▽10

賭けの期限まであと3日。
フタバは再び綱手の元を訪れ、両親の話をしてもらっていた。
綱手がフタバの両親を知っているのは、2人が綱手の弟の弟子のような存在だったかららしい。
まるでナルトと木の葉丸ちゃんみたいだな、とフタバは思った。

「お前の両親はよく弟の後ろで楽しそうにはしゃいでいたよ」

そう語った綱手の顔は優しく、そしてどこか寂し気だった。
フタバの両親について語ると、どうしても弟の縄樹のことを考えてしまうのだろう。

綱手の過去を知っているフタバ。昔を思い出すのが辛いことなど容易に想像できる。
しかし、だからこそ何故綱手が自ら昔話を語り出したのかフタバには疑問だった。

その答えは綱手さえ分かっていなかった。

自分の中で封じ込めていた昔の記憶。
弟が生きていた頃の話なんて、誰かにしたことはなかったのに。

「(…私は何を考えているんだ)」

大蛇丸との取り引きに応じれば縄樹やダンに会えるが、木ノ葉は滅ぶことになるだろう。
しかしそれは今目の前で嬉しそうに話を聴いている少女が大切にしているもの。

考えれば考えるほど、綱手は自分がどうしたいのかがわからなくなってしまった。

「綱手様…?」
「…いや、なんでもない。とりあえず今日はこのくらいにしておこう」
「…はい、ありがとうございました!」

今日はこのくらいに、ということはまた話をしてくれるということだろうか。
フタバはあえて尋ねることはせず、修業に戻ることを伝えた。


* * *


修業場に行くと、ナルトが倒れていた。

「ナルト!」
「…フタバか」

恐らく無茶な修業を続けているのだろう。
ナルトは綱手の過去の話を聴いてから、ほとんど宿に戻ることなくぶっ続けで技の習得に励んでいる。何度休めと言っても聞かないのだ。

「…ナルト、休むことも大切だよ」
「ンなこと分かってる」
「…」
「だけどこうするしか、ひたすらに経験を積んでいくしか方法はねーんだ。俺はサスケやサクラちゃんみたいに器用じゃねぇ。だから休んでる暇なんてねーんだってばよ」

その言葉を聴いたフタバに、ナルトを止めることは出来なかった。
彼はただまっすぐなんだ。まっすぐに自分の決めた道を突き進んでいるんだ。

そんな決意を邪魔するわけにはいかない。

「だったらせめて、定期的に転移させて。チャクラ切れで倒れちゃったら意味ないしね」
「…サンキューな」
「フフ、どういたしまして」

さっきまで必死な顔をしていたナルトの表情が少しだけ緩んだ。
フタバは両手でナルトの頬をむぎゅーっと掴みそこから転移を施す。

「ナルトー!ナルトなら大丈夫だ!信じてるよ」
「……フタバ、俺」
「ん、どうしたの?」
「あ、いや!な、なんでもねーってばよ!あは、あはは!」
「? 変なナルト」

フタバは自分も修業するかと口寄せの書をひろげだした。
今日もいつものように鯉伴を呼び出しアドバイスをもらうつもりだ。
こんなにカンカン照りの時に呼び出すんじゃないと怒られてしまいそうではあるが、彼の小言にはすっかり慣れてしまった。

そんなことを考えているフタバを他所に、ナルトは1人ドキドキと鳴り止まない心臓に困惑していた。

「(な、なんだこのドキドキ…まさか俺フタバのこと…!い、いやいや!俺には心に決めたサクラちゃんという相手が!)」

フタバに背を向け悶えるナルト。
しばらくして、ちゃくちゃくと準備を進めるフタバにナルトはようやく気付いたようだ。

「ん?フタバ、なにやってんだ?」

そういえばナルトには鯉伴を見せたことがなかった。
自分のことに一生懸命になるあまり、周りのことが見えていないことが最近多い。
フタバは少し反省しつつナルトに口寄せができるようになったことを説明し、実際に鯉伴を呼び出して見せた。

「こ、こんなでかい鯉初めてみたってばよ!」
「…おい小童、小生は見世物ではないぞ」
「すみません鯉伴様、百聞は一見にしかずかと思いまして…」
「かっけー!!いいな、いいな!俺もこんなみるからに強い!っていう生き物口寄せしたいってばよ!あれだな、蛙はダメだな。俺ってば口寄せする度にちっこい奴らがでてくるし…」
「…フン。小生を蛙などと比べるな」


フタバは現れるなり不機嫌そうだった鯉伴に謝罪をしたが、彼はナルトに褒められて悪い気はしなかったらしい。いつもより小言も少なめだ。

フタバは興奮冷めやらぬ様子のナルトを落ち着かせ、「私はすぐ近くで修業するからチャクラ切れになりそうだったらいつでも声をかけてね」と告げた。

それから2人は夜更けまで修業に励んだ。
フタバは忍具を扱う修業に加え、チャクラを練る際のコツやチャクラの流れについて鯉伴からみっちり教え込まれた。
おかげで身体も頭もクタクタである。
いくらチャクラが底なしとは言え、限界は近かった。
そしてそれはナルトも同じようで、転移を施されながらも身体はボロボロになっていた。


疲れ果て同時に倒れこむ2人。
ナルトは焦っており、それを見ているフタバもまた同じように不安な気持ちでいっぱいだった。

ナルトが綱手との賭けに負けてしまえば自分の呪いを解いてもらえないからではない。
ナルトが綱手との約束を果たせなければ、綱手が傷付いてしまうのではないかと思えてならないからだ。

何故そう思うのかはわからない。
ただ、綱手の首飾りを手にできるのはナルトの他には居ない。そう確信しているのだ。


「ナルト」
「ん」
「綱手様は、いい人だと思う。本当はナルトも分かってるんだよね」
「……ぜーんぜん分かんねーってばよ」

フタバは思わずクスクスと笑ってしまった。
自分もそうだが、ナルトも嘘をつくのが下手だ。

「…さてと、あの首飾り貰ってフタバの呪い解いてもらうためにももう一踏ん張りすっか!」
「うん!じゃあ転移する!」
「サンキュ」

1人でする修業よりも、何故か2人でするほうが疲労の回復が早いと思ったナルトとフタバ。
以前にも増して、絆が深まっていくのを感じていた。


* * *


いよいよ明日が賭けの期限日。

そんな6日目の夜、フタバは街の外れにある川のほとりに来るようにと綱手から呼び出されていた。しかも誰にもバレずに来い、という条件付き。
こんな人目に付かないところで何をしようと言うのか。

「(それにしてもナルトも自来也様もシズネさんも見かけなかったな…。お陰で約束通り綱手様と会うことは知られずに済んだけど…)」

そんなことを考えながらしばらく待っていると、綱手がやってきた。

「待たせたな」
「いえ。…綱手様、何故私をこんなところに?」


その問いに答えることなく、綱手はフタバの額に手のひらを当てた。
瞬間、目を開けていられない程の光がフタバの身体を包んだ。

「ぐっ…うう…」

膝から崩れ落ちるフタバ。
激しい吐き気とめまいで立っていられない。
光も消え、なんとか開けることができたフタバの瞳は少し悲しげな綱手の顔を捉えた。

「綱手、さ、ま…」
「すまないフタバ…」

訳がわからないまま、フタバは静かに意識を手放した。


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