▽11

鳥の声でフタバが目を覚ますと、あたりはすっかり明るくなっている。
綱手の姿はどこにもない。まだボーッとする頭をおさえ、フタバはハッとした。

―― 今何時だろう…

夜綱手と会ってから、自分がどれだけの時間倒れ込んでいたかわからない。
もし1日以上経っていたとすれば、賭けの期限はもう…
そして綱手が自分に何をしたのかも謎のまま。あんなにも激しい光に包まれ倒れはしたものの、特に身体の不具合は感じない。
しかし確かに最後に見た綱手の顔は辛そうで、自分に対し謝罪もしていた。
何かまずいことが起ころうとしているのだろうか。

「(綱手様…)」

とにかく綱手本人に聞けばわかることだ。
フタバは慌てて人通りのある街まで出た。


「今って何日の何時ですか!?」

通りすがった人に時間を訪ねると、不思議な顔をされながらもなんとか教えてもらえた。
どうやら今日が賭けの期限日。しかし今はお昼過ぎだ。
街を走り回っても皆の姿はなかった。
困り果てたフタバは何かアドバイスをもらおうと鯉伴を口寄せした。

「なんだ小童」

のっそりと現れた彼に、フタバは綱手が謎の行動を取ったこと、皆の姿がどこにもないことを端的に説明する。
すると鯉伴はゆっくり辺りを見回した。

「……遠くで強い力の気配がする。嫌な予感しかせんぞ」
「そんな!どうすれば…」
「とにかく行ってみるしかないだろう。小童、お前潜水は得意か?」
「え、きゃあ!」

鯉伴はフタバの答えを聞くよりも早く、彼女を背に乗せた。
鯉伴は様々な大きさの水溜りを自由自在に作り出し移動する。地中や空中、彼は環境がどうであれ、いとも簡単に移動ができるのだ。
フタバを連れてトプン、と水中に潜った鯉伴。スーッと水溜りはなくなり、そこは元どおりの地面に変わった。


* * *


「ケホッ、ケホッ…!鯉伴様!せめて説明してから連れて行ってください!」
「一刻を争う今、そんな暇はない。見てみろ」
「え…」

30秒ほどの潜水で水浸しになってしまったフタバは服を絞りながら鯉伴が指す方を見る。
そこには探していたはずの綱手と自来也、そして大蛇丸が居た。それぞれが口寄せをしており、巨大な蛇、蛙、蛞蝓が三竦みになっている。
どうやら綱手は自来也の味方、大蛇丸を倒さんとしているらしい。
よく目を凝らすとナルトが倒れており、その側でシズネが必死に治療している。

「……力の正体はあやつらか」
「行かなきゃ…!」

彼らに気付かれない位置にいるフタバ達。自来也達の元に今にも駆け出していきそうな彼女を、鯉伴が制した。

「待て、お前が戦いの場に行ってどうなる。面倒だが、ここは小生に任せろ。お前はあのナルトとか言うガキに転移してやれ」
「…わかりました!」

頷いたフタバがナルトの元に行くのを見送った鯉伴はハァ、とめんどくさそうにため息をついた。


* * *


ナルトに転移をし終わる頃、事態は既に収束していた。
自来也達が呼び寄せたどの口寄せ生物よりも巨大化した鯉伴が、彼らの足元を水溜りに変えてみせたのだ。元より顔見知りであったのか、鯉伴をみた彼らは明らかに動揺していた。

「この争いは小生が一時預かる。嫌だと言うのならばこのまま溺れさせるまでだ」

鯉伴はそう言い、実際に足をとられてしまっている三匹は従うしかなかった。
圧倒的な力で敵も味方も関係なく黙らせた鯉伴に、フタバは少し身震いしたものだ。

なによりフタバが気になったのは、大蛇丸の口寄せした巨大蛇、マンダが放った

「長年沈黙を貫いていたお前が現れるとはな。今更足掻いてもどうにもならんぞ」

と言う言葉だ。
当の本人は意にも介していないようだったが、フタバはどうにも引っかかって仕方がない。


実際その言葉の真意が分かったのは、これから随分後のことだった―。


伝説の三忍、自来也、綱手、大蛇丸の戦いはひとまず終結。
しかし大蛇丸は傷付いた腕を治す方法は綱手を頼る以外にもあると意味ありげに笑い、元木ノ葉の忍で部下でもあるカブトと共に去って行った。

