▽09

夜中に部屋を訪れたシズネが2人に語ったのは、綱手の壮絶な過去についてだった。

昔、綱手は心優しく、里を愛する人物であったと言う。

綱手には縄樹という可愛がっていた弟がいた。縄樹は火影を目指しており、綱手もその夢を応援していた。応援の印として、綱手は祖父である初代火影から授かった首飾りを彼にプレゼントしたのだ。
彼は心から喜び、絶対に火影になると綱手に誓った。

そしてその次の日、戦地にて縄樹が死んだとの連絡が入った。

遺体は縄樹だと判別出来ないほどに損傷しており、対面も叶わなかった。
皮肉にも、プレゼントしたばかりの首飾りが遺品として綱手の元に戻ってきたのだ。

弟の死をきっかけに、綱手は任務時の小隊構成について見直しを強く訴えた。
フォーマンセルのうち1人は医療忍者を配備することで小隊の生存率、任務成功率が大幅に上がるというもの。
筋は通っているが、あいにくその時は戦争中。医療忍者の育成が現実的ではないという意見がほとんどだった中、たった1人だけ綱手に賛成する者がいた。後に彼女の恋人になる、ダンという男だ。

ダンと親しくなってしばらく経った頃、彼も綱手と同じく戦争で妹を亡くしていたことを知った。
死のつきまとう忍の世界に生きているからこそ、大切な仲間たちを守りたいと強く願っていた。
みんなを守る存在である火影になるのが夢だと語ったダンに弟の面影を見た綱手は、あの首飾りをプレゼントした。弟の分もその夢を叶えて欲しかったのだ。

そして次の日の任務中、ダンは綱手の目の前で死んでしまった。

内臓が吹き飛ぶ程の怪我を負った彼に治療を施し続けた綱手。
他の仲間が止めるのも聞かず、一心不乱にただ治療をした。臓器の再生ができるわけでないということは分かっている。それでも、綱手は治療をやめられなかった。

傷口から流れ続ける血液。冷たくなっていくダンの身体。

綱手の心を壊すには十分すぎる出来事だった。



「わかってくれますね、ナルトくん、フタバちゃん。綱手様はあの日からずっと…ずっと混乱の中にいるのです」

話を聞き終えたフタバは何も言えないでいた。
あの首飾りにそんな意味があったなんて。

綱手に立ち向かった時、ナルトが言った火影になるという台詞に綱手が一瞬固まった理由がようやくわかった気がする。

「……フタバ」
「なに?ナルト」
「わりぃけどエロ仙人に説明しといてくれると助かる」
「……わかった。ついでに転移、させて」
「! ナルトくんフタバちゃん何を…」
「サンキューフタバ。じゃあ修業、行ってくるってばよ!!」

ナルトを止めようともしなかったフタバ。シズネが顔を見ると、予想外にフタバは微笑んでいた。

「シズネさん、ナルトならなんとかしてくれます」

その台詞を聞いたシズネは、まるで自分の悩みを見透かされているかのように感じ思わずドキっとした。
綱手から口止めされている以上、まだ話すわけにはいかない。それでも、もうフタバに話してしまいたかった。

「フタバちゃん、綱手様は…」
「シズネさん?」
「……なんでも、ないです。夜遅くにごめんなさい。おやすみ」

出て行ったシズネの後ろ姿が何かに怯えているように見えたフタバ。
綱手とシズネが何か隠しているということは間違いないように思えた。


* * *


翌日の朝、自来也は二日酔いで痛む頭をさすりながら目を覚ました。
フタバはとっくに部屋からいなくなっており、テーブルの上に「私も修業に行ってきます! フタバ」と記された手紙が置いてある。

何故昨夜ナルトの姿がなかったのかは、帰ってきた時フタバから説明されていた。

『ナルトは修業に行きました。さっき綱手様の過去をシズネさんから教えられたんです。ナルトは絶対に賭けに勝って、あの首飾りを手に入れるつもりです。それはナルトの為だけじゃない、綱手様の為でもあるだろうから』

そう言っていたフタバも本来ならナルトと一緒にすぐ修業に行きたかったに違いない。
それでも心配をかけないようにと自分だけ残ってくれたのはフタバらしい気遣いだな、と自来也は酔った頭で思ったものだった。

「ふぁ〜〜〜…頼もしい弟子達だのォ…」

思いっきり伸びをした自来也は部屋の窓を開け、陽の光を全身に浴びた。


* * *


綱手はいつものようにパチンコを打ちながら、自来也達と会う直前に大蛇丸から持ちかけられた取引について1人考え込んでいた。

それは三代目火影との戦闘で負傷した大蛇丸の両腕を治す代わりに、大蛇丸の開発した禁術で縄樹とダンを蘇らせるというもの。

「その腕を治したらお前は何をするつもりだ?」

という綱手の問いに対し、大蛇丸の答えは

「今度こそ完璧に木ノ葉を潰すのよ」

というものだった。

その取り引きに、シズネは大いに反対した。
そんなこと縄樹とダンは望んでいない、大蛇丸なんかの口車に乗ってはいけないと。

加えて、木ノ葉からの火影就任要請。

まさかこんなタイミングで里を見殺しにするか、守る立場になるかの二択を迫られるとは。

綱手はただ無表情でパチンコを打ち続ける。
ふと外を見ると、パタパタと走るフタバの姿が目に映った。

その視線に気付いたのかフタバも綱手の方を見て、昨日のことなどなかったかのように無邪気に手を振った。

「(…昨日私に物申し、立ち向かってきた娘とは思えないな)」

綱手は負けていたパチンコを切り上げ、外にいるフタバの元へと向かう。
顔を合わせるやいなや、元気に挨拶をするフタバに綱手は思わず面食らってしまった。

「綱手様、おはようごさいます!自来也様は二日酔いみたいです。綱手様はお元気ですね」
「…あれくらいの量、飲んだうちにも入らないさ」
「ふふ、自来也様が聞いたらショック受けるかも」
「……お前、私が憎かったんじゃないのか」

