▽16

本選当日、フタバは早朝から修行のため1人森の中にいた。
クナイや手裏剣は随分命中率が上がっている。
しかし本選前にあまり根を詰めすぎてもいけない。フタバははやめに修行を切り上げ森の中を散歩することにした。

しばらく歩くと大きな物音がきこえてきた。自分の他にも誰か修行しているのだろうか。フタバは物音がする方を覗き込んだ。

「あれは…」

そこにいたのはナルトの対戦相手である日向ネジ、そしてその修行に付き合っていたであろうテンテンだった。
ネジの周りには様々な種類の忍具が散らばっている。まさかそれを全て避けきったというのだろうか。呆然と見ていたフタバの気配に気付いたのか、「誰だ」とネジが声を上げた。

「…すみません、邪魔をするつもりはなかったのですが」

申し訳なさそうに出てきたフタバをみてネジとテンテンは顔を見合わせた。
予選の際の戦いをみた2人はフタバに興味を抱いていたのだ。

「お前も誰かと身体をあたためていたのか」
「あ、いえ、私1人です。本当はナルトかシカマルを誘おうとしたんですけど、十分な睡眠も大事だと思ったので」
「そうか。しかしよかったな、ナルトは無駄な修行をせずにすんだんだ」
「…どういう意味ですか?」

今までにこやかに受け答えしていたフタバの表情が一気に曇った。しかしネジは顔色ひとつ変えずその質問に答える。

「一回戦、どんなことがあっても勝つのは俺だ。運命には逆らえない」

不穏な空気を感じたのかテンテンは冷や汗をかいている。
しかしフタバはまたすぐ笑顔にもどり、ネジの側に落ちていたクナイを1つ拾い上げた。

「ナルトは強いですよ!もしネジさんが勝つのが運命だとしても、ナルトならそれをひっくり返せます」

そう言い終えたフタバはシュッと素早くクナイを投げた。クナイはヒラヒラと舞っていた葉を一枚巻き込んで木に刺さった。

「ほら、地面に落ちる運命だったその葉っぱは私がクナイを投げたせいで今まだ地面にたどり着けていません。運命なんて簡単に変えられる。だから実際に行動する前に諦める必要なんてないでしょ?」

フタバは「では本選で会いましょう」とだけ言うとくるりと踵を返し去っていった。
ネジとテンテンはなにも言えないまま、ただその後ろ姿を目で追った。



フタバは会場に行く途中先を歩くキバをみつけた。
「キバ!」と声をかけると彼は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「フタバ!調子はどうだ?」
「ふふ、ばっちり!応援しててね」
「おう、当たり前だろ!くそ〜俺も本当はもっとお前にかっこいいとこみせたかったんだけどな」
「何言ってんの!キバがすごく強くてかっこいいことなんてもう知ってるよ。あ、ヒナタおはよー!」

フタバは木の陰で頬を赤らめてぼーっとしているヒナタに気付き声をかけた。しかし反応がない。ヒナタの顔の前で手を振っても相変わらずだ。
おかしいと思ったフタバはヒナタの視線の先を見やった。

「(あ、ナルトが歩いてる。…はは〜んなるほど。ナルトが何か言ったのね。ふふ、ヒナタったらかわいいなぁ)」

なんとなく状況を把握したフタバは1人クスクスと静かに微笑んでいた。しかしヒナタのそんな様子には敏感なフタバは気付いていなかった。

彼女に「強くてかっこいいことなんてもう知ってる」と言われたキバの顔が真っ赤になっているということに。



* * *


「この『本選』お前らが主役だ!」


会場に着いたフタバを含めた本選出場者達を前に本選の審判であるゲンマがそう告げた。しかしおかしい。サスケと、第1試合でフタバと戦うはずのドス・キヌタの姿がない。

キョロキョロと辺りを見渡すナルトやシカマル、フタバに気付いたのか、オロオロせず顔をしっかり客に見せておけとゲンマが注意をした。

その頃、三代目火影はまだ来ていないサスケについて木ノ葉の忍と話し合っていた。
暗部数名がかりで探しても居場所がわからないらしい。もしかするとすでに大蛇丸の手に渡っているかもしれない。火影はただサスケの無事を願うしかなかった。

するとその時、火影の元に1人の忍が歩み寄って来た。

「おお、これはこれは…風影殿!」

我愛羅たち砂隠れの長、風影だ。しかしその姿をみたテマリやカンクロウ、バキは一気に緊張が走った。今日、自分たちは木の葉を襲撃するのだ。その首謀者である風影が現れたのだから無理もない。

火影は風影とちょっとした会話をした後、そろそろ始めるかと腰を上げた。

「えー皆様この度は木の葉隠れ中忍選抜試験にお集まりいただき誠にありがとうございます!これより予選を通過した9名の『本選』試合を始めたいと思います!どうか最後までご覧ください!」


