▽17

フタバはネジと会話をしながらチャクラの転移をし終えた。

「ネジさん私もう行きますね。修行の件、約束ですよ!」
「ああ」
「ゆっくり身体休めてくださいね。それでは」

そう挨拶し医務室を出ようと扉に手をかけたが、ネジが「フタバ」と引き止めた。

「? どうしたんですか?」
「あ、いや…その…試合、頑張ってくれ」
「…はい、ありがとうございます!」

フタバはニコリと笑うと改めてお辞儀をし試合会場へと向かった。

ネジは湧き上がるあたたかい感情に自分でも少し驚いた。
そして彼はフタバが転移のために触れていた自分の右腕を見つめ微笑む。

「父上…俺も自由に生きていいですよね」


ネジは自分の中で何かが変わっていく気がした。


* * *


「どうしたの…?」

フタバが会場に戻ると妙に観客たちがざわついている。
次の試合は我愛羅対サスケ、どうやらサスケがまだ現れていないようだ。

「間に合ったなフタバ。だがまだサスケが来てねぇ。このままじゃあいつ不戦敗になっちまうぞ。もしかして来ない気かよ」
「そんな…」
「君子危うきに近寄らず…賢明な判断…か」


シカマルやシノが諦めかけている中、ナルトが不安そうなフタバの背中を叩いた。


「何言ってんだ。アイツはぜってー来るってばよ!」
「ナルト…」

彼の力強い言葉をきいたフタバは「うん!」と笑顔で答えた。
しかしそうは言ったものの、ナルトも気が気ではなかった。なぜサスケは来ないのか。

一方で砂の忍たちも焦っていた。サスケが来なければ襲撃の作戦予定が狂ってしまう。
我愛羅たちの担当上忍であるバキは我愛羅がサスケを殺してしまったのではないかと危惧していた。

火影は未だ現れないサスケについて、もはや失格とするしかないと考えていた。
その決定を告げようとしたとき、風影が口を開く。

「火影殿…うちはサスケの失格は少しお待ちいただきたい」

しかしそれは普通に考えて難しい話だ。時間厳守は忍のもっとも大切な要素の1つ、どれほど優秀でもそれが守れない者には中忍になる資格などない。
第一、観戦に来ている忍頭や大名達を納得させられるだけの理由がなければ彼を待つこともできない。

「私を含めここにいる忍頭や大名は次の試合をみるためにここに来たようなものだ。何せ彼はあの"うちは"の末裔…それに風の国としても是非うちの我愛羅と手合わせ願いたいのです」

その言葉を聞いた火影はしばらく考え込んだ。
そして、「どうしますか?」と言う部下に火影は苦々しい表情でサスケ達の試合を後回しにして待つということを告げた。

それはすぐに試験官に伝えられ、しびれを切らした観客達に向かってその決定が告げられた。


「サスケ達の試合が後回しってことは…」


フタバがそう呟いた途端、試験官であるゲンマが大声で叫んだ。

「では次の組み合せ、カンクロウと油女シノ!下へ!」

「シノとカンクロウさん…」

シノは落ち着いたものだった。しかしどうもカンクロウの様子がおかしい。背中に背負っている"何か"を見つめテマリと顔を見合わせている。
近くで見ていたフタバはカンクロウに駆け寄り話しかけようとした。しかし、

「……俺は棄権する!」

カンクロウは棄権を宣言した。
その言葉に誰もが驚いたが、次の試合予定であるテマリは背負っていた大扇子で風を起こしいち早く試合会場へと降りた。

テマリの対戦相手はシカマルだ。

フタバは慌ててシカマルに転移をしようとした。
しかし彼女がシカマルの腕に触れるよりも早く、ナルトがシカマルの背中を思い切り押した。

「よっしゃー!!シカマル頑張れってばよォ!!」
「え!?うわああーっ!!」
「シカマル!!」

シカマルはドンという衝撃の後、気付けば試合会場に落とされていた。
正直自分も棄権してしまおうかと考えていたシカマルは「はやくこんな試合終わらせろ!!」という観客たちからのヤジにうんざりした。

「(はー…どうやらサスケの試合を楽しみにしてたのにしょぼい脇役の試合なんか観せられることになってやだなーって感じになってんな…この試合ここまで期待されてねーとやる意味ない気がすんな…)」

相変わらず落ちたときの態勢のままひっくり返っているシカマルに「あんたも降参なワケ?」とテマリが煽るように言う。

観客席からその様子を見ていたアスマは、あいつは元々ヤル気ゼロだからなぁ…と複雑な表情を浮かべていた。

「コラーシカマル!!しっかりやれってばよ!」

ナルトの声にハッとしたフタバも、慌てて大声で叫んだ。

「シカマルー!頑張って!シカマルなら大丈夫!カッコいいとこ皆に見せちゃえー!で、でもテマリさんも頑張ってほしいです…」
「なんだフタバ!お前相手も応援すんのかよ!」
「だってテマリさんとも仲良くしてたから……やっぱり私はシカマルもテマリさんも大好き!だから2人とも頑張れー!」

フタバの声を聞いたシカマルもテマリも思わず吹き出しそうになった。
しかしテマリはすぐに悲しそうな顔をし、「来ないならこっちから行くぞ!!」とシカマルに殴りかかった。

「っ!!」

大きな砂埃が舞い、フタバは目を凝らして2人がどうなったかを確認する。


「シカマル…!」


そして見えたのは仕掛けられた攻撃を避け、クナイを足場にし高いところからテマリを見下ろすシカマルの姿だった。


「中忍なんてのはなれなきゃなれないで別にいいんだけどよ、男が女に負けてらんねぇだろ。…そもそもフタバにかっこいいとこ見せろなんて言われちゃ応えねぇ訳にはいかねぇしな」


