▽13

フタバたちがサスケの病室に入ると、ベッドの傍にサクラが座っていた。

「フタバ、ナルト…」

そう呟いたサクラの目の下にはクマがあり、顔色も良くない。
目を覚まさないサスケを随分心配していたのだろう。サクラのことだ、毎日お見舞いをしていたに違いない。

綱手の話はガイからきいていたらしく、サクラがペコリと頭を下げる。
サスケを助けてください、そう懇願するサクラに綱手は任せときな!と力強く笑ってみせた。

綱手はサスケの元に歩み寄り、額に手を合わせた。
フタバはそれを見ながら、綱手が自分の呪いを解いてくれたときのことを思い出していた。あのときも、綱手は一瞬額に触れただけだった。

サスケはもう大丈夫

綱手から発せられたあたたかい光を見てフタバはそう確信した。
それはサクラも同じだったらしく、その頬には涙がつたっている。

そしてしばらくして、サスケは目を覚ました。

「サスケくん…」

まだ頭が働かないのか、ボーッとしているサスケにサクラが抱きついた。

普段ならそんな光景を黙って見ているはずのないナルト。
しかし気を利かせたのか、彼は黙ってその場から去って行った。

サスケが起きたら様子を見て転移をと思っていたフタバだったが、やはり彼女もまた口を出すことはしなかった。


* * *


「たかが二人の賊にやられるとはお前も人の子だねェ…天才だと思ってたけど」

サスケの病室を後にしたフタバと綱手はカカシの元に来ていた。
綱手による治療で目覚めたカカシはやはりボーッとしている。

「こんな奴のことより次は我が弟子リーをみてやってください!」
「わかったわかった、そう急かすんじゃないよ。フタバ、カカシのことよろしく頼む」
「は、はい!綱手様」

よほどリーのことが心配なのだろう。ガイは必死な顔をして綱手を連れ出て行った。フタバもリーが心配ではあったが、今はガイ達に任せるのが一番だろうと無理について行こうとはしなかった。

それよりもまずは、いまだ辛そうなカカシの看病をするのが先だ。

「カカシ先生、大丈夫ですか?」
「……んーー」

どうやら大丈夫ではないらしい。身体を起こし座ってはいるが目を閉じている。
あのカカシでさえこうなってしまうのだ。フタバはイタチの術の強力さに身震いした。

「ごめんね、フタバ」
「え…?」
「あのとき、俺はお前を守れなかった」

あのとき、それはおそらくイタチと鬼鮫2人と対峙したときの話だろう。
フタバが偶然彼らに出会ったとき、カカシはすでにイタチに術をかけられていた。それでもなお戦わんと立っていただけで奇跡だ。

「そんな、私が行かなければ先生たちはもっと戦えていたはずです。私のほうこそすみませんでした」
「あんな奴らを目の前にしてひるまなかったフタバには少し驚いたよ」
「怖くて仕方なかったです。でも、先生たちを救わなきゃって気持ちのほうが大きくて。ん?私が救う…?いやそれはちょっとおこがましかったですすみません!」

慌てて訂正するフタバをみてカカシが笑った。
少し楽になってきたのだろうか、顔色もさっきよりだいぶマシだ。

「フタバ、おいで」

カカシがちょいちょいと手招きをする。
フタバは頭にハテナを浮かべながらもうながされるままベッドに腰掛けた。

「フタバ、お前は強くなった。でも俺は怖いんだ」
「カカシ先生…?」
「イタチが言ってたでしょ?フタバ、君は暁に狙われている。理由はわからないけど、それは確かだ。あんな連中の手にお前が渡ったらと思うと…」

フタバの目を見ながらカカシがそう呟く。フタバも忘れていたわけではないが、暁に狙われているのだという現実をつきつけられ鼓動が早くなった。

「俺はナルトもフタバも暁なんかには渡さない。だが俺もお前たちを見ていられる限界がある。だからなによりも大切なのはまず、自衛することだ」
「自衛…」
「そ。いつまた奴らが来るかわからないけど、そのときはナルトもフタバも無茶をするなってこと。…とは言ってもきっとお前たちは聞かないんだろうね」