この少女は確かに昨日敵意を向けてきた。
それなのに、何故こんなにも親しげに語りかけてくるのだろうか。

「綱手様が憎いなんて、そんな訳ないです!昨日は伝え忘れてしまいましたが、私は貴女にずっと会いたかったんですよ」
「私に…?何故…」
「私が大蛇丸に呪われていることは昨日ナルトが説明してくれましたよね。少し、私の昔話に付き合ってもらえますか?」


フタバは何故自分が大蛇丸の呪いを受けることになったのか、何故今生きて木ノ葉の忍をしているのか、言葉を選びながら説明をした。
頷き、そして時折驚きながら話を聞く綱手。

「…それで、三代目に謝罪しに行った時にこの御守りを渡されたんです。綱手というくノ一に会うことがあれば、この中身を渡せと。だから私は貴女を探していました」

フタバは綱手に渡そうと、首にかけている御守りを手に取る。
しかし綱手は静かに首を横に降った。

「…受け取れない。私がお前の呪いを解くのはあのガキが賭けに勝てばの話だ」
「違います。受け取ったからと言ってすぐに呪いを解けなんて言いません。私はただ、三代目が託した"何か"を綱手様にお渡ししたいだけなんです。これには、三代目の綱手様への想いが込められていると思うから」

少し考え込む顔をしながらもやはり綱手は御守りを受け取ろうとはしない。
気持ちが伝わらなかった、と少し落ち込むフタバ。

「そんな顔をするな。ナルトが勝てばそれも受け取るさ。…それより」
「?」
「お前の…お前を育てた養父母は柊と言ったな。そいつらの名は?」
「…父はヤスギ、母はマキナです」
「ヤスギとマキナ……そうか…」

何かを懐かしむような、彼女と出会った中で見せた1番優しい顔で綱手はそう呟いた。

「もしかして、父と母をご存知ですか?」
「ん?ああ、いや…そうだな。知っている。2人は元気か?」
「母はとっても元気です!…でも、父は私が物心つく前に亡くなりました。里を、守るために」

悲しげに、それでも微笑みながらそう呟いたフタバ。
綱手は昨日の自分の発言を思い出していた。


『里のために命まで賭けて…。命は金とは違う。簡単に懸け捨てするのは馬鹿のすることだ』


この明るく優しい少女が昨日自分に楯突いてきたのは、この発言が引き金になったのではないだろうか。
綱手は謝るまではしなくとも、少し罪悪感を感じた。

「フタバ…」
「すみません綱手様。きっと考えていらっしゃる通りです。私は単純なので、昨日は父を侮辱されたように感じてしまいました」

今のフタバは綱手の過去を知っている。
あの発言が本心でなかったことくらいはわかっているのだ。
あの発言は綱手なりの逃げ。そして、自分を置いて死んでいった大切な人々への悲しい想いが込められている。

フタバは綱手の手を取り、しっかりと目を見て話した。

「綱手様、木ノ葉には綱手様が必要です。昨日あんな態度をとってしまってすみませんでした。ナルトも意地になっているだけです」
「……お前は私のことを何も知らないだろう。何故そこまで信用できる」

キョトンとするフタバ。しかし彼女はすぐに楽しそうに笑った。

「それは私の大好きな自来也様が、そして三代目が綱手様を信用しているからです!これ以上の理由なんてないと思います」
「フタバ…」
「あ、あとシズネさんも綱手様を慕っていますよね。あの人もいい人です。そんな素敵な人たちが信用するってことは、綱手様は絶対いい人なんですよ!」

目の前で微笑む、まだ幼さを感じる少女。
何も知らずに真っ直ぐに言葉を投げかけてくるフタバに、綱手は喜びなのか悲しみなのかわからない想いを抱いた。

「……ヤスギは」
「え?」
「お前の父ヤスギは賢く、そして優しい奴だった。私も幼い頃のアイツしか知らないがな。マキナはお転婆でよく男の子を泣かせていたよ。マキナは今も変わらないのか?」

突然自分の両親について語る綱手に驚きはしたが、フタバは本当に嬉しかった。
写真でしか知らない父の存在を確かに感じられるのは、父を知る人からの思い出話を聞く瞬間くらいなのだ。

「…母は私にはヤンチャしすぎないようにってすごく心配するくせに、自分はお転婆だったんですね。フフ、帰ったらからかっちゃお。…父は写真でしか見たことがなかったんですが、写真の通り優しい人だったんですね」

そう呟いたフタバを見たからなのか、綱手は自分でも思いがけないような言葉を口に出していた。

「…お前が望むなら、ヤスギの話をもう少ししてやろう」
「! 綱手様、いいんですか…?」
「ああ。…そもそも私が何故ヤスギを知っているかというと――」


酷く悩むようなそんな虚ろな目をしながらも、綱手はかすかに微笑み話し出した。


ナルトとの賭けの期限、そして大蛇丸との取り引きの日まであと6日――。


prev/next


top