▽25

翌日、木ノ葉は雨に見舞われた。
三代目火影、猿飛ヒルゼンの葬儀のために集まった人々はその雨に濡れながら彼を偲んでいる。

黒の装束に身を包んだ参列者達は皆暗い顔をしている。
ヒルゼンの孫である木ノ葉丸はさっきから涙が止まらないようだ。木ノ葉丸の隣に立つイルカはその泣き顔を見ながら幼い頃ヒルゼンに言われたことを思い出していた。
両親が殉職してしまったイルカはアカデミーでは明るく振る舞いながらも、1人になると孤独感に苛まれしょっちゅう泣いていた。そんな時、ヒルゼンが現れ彼に言葉をかけた。里を守ろうとする強い意志、火の意志を持つものは家族そのものであると。家族のいない自分を、家族だと言ってくれたヒルゼンの優しさ。

彼は、本当に立派な火影であった。

イルカはそっと木ノ葉丸を抱きしめた。


* * *

フタバは皆と同じ葬儀の場にはまだ居なかった。少し離れた所にある里の忍達が眠る墓場に来ているのだ。

「フタバ…?」

墓の前でしゃがみこんでいると、背後にカカシが立っていた。
傘もささずに濡れてしまっているが、それはフタバも同じだった。

「フタバ…三代目の葬儀はもう始まってるぞ」
「…もうそんな時間なんですね。朝早く来たのに、ここに来るといつも長居してしまって」

フタバはそう微笑み墓碑に刻まれている父親の名を指でなぞると、持ってきた花束を供えそっと手を合わせた。

「柊ヤスギ…父の名をなぞるといつも不思議な気分になります。どんな人だったのかな、って。父は私のことどう思っていたんでしょうか」
「…話したことはなかったが、お前の父は俺の師の友人だった。師が言ってたよ、ヤスギが娘できたって喜んでてうるさいくらいだって」

フタバはそれがカカシの慰めかもしれないと思いはしたが、それよりも嬉しさの方が勝った。
涙が出そうになるのを堪えながら、フタバは記憶にはない父を想った。
しばらくそうしていると、カカシがフタバの横にしゃがみ込んだ。

「…カカシ先生をたまにここで見かけていました。悪いかなと思って声をかけはしませんでしたが」
「あら、そうだったの。…実は毎日来てるんだ、朝早くにね。昔友人を亡くしたことがあって、…このオビトってやつなんだけど」

カカシが指差した場所にはうちはオビトと刻まれている。
うちは、サスケと同じだとフタバは思った。

「大事な人だったんですね」
「うん…でも、ここに来るたびに昔のバカだった自分をいつまでも戒めたくなるんだ」

ふと隣を見ると、カカシが悲しそうな顔をしている。
フタバは何も聞かず、そっとカカシを抱きしめた。彼は一瞬驚いた顔をしたが、やがて片腕でフタバを抱きしめ返した。

「先生、人が死ぬって辛いことですね」
「そうだな…俺はフタバ、お前も含めもう誰も死なせたくないよ」
「私は死にません。強くなって、カカシ先生、あなたまで守れるくらいになるんですから」

カカシは嬉しそうにうん、とだけ頷き、自分の友人と師の友人に手を合わせた。


そんな2人の様子を、2人が気付かない位置で自来也が見ていた。
明るい顔をしているが、死を悼む2人を見たせいでどうしても三代目のことを思い出してしまう。

自来也がフタバ達と同じくらいの歳だったころ、ヒルゼンは自分たちの師匠だった。
ヒルゼンはいつも優秀な大蛇丸と自分とを比べ、その度にムッとしたのを覚えている。
それでも、ヒルゼンは自来也を見捨てることなく側で見守り育ててくれた。時に覗きなどバカなことも一緒にやった。

全てが、大切な思い出だ。

自来也はヒルゼンの葬儀に向かうカカシとフタバを見送ると、下を向き目を瞑った。

あんなにも降っていた雨が止み、どんよりとした雲が漂っていた空には太陽の光が差し込んだ。


* * *


遅れて会場についたフタバはシカマルの隣に立った。
涙を流す者、ただ三代目の遺影を見つめる者、さまざまな人がいるが皆一様に火影の死を悲しんでいる。

ナルトが投げかけた、人はなぜ人のために命をかけたりするのだろうという質問にイルカが答えた。

「両親、兄弟、友達や恋人、里の仲間達…自分にとって大切な人たちとの繋がり、その繋がった糸は時を経るに従い太く力強くなっていく。理屈じゃないのさ!その糸を持っちまった奴はそうしちまうんだ…大切だから…」

