▽08

「ありえないな…断る!」

少しの沈黙の後、綱手がはっきりとそう答えた。
付き人のシズネまで驚いた表情をしている。

「思い出すなその台詞…昔お前に付き合えっつって断られたのォ」
「あ゛〜っ…はじめ取材とか言ってたのはなんだ!?何がどーなってんだってばよ!とにかく!こいつ里に連れて帰ってサスケとカカシ先生をみてもらうんだろ!火影になれってなんだよ!しかも断るし!」

ナルトは未だ状況が読めないのか、ひたすらに大声で喚く。
しかしフタバは違った。なぜ綱手が火影候補としてあがったのか充分に理解できている。

綱手は大戦時代、秀でた戦闘・医療術で木ノ葉の勝利に大きく貢献。そして初代火影の孫娘であり、木ノ葉の忍として最も正統な血を持つ人物なのである。

「綱手様は五代目としてとても相応しい方なんだよ」

フタバはナルトに上記の説明をした後、そう締めくくった。

「そもそもこれは木ノ葉の最高意志、相談役達による決定だ。下忍のお前がいちいち口を挟むことではないからのォ」


フタバと自来也にそう諭され、ナルトはムスッと顔を膨らませた。
そんなナルトを落ち着かせようと、フタバは彼の背中を優しく撫でる。

「フン……自来也、この子は前の弟子と違って少々口も頭も…おまけに顔まで悪いようだね」
「ンだとォ〜!」
「四代目と比べられちゃ誰だってキツイだろーよ」


四代目がどういった火影だったか、噂くらいは聞いたことがある。
術の才に溢れ、頭脳明晰、人望に満ちていた。

「それに加えワシ並に男前だったしのォ」

フタバにウインクをしながらしみじみとそう言う自来也。思わず微笑むと、ポンっと頭に手を置かれた。
フタバは、どんな状況でも安心させてくれる自来也のこの大きな手が好きだ。


「……だがその四代目すらすぐ死んだ。里のために命まで賭けて…。命は金とは違う。簡単に懸け捨てするのは馬鹿のすることだ」


心底馬鹿にするように笑った綱手は冷たく言い放った。
変わってしまったな、と言った自来也に、歳月は人を変えるのだとあっけらかんと言う綱手。
フタバは四代目と同じように里を守るため死んでいった父を侮辱されたように感じ、ギリッと拳を握りしめる。


「猿飛先生も同じよ。歳取ったジジイがいきがってりゃそりゃ死ぬわ!火影なんてクソよ。馬鹿以外やりゃしないわ」


もう限界だった。

三代目火影、ヒルゼンはフタバが忍術が使えないという状況を、綱手ならなんとかできると思いフタバに綱手に渡すための御守りを託したに違いなかった。

綱手を、本当に信頼していたから。

そんなに自分を想ってくれていた人を、この人は…。

思わず振りかざしたフタバの手と、同時に綱手に殴りかかろうとしたナルトの背中を自来也が掴み、2人を容易く止めた。

「ウォラァアアア!!離せー!!」
「よせ、ここは居酒屋だ」

暴れるナルトをよそに、フタバはハッと我に帰った。

「自来也様すみません、私…」
「……まあ、そうなるのも仕方ないのォ。綱手、この2人は紛れも無い木ノ葉の忍だ。そんな奴らの前で火影を馬鹿にするなんてなァ、それこそ馬鹿のやることに違いないぞ」
「フン……」

それでも綱手はからかうように笑い、余裕を表すかのように胸の前で腕を組んだままだ。
付き人のシズネはそんな綱手を見て、少し悲しそうに下を向く。
自分を慕っている相手にまでそんな顔をさせるのか。フタバはどうしても胸のモヤモヤがおさまらなかった。

「…綱手様、私みたいなガキが生意気なことをと思われるかもしれませんがこれだけは言わせてください。三代目も四代目も、そして里のために命を落としていった人たちも、決して馬鹿なんかじゃありません」

あれだけ騒いでいたナルトもフタバを見ている。

「火影は、彼らは守るものを知っていた誇り高き忍…貴女みたいな人が嘲笑っていい人たちではない!!」

キッと綱手を睨みつけたフタバの肩を、ナルトがグイッと引き寄せた。

「よく言ったってばよフタバ……その通りだ。女だからって関係ねェ!こんな奴力いっぱいぶん殴ってやる!!」

ナルトとフタバを見た綱手はまたニヤリと笑う。

「いい度胸だね、この私に向かって……表へ出な、ガキ共。2人揃って相手してやる」
「お、おい綱手、なにもフタバにまで……」
「自来也様、私なら大丈夫です。行かせてください」