カカシは笑っているが真剣な顔をしている。フタバは申し訳なく思いながらも無茶をしないとは約束しきれないでいた。

「…私は、大切な人たちを守るためだったら自分のことは後回しにしてしまうかもしれません」
「……」

カカシは何も話さない。

「私は木ノ葉が、木ノ葉のみんなが大好きです。私のせいでまたみんなが危険にさらされるくらいなら私はこの里を…」

抜ける

しかしその言葉はカカシに遮られた。

「そこから先は話さないで」
「え…?」

ベッドに腰掛けうつむきながら話していたフタバは突然背中に温もりを感じた。
カカシが後ろから抱きしめてきたのだ。

「せ、先生…!?」
「フタバは勘違いしてるよ」
「…?」
「フタバがいなくなって喜ぶ人間がこの里のどこにいる?そうなったらみんな血相変えて君を探すよ。たとえ君がいなくなることで木ノ葉が狙われなくなったとしても、そこに幸せはない」

トクントクンとカカシの鼓動を感じるとともに、フタバの顔もどんどん熱くなっていく。

「す、すみませんカカシ先生!私が悪かったです!だからその、もう離してください…!」
「なんで?」
「なんでって…」

カカシはくつくつと笑い出した。ひとしきり笑ったあと、フタバはようやく解放された。


「フタバ、中忍試験を受けることになったときのこと覚えてる?」
「…カカシ先生が私に受験資格があるって教えてくれたことですか?」
「そう。そのとき俺言ったよね。俺がフタバを応援するときはハグするって」


フタバは記憶をたどる。
カカシはたしかに言っていた。それでは今のは単なる叱咤激励のハグだったというのか。


「なるほど、先生は里を抜けると言おうとした私を止め、この里でがんばれって伝えようとハグしたんですね!」
「ざんねーん、違います」
「ええ?じゃあ、さっきのは…?」

カカシがもう一度フタバの手を引きよせる。

「俺がただそうしたかっただけ」

今度は正面から、フタバは身動きもできずカカシに抱きしめられた。

「う、うわあああカカシ先生!なにしてるんですか!」
「んー…しばらく眠ってたからね。フタバ、久々に会えて嬉しいよ」
「答えになってません!」

わざわざ中忍試験のことを持ち出したにもかかわらず応援のハグではないというカカシにフタバは困惑するばかりだった。
からかわれているのはわかっている。悪夢を見続けようやく目の覚めたカカシが人肌を求めたくなるのもわかる。しかしなにも私じゃなくていいじゃないか。フタバはそう思えてならない。

「もう、カカシ先生!アスマ先生に言いつけますよ!」
「げ、それはやめて。面倒なことになりそうだから」
「だったら離れてください!」
「えー、ケチ」

諦めたのか、フタバを離すカカシ。どこか不満そうではある。

「先生はまだ目覚めたばかりで錯乱してるんです、きっと。チャクラの転移しますね」
「それなら抱きしめたままでもよかったじゃない」
「手を握るだけで十分です!」
「そんな怒らなくても…」

フタバは赤くなった顔を悟られないよう下を向きカカシの手を取った。
意識を集中させ、カカシにチャクラを転移させる。

「……あったかい」
「少しは楽になるはずですよ」
「ありがとうフタバ」
「どういたしまして、カカシ先生」

フタバは少しだけ微笑み、しばらくそのままカカシの手を握っていた。

「よし、もう大丈夫だと思います。私そろそろ行きますね」
「うん、ホントありがとう。また任務で会おう」
「はい!」
「ところで、このあとも任務があるの?」
「あ、いえ。シカマルに会おうかと」

カカシは一瞬黙り、そしてすぐニコリと笑った。

「羨ましいなあ」
「え…?」
「あ、いや。同期の奴らとも久々だろうしね。みんな心配してたはずだ。無事を伝えてやってくれ」
「はい!それじゃあカカシ先生、お大事に」


フタバは扉をあけて出て行った。
しばらく扉を見ていたカカシだったが、またゴロンとベッドに横になる。


『羨ましいなあ』


さっき不意に出た言葉がカカシの頭の中でグルグルと回る。
いやいやいやいや、羨ましい?なにが?
フタバと歳の近いシカマルたちが?フタバを好きになってもなにも問題がないシカマルたちが?
え、ていうか俺ってフタバのこと…?いやいや、さすがに問題あるでしょうよ。教え子だよ?

フタバが言っていた通り自分はまだ錯乱しているに違いない。
さっきのもただ彼女をからかった、それだけだ。

カカシはそう自分に言い聞かせ、静かに目を閉じた。


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