フタバにはその意味が痛いほどわかった。自分のこの命さえ、実の両親の命を張った行動で守られたのだから。

「三代目だってただで死んだわけじゃないよ。ちゃんと俺たちに大切なものを残してくれてる…」
「うん…!なんとなくわかってるってばよ…」

付け加えたカカシの言葉に、ナルトは笑顔でそう答えた。

葬儀は終わり、パラパラと人が減っていく。
フタバは1人ヒルゼンの遺影の前に進み出た。うしろにシカマルも付いてきてくれている。

自分がアビスマ一族の者であると知った翌日、里の威信をかけて守るから忍を引退してはどうかと火影に持ちかけられた際、忍として強くなって自分が里を守れるくらいになるんだと言い切ったフタバに対し、火影がかけてくれた言葉を思い出していた。

『忍にむいておるよ、その立派な志は!』

あの時の笑顔が忘れられない。
まだ弱い自分を決してバカにせず、尚且つフタバの身を案じ護衛まで付けてくれた優しい人だった。

「(強くなって…安心させたかったな…)」

フタバは火影から託された御守りを握りしめ、溢れる涙をこらえようと必死だった。それでも涙は意思に反して流れ続ける。
まだ、彼から学びたいことが沢山あった。話したいことが沢山あった。

あの笑顔を、もっと見ていたかった。

「火影様…私は…」
「フタバ」
「アスマ先生、カカシ先生、紅先生、イルカ先生まで…」

いつの間に隣に居たのか、アスマにハンカチを手渡された。おおかた、彼の隣にいる紅のものだろう。紅を見るとニコリと微笑み頷かれた。使ってくれということだろう。

「ありがとうございます…。私、泣いてばかりでまだ何もできていません。強くなると言っておきながらいつも皆に助けられてばかりで」
「そんなこと…」
「紅先生は優しいですね。…でも、それが事実です。私は今のままではいけません」


ぱっと顔を上げると、ナルトやサスケ、サクラ達同期全員が周りに集まってきていた。
泣いている自分を心配してくれているのだろう、フタバは仲間達の優しさに胸が熱くなった。


「先生方、私を強くしてください!みんなも!私と沢山修行しよう!驚くくらい強くなって、火影様を安心させなくちゃ!」


ハンカチで涙を拭ったフタバは明るくそう叫んだ。
周りにいた同期達がフタバの顔を見る。


「おう!つーかフタバはやっぱ笑顔のほうが可愛いってばよ!」
「え、あ、ありがとうナルト…」
「あ、つい本音が」
「フン、だがこのうすらトンカチが言ったことは間違いじゃない。お前は笑ってろ」
「サスケくん!?それってフタバが可愛いってこと!?ねえ!確かにフタバは可愛いけど私はどう!?」
「デコッパチは論外として私はー!?私はなかなかいい女じゃない?ねえチョウジ!なんとか言いなさいよ!」
「ボ、ボクはいのも可愛いと思うよ、うん」
「ったくうるせーしめんどくせー奴らだな、何の話してんだよ。修行しようって話じゃねーのか」
「そう、修行だー!フタバ!俺と赤丸とやろう!そろそろお前にいいとこ見せとかなきゃな!」
「わ、私もその…フタバちゃんと一緒に強く…なりたい」
「ごちゃごちゃと騒いではいるが、つまりは皆フタバと修行したいということだろう。何故なら急に皆が元気になったからだ」


シノの言葉に、フタバが更に笑顔になる。
思わず隣にいたナルトに抱きつきそうになったが、それはシカマルによって阻止された。


「俺たちも可愛い部下を育てることに異論はないよ。な、アスマ、紅。イルカ先生も」
「ええ、もちろんよ。あなたのチャクラはきっともっと使い道があるわ」
「まあ、乗りかかった舟だ。お前が納得するまで付き合うさ」
「俺はカカシ先生達ほど強くはないが、お前のためならなんでもするぞ!いつでも頼ってこい!」

イルカがフタバの頭にポンと手を置く。
フタバは嬉しそうに頬を染めた。

自分にはこんなにも大切な人たちがいる。
母はもちろんだが、木ノ葉の人々が家族のようなものだ。
我愛羅達とだって、きっとまた分かり合えるはず。


フタバはもう一度ヒルゼンの遺影を見上げる。


心なしか、さっきより彼の顔が微笑んでいるように見えた。


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