その火影の言葉を聞いた出場者たちは動揺した。確か予選を突破したのは10人だったはず、1人足りないのだ。
するとその様子を察したのか、ゲンマが口を開いた。

「試合前に少し言っとくことがある。これを見ろ!」

彼が見せてきたのはトーナメント表だった。しかしそこにはフタバと戦うはずだったドス・キヌタの名前がない。よってフタバはシードのような立ち位置になり、テマリ対シカマルの勝った方と戦うことになっている。
トーナメントで変更があったから自分が誰と戦うことになるかもう一度確認しろ、とだけ説明された。

ドスは棄権でもしたのだろうか、フタバは不安を覚えた。
我愛羅に勝負を挑んできたドスを我愛羅が返り討ちにし殺したという真実は誰も知る由もない。


「あのさあのさ!まだサスケが来てないけどどーすんの?」

手を挙げたナルトがそう質問した。

「自分の試合までに到着しない場合不戦敗とする!」

ナルトは頭を抱えた。サスケならばどんなに具合が悪かったとしても無理をして出てくるはずだ。ナルトは考えるのをやめ、サスケが来るのを信じることにした。


ゲンマは本選について説明を始めた。予選の時と地形は違えど、負けを認めるか死ぬかで試合が終了。それ以外のルールは一切なしということは変わらない。審判が決着がついたと判断した場合もそこで終了だ。いよいよこれが最後の試験である。


まずは第1試合、ナルト対ネジだ。


それ以外の出場者は会場外、二階部分にある控え室まで下がることになった。フタバはナルトにそっと触れるとチャクラを素早く転移した。

「ナルト、信じてるよ。ナルトなら大丈夫!応援してるからね」
「おう!ありがとなフタバ!」

親指を立てたナルトにフタバも同じポーズで応えた。
シカマルは早く行くぞとフタバの腕を取ったが、ナルトに背を向けたままグッと右手を上げた。不器用な彼なりの応援だと気付いたナルトはニシシと笑顔になる。


ネジと向かい合ったナルトをみた観客席の人々は、ほとんどがナルトに勝ち目はないと考えていた。
しかし予選でナルトと戦ったキバはナルトの意外性を知っていた。アイツを舐めてると痛い目をみることになる、キバはこの試合のナルトに期待していた。

ふと肩に乗っている赤丸を見ると、どうやら怯えているようだ。どうした?と尋ねると赤丸がクーンと弱々しく答えた。

「なんだって…!」

周りを見渡したキバは観客席の後ろに暗部がいることに気付いた。
何故暗部がこんなところに…。キバは得も言われぬ不安を感じた。


「では第一回戦、始め!」


ゲンマの声で、本選の幕が切って落とされた。



* * *


ナルトとネジの試合は壮絶なものだった。
ネジが有利だと見られていた試合でナルトは驚異的な粘りをみせたのだ。
そして試合の最中、ネジは日向家の宗家と分家の悲しき運命をナルトに語った。

ネジは分家にあたり、宗家に逆らうことは絶対に許されなかった。父は宗家を守るため身代わりになって殺されたと言うネジが宗家の娘であるヒナタを憎むのも仕方ないことだったのかもしれない。

そしてネジの額には印が刻まれていた。宗家によって支配されていることを意味する呪いの印。分家は宗家を守るためだけに生かされている。歯向かおうものならその呪印を利用して宗家に殺されてしまう。

ネジの憎しみは相当なものだった。

しかしナルトはネジにやられボロボロの身体でありながら「それで何?」とネジに言い切った。

ナルトは知っていた。ヒナタは宗家の人間でありながらまだ未熟で、周りから認められず悩んでいた。苦しんでいるのはネジだけではないのだ。


運命は変えられないと言うネジのことがナルトは許せなかった。本気でそう思うのならなぜ予選でヒナタと戦った時あそこまで彼女を痛めつけたのか。本家を守るためだけに存在するという分家のネジ、本当はネジこそが自分の運命を変えたいともがいているのではないのか。

負けるわけにはいかない。
ナルトはネジに点穴を突かれチャクラを練る事ができない状態だがまだ勝つことを諦めてはいなかった。

ナルトはその思いから九尾のチャクラを引き出すことに成功したのだ。

「(自来也様が言っていたチャクラ…!)」

フタバはそのチャクラの禍々しさに思わず身震いした。

九尾チャクラを纏ったナルトとネジの八卦掌回天が激突し、ネジがなんとか耐えナルトは失神したかに見えた。

しかし実はナルトはネジの技によって弾き飛ばされてすぐに影分身と入れ替わっており、地中を掘り進んでいた本体のナルトの奇襲でネジがノックアウト。
完全に予想外のナルトの勝利に終わったのだった。


勝利したナルトをみてフタバとシノのとなりにいたシカマルは落ち込んでいた。

「あいつだけは俺と同じイケてねー派だと思ってたのに…キャーキャー言われてもうイケてる派っぽいじゃん」
「え、シカマルは充分イケてる派なんじゃない?ねぇシノもそう思うでしょ?それにそんなこと言うなら私の方がイケてない派だよ!鈍臭いし忍術も使えないしね。ふふ…でも本当にすごいねナルトは」
「…お前も充分"イケてる派"だ、フタバ」
「あはは、ありがとうシノ。優しいね」