未だ目を覚まさないナルトの首元には綱手のあの首飾りが輝いている。

「(術、完成したんだね…)」

賭けに勝ったことを知ったフタバは彼の額に手を当て、優しく微笑んだ。


* * *


「五代目火影様ぁ!?」

ようやく復活したナルトは綱手が火影に就任すると聞き、驚嘆の声を上げた。

そう、綱手は木ノ葉に戻ることを決めたのだ。それも火影という最高の形で。
その決定にはナルトの頑張りも大いに関係があるのだろう。自分が合流するまでの間、命がけで戦ったであろうナルトの姿を想い、フタバは目頭が熱くなった。

「何だ不満そうだのォ…ナルト」
「だって三代目のじいちゃんと比べると…なんだかなあ。気性が荒くてワガママっぽくて…その上金にルーズで陰険でバカだし」

それからもつらつらと綱手の悪口を言うナルト。

「そ、そのへんにしたら…」
「表へ出なガキ!!!」

限界が来たのか綱手がイラつきを露わにしながらそう叫ぶ。
フタバは止めるのが遅すぎたと反省した。


表に出ると、綱手は再び人差し指一本でナルトの相手をしてやると言う。ガキにはこれ一本で十分だと。

「ガキガキってバカにすんなってばよ!今はこんなでも俺だっていつかは火影になる!!」


堂々としたそんな言葉を聞いた綱手は、微かに優しい顔をした。


「行くぞォ!」


気合いを入れて向かって来たナルトを、綱手はいとも簡単に人差し指で弾く。
またデコピンがくる!と身構えたナルトだったが、額には全く別の感触。

綱手は彼にそっとキスをし、

「いい男になりなよ!」

そして立派な火影にな

と、初めて見せた満面の笑みで告げた。


* * *


「フタバについて、話しておくことがある」

短冊街から発つ前、綱手は皆を集めてそう切り出した。

「フタバ、先日は悪かった。身体の具合は問題ないか?」

そういえば綱手のあの行動の謎を解いていなかった。
綱手がフタバの額に手をかざすと強い光が彼女の全身を包み、倒れてしまったあの出来事。

「はい、むしろスッキリしたような…。でも、一体なんだったんですか?」

彼女がそう尋ねると綱手はニヤリと笑い、変化の術をしてみせろと言う。

「え、でも私まだ…」
「そうだ!賭けに勝ったんだからフタバの呪い解いてくれってばよ!」
「いいから、まずはやってみるんだ」
「は、はい」

フタバは印を結び、変化したい相手を咄嗟に思い描く。
いつもならボンッと煙は出るまではいいが、フタバの姿のまま。

しかし、今回は違った。


「え…」
「え、ええええええ!?!?フタバがシカマルになったってばよー!!てことは、てことは…呪い解けたのかーー!?」


フタバは変化しようと思った人物、シカマルの姿に変化できていた。


「何も言わずに悪かったな。あの時、お前の呪いを解いておいたんだ。少し複雑な呪いだったから解くことで副作用的に倒れてしまったんだろう」


綱手はそれ以上言わなかったが、フタバの呪いを解いた時まだ大蛇丸との交渉をどうするか決めかねていたのだ。
フタバが邪魔してこないようにするためにも彼女を眠らせておく必要があった。
呪いを解くと副作用で倒れてしまうことはわかっていた。
目覚めた時せめて呪いから解放されているようにと、綱手はあの行動をとったのだ。

もし自分が木ノ葉を裏切る選択をしたとしても、この少女の苦しみはなくしてあげたいと…。

そんな優しさにフタバは気付いてはいなかったが、同じく邪魔をしてこないようにと薬を盛られた自来也はピンと来ていた。

「綱手、フタバには随分優しいもんだのォ」
「そりゃ、あんた相手にするよりはそうなるだろうよ」

フタバは首を傾げたが、自分を想っての行動であったことは理解できた。
彼女は深くお辞儀をし、心からの感謝の言葉を述べる。

「綱手様…私を救ってくれてありがとうございます」

そこまで言った時、フタバはようやく首から下げている大切な存在のことを思い出した。

「あ!!三代目様から綱手様に渡すよう託されていたこの御守り!」

フタバは両手で綱手に御守りを差し出す。
綱手にも中身の見当はつかない。恐らく手紙かなにかではあるのだろうが。

「これ、開けていいのか?」
「はい!中身を確認させろとだけおっしゃっていたんです」

皆が見守る中、綱手は小さな御守りの口を開けた。


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