決心したような真剣な顔でそう告げるフタバに、自来也はそれ以上なにも言えなかった。


* * *


表に出るやいなや、綱手はフタバとナルト2人を相手に、右手の人差し指だけで戦うと言った。

そしてその宣言通り、綱手は2人の攻撃を人差し指だけでいなしてしまう。
ナルトの攻撃も、忍具の扱いが得意なフタバのクナイや手裏剣も、綱手のもとまで届かない。

「…っ」

デコピン1つで飛ばされてしまった2人はかなり痛む額をさすり、それでも立ち向かおうと体勢を整える。

絶対的な力を目の前にしてもなお諦めの悪い2人。綱手は理解が出来ないようだ。

「何で…火影の名でそこまでカミつく…」


フタバとナルトは顔を見合わせ、そして互いに頷いた。

「火影は俺の夢だから。そしてフタバは…こいつは、木ノ葉を守る為に強くなるって決めてんだ。だから俺たちはお前が許せねぇ!」

その言葉を聞いた綱手に、ほんの少しの隙ができた。

「(どうして隙が…でもチャンスには違いない!)」

フタバはナルトに抱きつき、自分の持つチャクラの限りを彼に転移する。ドクン、と自分の身体が脈打つのをナルトは感じ取った。
いける、そう確信したナルトは修行途中の術を思いっきり綱手に向け放つ。

綱手は一瞬焦りの色を見せたが、向かってくるナルトの足場めがけて人差し指を振り下ろす。
ガコ!と大きな音を立てて砕ける地面に足を取られ、ナルトの術は綱手に当たることはなかった。

「自来也お前か?あの"螺旋丸"を教えたのは!?」

螺旋丸、それがナルトの術の名前のようだ。その術は四代目と自来也くらいしか使える者がいないと言う。

「その気にさせんのはよしな。だから夢見がちなガキが火影になるだのと戯れ言を言い始めんのさ」

その言葉に反発し、3日で術をマスターすると宣言したナルト。
綱手はならば賭けをしようと提案する。一週間の間に術を完成させればナルトを認め、綱手の首にかかっている首飾りをあげるというもの。その首飾りは初代火影のもので、この世に二つとない鉱石でつくられた非常に貴重なものだ。
ただしマスターできなければナルトの負け。その時は彼の有り金全てをもらうと言う。

「お、俺の金……くそー!受けて立ってやる!その代わり俺が勝ったらもう一つ約束してくれ!」
「なんだ、言ってみろ」
「こいつの、フタバの呪いを解いてくれってばよ!」
「呪い?」

止めるフタバをよそに、ナルトがフタバの呪いについて説明した。

「大蛇丸の呪い、ね。だから戦いの中で術を使おうとしなかったのか…フン、いいだろう。そのくらい朝飯前だ。ただし何度も言うが、お前が一週間で術をマスターすれば、な。行くよシズネ」
「綱手、少しワシと二人で飲み直さないかのォ。久しぶりの再会だしのォ。シズネ、お前はナルトとフタバと一緒に今晩の宿でも探してくれ」
「……はい!」


自来也に縋るように答えたシズネに、ナルトとフタバは違和感を覚えた。


* * *


ようやく宿を見つけたが他に部屋が空いておらず、フタバはナルトと自来也と同室に泊まることになった。
一つ前の街では自来也が気を使い、フタバのためだけにもう一部屋取ってくれていたのだが、空いていないのならば仕方がない。元々フタバはナルト達と同じ部屋になることに抵抗もなかったのでなんの問題もなかった。
部屋で荷物を広げるナルトに、フタバが話しかける。

「……ナルト、さっきはありがとう」
「んあ?何の話?」
「綱手様との賭けに勝ったら、私の呪いを解いてくれって話」
「ああ…気にすんなってばよ。絶対術マスターすっから、安心しろ!それにそもそもあいつに呪い解いてもらおうと思ってたんだろ?なんであいつに頼ろうと思ったんだ?」
「三代目火影様がね、綱手様に会うことがあればこの御守りの中身を渡せって私に託してくれたの。中身が何かは分からないけど、三代目は綱手様なら私を助けてくれるって分かってたんだろうね。でも渡すタイミング逃しちゃったな。早く渡さないとね」

首からさげている御守りを優しく見つめるフタバ。

「そっか、じいちゃんがそんなこと…」

ナルトは三代目の笑顔を思い出し、少しだけ落ち着きを取り戻した。
そんな会話をしていると、コンコン、と扉を叩く音がする。

ガチャリと開かれた扉から、シズネが入ってきた。

「夜遅くにすみません。ナルトくん、フタバちゃん、少しお話が」

彼女はなにかを決意したかのような、それでいて悲しみに満ちた顔をしていた。


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