▽05

「口寄せの書…?」

フタバの問いに自来也はニコリと笑った。

「ある人から預かっていたものだ。まさかお前に渡すことになるとは…」

自来也は空を見上げ、静かに目を閉じた。
フタバはどういうことか分からず不思議そうに首をかしげる。

しかし自分が口寄せの術なんてできるのだろうか。

そんな不安な気持ちをグッと抑え、フタバは自来也から渡された巻物を地面に広げた。
口寄せは自分の血で契約した生物を呼び出す術。フタバは自分の親指を噛み、流れ出てきた血で名前を書く。


「印を結び、手をかざしてみろ」


言われた通りやってみるが、何も現れない。やはりチャクラが上手く練れない自分には口寄せは不可能なのだろうか。何度か挑戦し、とうとうフタバが諦めかけた時、ボワンっと煙があがった。

「…誰だ、何度も呼びおってからに」

声のする方を見ると、さっきまで地面だった場所に大きな大きな水たまりができている。そしてその水たまりから、これまた大きな大きな鯉が顔を出していた。出ている顔の部分だけでフタバの身長の半分くらいはありそうな巨体。それを見た自来也は愉快そうにしている。
我に返ったフタバが慌てて返事をした。


「えっと、わ、私が口寄せしました!柊フタバっていいます!」
「柊…?なぜアビスマではない人間が小生を呼べるんだ」
「え…?」
「わははは!よくやったのォフタバ!」


何が何だか分からないでいると自来也が隣にやってきた。怪訝そうな顔をする鯉に「よっ!」と挨拶をする自来也にフタバはハテナを浮かべるばかりだ。

「…お前はあの時の」
「おお、覚えとるのか。数十年ぶりだというのにのォ」
「フン…小生を人間の尺度で測るな。数十年などうたた寝しとる間に過ぎ去ってしまうわ」

親しげに話す2人(1人と1匹?)を見て、フタバはおずおずと口を開いた。

「あ、あの、私アビスマの人間です。自来也様、これはどういう…?」
「お、すまんすまん。フタバ、ちと昔話に付き合ってくれ」


そう言って自来也はゆっくりと語り始めた。



* * *


「っつーわけで、渡すべき奴が現れるまでワシはこの口寄せの書を預かってたって訳だ」


自来也の話はこうだった。

昔、自来也がフタバよりも年下だった頃。夏だったこともあり彼は里の外にある川まで涼みに行った。すると見かけたことのない不思議な雰囲気を纏った綺麗な女性が水浴びをしていた。彼女は何故か何も身に纏っておらず、自来也は思わず鼻血を出しそのまま気絶してしまったという。
目が覚めたとき、女性が自来也の顔を覗き込んでおり、彼は事故とはいえ覗きをしてしまったことを謝罪した。
しかし女性は気にしている様子もなく、平然と話してくれた。その日はすぐに別れてしまったが、彼女が気になった自来也は次の日もその川に向かった。すると彼女はまたそこで水浴びをしていた。それからというもの、自来也は暇さえあればその川に通い、彼女との会話を楽しんだ。
彼女の名前はコトノハ。自来也よりだいぶ年上だと言うが、彼女は20代前半にしか見えなかった。彼女は鯉を口寄せすることが出来、自来也が来るたびに術を見せてくれた。気難しい性格の鯉と自来也はしょっちゅう口喧嘩をする仲となったが、コトノハはいつも楽しそうにそれを見ていた。
そしてしばらく経った頃、コトノハはもう会えなくなると自来也に告げる。何故だという自来也の問いには答えず、彼女は口寄せの書を自来也に託した。
これをどうすればいいのかという問いには答えてくれた。

「いずれこの書を渡すべき人が現れます。あなたにはそれが誰かわかるはずです」

そう言って彼女は、本当に次の日から一切姿を見せなくなったのだった。



「…私が、その渡すべき相手…?」


フタバは何故自分なのかわからなかった。
自来也はそんなフタバの様子を感じたのか、照れ臭そうに付け加えた。


「その、な…ワシがコトノハを初めて見た時、彼女は全裸だったんだ。つまり、あるものが見えての…」
「あるもの…?」
「左腰の痣。フタバ、お前と同じ鯉の痣だ。彼女はアビスマの人間だったんだのォ」

そこまで言われてフタバはようやく理解した。自来也はフタバの痣を見て口寄せの書を渡すべき相手だと確信したのだ。
鯉がなぜ「アビスマ」の名を口にしたのか納得もいく。自来也に口寄せの書を託したコトノハという女性はアビスマ一族、フタバの先祖だったのだ。

「なんだ自来也。お前コトノハ様がアビスマ一族の人間だと知らなかったのか?」

鯉は馬鹿にしたようにそう尋ねた。

「あの人多くを語らんかったからのォ。でもまあ、あの人の言った通り、ワシは渡すべき相手を見つけたようだ。あの人はワシがフタバと出会うことを知っていたんだろうか」

自来也はフタバの肩に手を置いた。突然のことに驚きはしたが、自分の先祖にあたる人物が自分になにかを託してくれたという事実だけで嬉しかった。


「ところでお前、新しい主人に自己紹介くらいすべきだのォ」


ニヤリと笑う自来也を睨みつけ、鯉はフタバの元に近付いてきた。
鯉が動くと水たまりも動くらしく、何処へでも移動が可能なようだ。

「…小生の名は鯉伴(リハン)。アビスマの血継限界を受け継ぎし限られた人間に仕えるとコトノハ様と契約したもの。小生の力は強大だ。コトノハ様のような偉大な方ならともかく、お前のような小童が使いこなせるとは思えん」


突然威圧的にそう言われたフタバは少しムッとし、しかしすぐにニコリと笑い宣言した。


「確かに今の私は弱くて頼りないです。でも、絶対強くなるから見ててください。第一私は鯉伴様、あなたを口寄せできた。いつか私のことを主人だと認めさせます!」


自来也がヒュウ、と口笛を吹く。
鯉伴の表情はあまりわからないが、彼はさっきよりも優しい声でフタバに語りかけた。


「ほう…面白い。コトノハ様が何故小生を他人に託し置いて行ってしまわれたのか、ずっと疑問に思っていた。その答えを小童、お前が見つけてくれるというのか」
「…私も、私に託された理由が知りたい。答えを見つけてみせます」
「フン、そこら辺の人間よりかはいくらかマシそうな小童だ」
「その小童って呼び方やめてください!」
「小童は小童だ。悔しければ主人だと早く認めさせてみろ」
「ぐぬぬぬ…」
「おお、おお。さっそく仲良くなったようだのォ」
「「どこがですか!(だ!)」」


息ぴったりに反論する2人に、自来也は豪快に笑ってみせた。


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