▽22

サクラはサスケの首に浮かび上がる痣を見て、きっと無茶な闘いをしたに違いないと確信した。
カカシは問題ないと言っていたが、あれは自分を安心させるための嘘だったのだろうか。
苦しむサスケを少しでも楽にさせようとその背をさすっていた時、ナルトが何度もサクラの名を呼んだ。

「なによ!!」
「こいつ…誰だってばよ!」

ナルトは自分が蹴り倒した異形の相手が誰だか認識できないでいた。
サクラと同じくサスケを労っていたフタバはナルトの声に振り向く。

「我愛、羅…」

ハッとしたフタバは辺りを見渡す。カンクロウはいないようだがテマリがいるのは確認できた。しかし彼女は頑なに自分と目を合わせない。フタバは少し悲しい気持ちになりながらも再び我愛羅を見た。

「こいつがサスケくんを…」

憎々しげにそう呟くサクラ。
ナルトは以前病院で我愛羅が言っていたことを思い出していた。
我愛羅は砂の化身を取り憑かせ、母の命を奪い生まれてきた。

『俺は生まれながらのバケモノだ』

この姿がソレだというのか。

「我愛羅…どうしてそんな辛そうな顔をしているの」

動けないでいたナルトの横にフタバが並ぶ。微かにだが、我愛羅が顔を歪め後ずさりをした。

我愛羅は他者を殺すことで自分の生を認識できると言っていた。そして今我愛羅はサスケを殺したがっている。自分の生きる意味を感じるために。
しかしそんなに悲しい生があるだろうか。
ただ心穏やかに我愛羅が生きる道があるはずだ。フタバは我愛羅に向かい思い切り叫んだ。


「我愛羅!私があなたの生きる意味になる!方法はまだわからないけど私が我愛羅の支えになるから!だからこんなこと…!」
「…綺麗事を」
「フタバ!やめろ!」


ナルトが我愛羅に駆け寄ろうとしたフタバの腕を掴み止めた刹那、我愛羅はフタバをまるで無視し、その隣を瞬身で通り過ぎた。


「死ね!うちはサスケ!!」


我愛羅がサスケに攻撃を加えようとしたその時、サクラがその前に立ちはだかった。
我愛羅は一瞬動きが鈍ったが、そのまま変異した大きな左腕でサクラを木に叩きつけた。

「サクラちゃん!」

あまりの衝撃にサクラは気を失ってしまったようだ。しかしナルトは我愛羅の一瞬の隙をついてサスケを救うことに成功した。
フタバは何もできない自分がもどかしく、自分の意思とは関係なく頬を伝うものを拭い我愛羅を真剣な目で見据える。

フタバのその目をみた我愛羅が頭を抱え苦しみだした。
リーと戦った時止めに入って来たガイのあの目、サスケを守ろうと立ちはだかってきたサクラのあの目、それは誰かを救おうとするときの目だ。

なのに、何故フタバがその目を自分に向けるのか我愛羅には理解できないでいた。
本気でフタバは自分を救いたいと願っているとでも言うのか。
我愛羅はフタバの目に昔自分が慕っていた人物を重ね、当時のことを思い出していた。


夜叉丸…彼は我愛羅が幼い頃、力の制御ができないせいで里の者全てから恐れられていた我愛羅の世話役だった男だ。
夜叉丸は我愛羅の母の弟であり、我愛羅に"愛"というものを教えてくれた。自動で我愛羅を守る砂の盾はきっと姉の愛から成るものだと教えてくれた。
唯一我愛羅の味方でいてくれた大切な存在。の、はずだった。

ある夜、幼い我愛羅は自分を暗殺しようとしてきた忍を返り討ちにした。何故自分の命が狙われるのかわからない。恐怖に震えながらその忍の顔の確認をした。


その男は夜叉丸だった。


なぜ、なぜ。混乱し泣くことしかできない我愛羅に息も絶え絶えの夜叉丸が説明した。
この暗殺は我愛羅の力が里の脅威になり得ると恐れた実の父親、風影からの命令であると。
命令で仕方なかったんだね、と絞り出すように尋ねた我愛羅の言葉を、夜叉丸は無情にも否定した。