イケてると言われ思わず照れたシカマルはシノとフタバの会話に入っていくことが出来なかった。
そうしている内に勝者のナルトが自分達の元に戻ってきた。


「ナルトお疲れ様!でも信じてたよ、ナルトなら勝てるって」
「フタバ!へへーん、ちゃんと見ててくれたかってばよ、俺の勇姿!」
「もちろん!来てナルト、回復しよう」


フタバはナルトの右腕をグイッと引き寄せナルトを抱きしめた。

「っ!」

そのフタバの行動にナルトだけでなくシカマルやシノまで動揺してしまった。
しかしそんな彼らの様子に気付かないフタバは目を閉じてナルトの勝利を祝いチャクラの転移を続けている。
そしてハッと思い出したようにナルトから離れると早口で話し始めた。


「私ちょっとネジさんのところに行ってくる!あの人もだいぶチャクラ消費してるだろうから」
「あ、おいフタバ!」
「次の試合までには戻るよー!」


シカマルが止めるのも聞かずフタバは医務室へと向かった。


「…わりぃなシカマル。フタバに抱きしめられちまったってばよ」
「何ニヤニヤしてんだぶっ飛ばすぞ」
「ナルト、あまりシカマルを挑発するな」
「なんだよシノー。…なあ、お前も試合頑張ればフタバに回復してもらえるかもな!」
「っ!そ、それはありがたい話だ」
「は?なに照れてんだよ。せめて手からの回復だけだ、抱きつきはさせねぇ」
「わはは!シカマル何怒ってんだってばよー!」


残された3人はそんな会話をしていたのだった。


* * *


「ここかな…」

フタバはネジがいるであろう医務室の前にたどり着いた。そして扉を開けようとした途端、部屋の中から誰かがでてきた。

「あ、ヒナタのお父さん…」

それは友人であるヒナタの父親、ヒアシだった。
その表情はどこか清々しく、フタバに気付いたヒアシはニコリと微笑んだ。

「君はたしかヒナタの友達の…ネジともそうなのか?」
「えっと…はい、そうです。今ネジさんに会えますか?」
「問題ないだろう。…これからもヒナタとネジと仲良くしてやってくれ」
「!…もちろんです」

ヒアシはそう言うとお辞儀をして去って行った。
思わず友人と言ってしまったが自分は今朝初めてネジと話し、彼の事情も知らないままただ運命は変えられるなんて大きなことを言ってしまっただけの存在だ。

しかし彼の事情を知った今もその思いは変わらない。
ネジは前に進もうとしている。ナルトとの戦いの中でフタバはネジからはっきりとその意思を感じた。

「失礼します」

改めて扉を開けると窓の外を見つめるネジがいた。
ネジは先程ヒアシに全てを聞かされていた。自分の父親は運命に従い宗家の身代わりになって殺されたのではない。ネジや自分の兄弟、家族、里の皆を守るために自ら死を選んだのだと。それがネジの父親にとっての自由であった。日向の運命に背いた結果であったのだ。

ネジは涙を流していた。
運命は変えられる、父親がそれを教えてくれた気がする。そして今はただもっと強くなりたい、彼は外を飛ぶ鳥にそう誓った。


キイッと扉の開く音に、ネジはそちらをむいた。


「お前は…」
「フタバですネジさん。試合お疲れ様でした」


フタバはニコッと微笑みネジに近付く。
ネジは今朝ナルトのことを馬鹿にした自分を思い出し、彼の友人であるこの少女に謝罪しようとした。
しかしフタバは突然ネジの腕に触れチャクラの転移を始めた。


「な、この術は…?」
「随分チャクラを消費したんじゃないですか?これはチャクラを回復する力です。余計なお世話かもしれませんが、友人になれた記念として許してください」
「友人…」
「あ、やっぱり友人と呼ぶにはまだ早かったですか?ふふ、じゃあ今から言います。是非お友達になってください。まさか今朝言い合った私達がこんな風に話をするなんて運命ってわからないものですね」


ネジはそうフタバが言ったのを聞いて思わず笑ってしまった。腕から伝わる彼女のあたたかさがあまりに心地よかったのもあるのかもしれない。


「ああ、運命はどうとでも変えられるんだな。フタバ、君が今朝言った通りだ。俺でよければ友人になろう」
「本当ですか!嬉しいです、今度是非一緒に修行してください!あの強さは憧れます」

サッと日向の体術の構えを真似てみせたフタバに、またネジの顔がほころぶ。


「…ありがとう」


フタバはチャクラを転移したことに対してだと思い、友人だから当たり前ですと答える。

しかし違った。もちろん転移に対しての気持ちもあったが、それだけではない。
フタバの友人であるヒナタやナルトをあれだけ痛めつけたのに自分を受け入れ友人だと呼んでくれたこと、運命は変えられると自分に最初に教えてくれた人物であったこと、父の事実を知った直後に自分の側にいてくれていること、全てに対する感謝だった。


「(だがそれを伝えてもフタバはまた『友人だから当たり前です』と言って笑うのだろうな)」


転移を続けるフタバを見たネジは腕だけでなく心まで温まっていくのを感じていた。


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