前たちは必ず俺が殺す…待っていろ…」

我愛羅は全員を睨みつけ病室から出て行った。
フタバは緊張が解けたのか床に座り込んでしまった。
シカマルはフタバに寄り添うと手を差し出しゆっくりと立ち上がらせる。


「…怪我してねぇか?」
「うん…大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「フタバごめん…俺ってば、お前を助けらんなくて…」
「…ううん、謝る必要なんてないよナルト」


フタバは気付いていた。きっとナルトは我愛羅の気持ちが少し理解できてしまったのだということに。得体の知れないバケモノを身体の中に宿しているという共通点、それは本人同士にしかわからない苦しみがあるのだろう。ナルトを責めることなんてフタバにはできなかった。


「…ガイ先生、ですよね。ありがとうございました。ナルトとシカマル、リーさんのことよろしくお願いします。私まだ我愛羅に話があるんです」
「待て!今行くのは危険だ!」
「私なら大丈夫です。わがまま言ってすみません」

フタバはガイが止めるのも聞かず走って病室から出て行った。

「おい待つんだ!…お前たち、俺はあの子を追う!」
「…すみません、あいつがああ言うなら多分大丈夫です。放っておいてやってください。それよりこの人のこと医者に見せた方がいいかもしれません」


意外なことに、フタバの後を追おうとするガイをシカマルが止めた。幼馴染であるが故にフタバが一度言い出したら決して引かないことを知っているからだろう。しかしその顔は自分こそ追いかけていきたいのだという表情をしている。
それを察したのかガイはナースコールを押し、シカマルの言う通りにした。

ナルトは床に散らばっている砂をただ呆然と見つめていた。


* * *


「我愛羅…!」

フタバはようやく我愛羅に追いついた。人気のない森の中だ。
未だにフラフラと辛そうにしている。しかしフタバはとりあえずは無事な様子の我愛羅をみてホッと胸をなでおろした。

「…何故追ってきた」
「何故って…辛そうにしてるから…余計なお世話かもしれないけど私のチャクラ転移させて」


我愛羅は自分の右腕にそっと触れてきたフタバを思い切り払いのけた。


「俺に構うな!本気で殺すぞ!」
「…我愛羅がそうしたいならいいよ。でもね、少し聞いてほしいことがあるんだ」

フタバは改めて我愛羅の肩に触れた。そして素早くチャクラを転移させると今度は彼の手を握りしめた。

「我愛羅、私のこの力は血継限界なんだって。でも私の一族は皆滅んだ。私が今まで母だと思ってた人は実は血が繋がってなかった。それでもね、私たちの間には確かに愛情があるの」
「っ!だからなんだ!」
「…例え我愛羅の家族が我愛羅を殺そうとしてもね、愛してくれる人が誰か1人いればいいと思わない?私がカンクロウさんにぶつかっちゃった時に間を取り持ってくれたこと、二次試験で一緒にすごしてくれたこと、全部感謝してる。私は我愛羅が大好きだよ。大切な、友達なんだよ」


我愛羅の頭の中でフタバの言った言葉がぐわんぐわんと回転した。自分だけを愛すと誓って刻んだはずの額の刺青が何故か痛んで仕方がない。我愛羅はフタバを地面に押し倒しその上から覆いかぶさった。

「くだらない同情で物を言うな。お前に俺の何がわかる」
「何もわからないよ。だからもっと仲良くなって知りたいって思うの」

怯むことなく言い切ったフタバに我愛羅は少し驚いた。自分を恐れず正面から向かい合ってきた人間はいつぶりだろうか。

「…今ここで殺してもいいがやめておこう。興が削がれた」

我愛羅は立ち上がるとフタバに背を向けて歩き出した。


「我愛羅、明日の本選がんばろうね。それが終わったら今度こそ一緒に甘栗甘に行こう」


態勢を整えながら言うフタバの声が聞こえたのかそうでないのか、我愛羅は一瞬で姿を消した。


もう一度病院に戻ったフタバは何故泥だらけなんだ、と帰りを待っていたシカマルから叱られてしまった。まさか押し倒されたからとは言えずただこけただけだと説明したが、訝しげな顔で軽く頭を小突かれた。
リーは特に身体に問題はなく、ナルトもさっきよりは元気になっている。ナルトに関しては退院許可も出たようだ。
ガイに早く帰りなさいと言われた3人は暗くなりかけている空を見上げながら帰路についた。


いよいよ明日は本選。本選進出者はそれぞれの想いを胸に抱いている。


「あ、星」


一番星にどんな願いを込めているのか、ナルトとシカマル、フタバはしばらくそれを眺め続けていた。


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