夜叉丸は姉の命を奪って生まれてきた我愛羅を心の奥底で恨んでいたのだ。姉の忘れ形見だと愛そうとするも、それはとうとうできなかった。
我愛羅の名は姉がつけたもの。我を愛する修羅。
しかしそれは生まれてくる息子を想い、愛してつけた名ではない。
里から無理やり望まぬ子を生むことを強いられた挙句命を落とした女の怨念をこの世に残すためのもの。自分だけを愛し自分のためだけに戦う人生になれという憎しみをこめた名だと夜叉丸は言った。

姉は我愛羅を愛していたんですと教えてくれた夜叉丸は全て嘘だった。

あなたは愛されてなどいなかった

夜叉丸はそう我愛羅に告げ、自爆し死んだ。
皮肉にもその爆風から我愛羅を守ったのは自動で発動した砂の盾だった。

その時からだ。我愛羅が他者を信用しなくなったのは。

彼は額に"愛"と刻んだ。自分だけを愛すため。自分のために戦うため。
それが"我愛羅"。母が望んだ生き方。


だからそう。フタバが自分を救おうとしているのも絶対に嘘だ。すぐに裏切るに違いない。


我愛羅はようやく冷静さを取り戻した。
ナルトはその冷たい目に身体が震える。


「こいつらはお前にとって何だ?」

我愛羅がナルトに問いかけた。

「お、俺の仲間だってばよ!これ以上ちっとでも傷つけてみやがれ!てめーぶっとばすぞ!」

その言葉に苛立った様子の我愛羅がサクラを更に木に打ち付ける。悲痛な声を上げるサクラ。

「…フタバ、お前は…」

我愛羅が言い終わる前、ナルトはサクラを救おうと我愛羅に立ち向かった。
しかしいとも簡単に殴り飛ばされる。

ナルトはこうなったら自来也に教えられた口寄せの術でガマオヤビンを呼び出すしかないと考えた。

口寄せの術!

印を結び地面に手をついたナルト。ドロンと口寄せされたのはガマオヤビンとは程遠い、小さな小さな蛙だった。


「なんじゃ、ガキじゃがな!用があるならオヤツくれーや!じゃねーと一緒に遊んじゃらんでー!」


ふてぶてしくそう言い放った蛙にナルトは蛙ってやつが大っ嫌いじゃー!と大声で叫んだ。

修行の時はうまくいったのに…ナルトは遊んでいる場合ではないと次の手を考える。
その様子を見ていたフタバは慌ててナルトに駆け寄りチャクラを転移した。

我愛羅はピクリと顔を歪め、戦闘態勢をとる。
そして砂を手裏剣の形に変化させた術でナルトめがけて激しく攻撃をした。
ナルトはフタバを突き飛ばし、口寄せした小さなガマガエルを庇いその攻撃を一身に受けた。


「ナルト!」
「フタバお前は離れてろ!そこのねーちゃん!お前フタバと仲良かったんだろ!だったら敵だ味方だ言ってないでフタバのこと守ってくれってばよ!」

ナルトが青ざめているテマリに声をかけた。

「…チッ」
「て、テマリさん!やめてください!」

テマリは舌打ちをしながらも抵抗するフタバを抱きかかえ、なるべく巻き込まれない位置まで移動した。それでもナルトや我愛羅の元に駆け寄ろうとするフタバを、テマリが手刀で気絶させた。


先ほどまで半身はなんとか我愛羅の姿を保っていたが、もはや人間の面影はなくなっていた。
砂のバケモノ、そういう他ない。


しかしその姿をした我愛羅の目が、ナルトにはとても寂しいものに見えた。
とても、孤独な目。それは昔の自分と同じ目だった。

幼い頃、木ノ葉の人々に憎まれ孤独だったナルト。
九尾が自分の中に封印されていると知ってから余計に里の人たちの目が冷たく、苦しかった。

そんな自分が何故今楽しく生きていられるのか。
ナルトの頭に何人もの人が浮かんだ。

イルカ、サスケ、サクラ、カカシ、そしてフタバ。
彼らがいつも側にいてくれた。自分を1人の人間として成長させ、受け入れてくれた。

ここに存在してもいいんだと思わせてくれた。

もし彼らがいなければ、自分も我愛羅のように…
ナルトは我愛羅の苦しみが理解できる。だからこそ、彼に勝たなければならない。


大事な人たちを、守るために。


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