テマリはチッと舌打ちをし風遁の術で何度もシカマルに攻撃した。シカマルも隙をついて影真似を仕掛けようとするが、テマリは冷静に扇子を使い影真似の術の射程限界を見切り、射程外から風遁による攻撃を繰り返した。

術をすぐに見切られてしまったシカマルは腹の前で手を組み静かに目を閉じた。

「あの印はなんなの?」

観客席で見ていた紅が隣に座るアスマに尋ねた。

「あれは印なんかじゃねーよ」

彼は答えた。あれはシカマルが戦略を練る時のクセのようなもの。
そして更に続ける。アスマは自分がルールを教えた将棋や囲碁で一度もシカマルに勝ったことがない、あいつはキレ者軍師だと。

「キレ者…?確か下忍の班編成を決める時に彼の成績を見たけどナルトとほぼ同レベルだったはずよ」
「アカデミーの筆記なんて鉛筆動かすのもめんどくせーってな。テスト中いつも寝てたんだと。ある時あまりにもあいつが戦略ゲームが強いんでちょっと腑に落ちなくて遊びに見せかけてIQのテストをやらせたことがある。そんときゃ俺も遊びのつもりだったんだが…」
「…で、どうだったの…?」


「キレ者もキレ者!あいつはIQ200以上の超天才ヤローだった!」


* * *


思考を終えたあとも防戦一方のように思われたシカマルだったが、彼は陽が傾くのを待っていただけだった。
その陽の傾きによって影の面積が増加し射程距離の延長に成功したことに加え、自分の上着をパラシュートにし囮にするなど、策を何重にも張り巡らし、 前の試合でナルトがつくっていた穴の中に影を潜め、背後からの影真似でついにテマリを捉えた。

「よっしゃー!やっちまえー!」

静まり返った会場にナルトの声が響く。
気付けばこの場に居る全員が試合に見入っていた。


「で、でもなんだかシカマルの様子おかしくない…?」
「フタバ何言ってんだ?もうあとはとどめ刺すだけ…」


「まいった…」


右手を挙げたシカマルが負けを宣言した。
どうやらチャクラ不足でこれ以上の拘束と戦闘は不可能と判断したようだ。


「あー…フタバにダセェって思われちまうな」


ゲンマは変わった奴だとシカマルを見ると、「勝者テマリ!」と宣言した。



* * *


試合終了後、シカマルの友人達は皆何故あそこで彼がリタイアしたのかわからないでいた。

しかし上忍達は違った。
あの状況で己の能力と技術を判断し最悪の窮地とみれば冷静に引くことができるシカマルは、中忍に必要とされる心理的要素で言えば最も大切なリーダーとしての資質を備えていると評価した。
任務をこなすよりも小隊を危機から守り抜くことが出来る者こそが中忍になれるのだ。


…が、どうしても納得いかなかったのだろう。ナルトはフタバにその思いをぶつけた。


「あいつなんでギブアップなんかすんだってばよ!バッカじゃねーか!なぁフタバ!」
「シカマルはもうチャクラが限界だったんだよ。私はあそこであの判断ができたのは凄いことだと思うよ」
「んもー!フタバまでそんなこと言うのか!それでも何か腹立つ!フタバも行くってばよ!」
「え、ナルト、きゃあ!」

ナルトはフタバを抱え試合会場である一階に飛び降りた。
そして彼は降りるやいなやシカマルにむかい「バカ!!!」と叫ぶ。

「うるせー超バカ!なにフタバまで連れてきてんだ!怪我したらどうすんだよ!」
「わ、私は大丈夫だよ。それよりチャクラ回復するね!」
「…わりぃ。…てかよ、そもそもナルト!お前がチャクラ転移しようとしてくれてたフタバを無視して俺を突き落とすからチャクラ不足になっちまったんだろ」
「転移…?フタバのチャクラ回復のことか?」
「(やべ、フタバのやつまだナルトには話してねぇのか)…それより次の試合ゆっくり観戦しようぜ」


そう、次の試合は

「サスケ…!」


* * *


自分達の元に戻ってきたテマリをみたカンクロウは焦りを隠せない様子で口を開いた。

「お、おい…いよいよじゃん…あいつホントに来んのかよ!?」

しかし我愛羅は冷静に答える。

「来る…絶対にな」

その表情からは何も読み取ることができなかった。


* * *


「ん〜!しかし何やってんだあのバカ!まだ来てねーのかぁ!?」

ナルトがキョロキョロと辺りを見回した瞬間、ブワッと木の葉の竜巻が巻き起こった。

そしてその竜巻がおさまったとき、2つ分の人影がその中から現れた。

「いやーー遅れてすみません…」

それは笑みを浮かべたカカシと、

ゲンマの「名は?」という問いに

「うちは…サスケ」

と答えたどこか以前よりオーラのあるサスケだった。

「(サスケくん…!!)」

観客席にいるサクラは笑顔で彼をみる。そしてその隣にはガイに付き添われたリーの姿もあった。


「へっ!ずいぶん遅かったじゃねーの!俺とやんのをビビってもう来ねーと思ってたのによ!!」
「フ…あんまりはしゃぐんじゃねーよウスラトンカチ…」

現れたサスケをみた砂の忍たちは皆息を飲んだ。
木ノ葉崩しの計画決行の時が刻一刻と迫っている。


そして我愛羅はあまりにも冷たく無機質な声で「ホラ…来た」と呟いた。


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