▽16

欠けた月に雲がかかった夜だった。

フタバは自分の部屋でもう寝ようと支度をしていた。

すると、誰かがコンっと窓を叩く。

「誰…?」

窓を開けると、そこにはサスケの姿があった。
背中には大きな荷物を背負っている。

「サスケ?どうしたのこんな夜中に」
「フタバ、大蛇丸に会いたくないか」
「…どういうこと」

サスケはフタバが大蛇丸を憎んでいることを知らないはずだ。
アビスマのことだって話していない。
そんな彼の口からどうして大蛇丸の名前が出るというのか。

「大蛇丸の部下だという奴らと接触した。その時お前のこともきいたんだ」

大蛇丸の部下とサスケが接触?
まさか大蛇丸はサスケの力を欲して…!

フタバの頭に嫌な予感が浮かぶ。

「サスケ、まさか里を抜けるなんて言わないよね?」
「…俺は力が必要なんだ」

それは、YESととらえられる答え。

「イタチさん、でしょ?本気で復讐を果たしたいのなら自分の力で…」
「綺麗事だ。俺はすがれるものにならなんだってすがる」


サスケが本気なのは伝わってきた。しかし何故自分のところに来たというのか。
里抜けするなら誰にも知られたくないはずだ。


「フタバ、俺と一緒に里を抜けよう」
「…!何言って…!」
「俺は大蛇丸に会って力をもらう。その時お前も力を分けてもらうといい。いずれ大蛇丸への復讐を手伝ってやる」
「私はそんな力いらない!」


フタバはギリっと唇を噛んだ。
里抜けを考えたことはある。しかしそれはあくまで里のためであり、自分のためではない。

カカシだって、そんなこと誰も望んじゃいないと止めてくれた。


「……お前がいればイタチへの復讐の役に立つと思ったんだが」
「私の能力はそんなことに使わない。サスケ、考え直して」
「…やはりお前は甘ちゃんだな」
「サスケ…!」

その瞬間、サスケはフタバを抱きしめた。
抗おうにも力が強くてどうしようもない。

「フタバ、俺はお前のことが羨ましかった。忍術が使えないくせに明るくて、他人の気遣いができて、誰よりも心が強かった」
「…強くなんて」
「俺は、そんなお前に惹かれてたんだ。里を抜けると決めた時、一番に浮かんだのはお前の顔だった」

気付けばフタバの目から涙が流れていた。
怒りに支配されていた心が、どうしようもない悲しみで覆われる。

そんな言葉、今聞きたくない。

「私は、サスケを…」
「ああ、お前にとって俺はただの友人の一人だろう。わかってたから今まで言えなかったんだ」
「サスケ、やだ、行かないで。そんなお別れみたいなこと…」

フタバを抱きしめる力がぐっと強くなる。

「好きだ、フタバ。俺はずっとお前を見ていた」

消えるような声でそう言ったサスケが、少しだけ笑った気がした。

「サスケ…!」

サスケはフタバを気絶させた。
布団にフタバを横たわらせ、その額に触れるだけのキスをする。

「じゃあな、フタバ」

答えることのないフタバの頬を撫で、サスケは月夜に消えていった。



その日の朝、サスケの里抜けが火影に伝えられた。
道端で倒れているのを特別上忍に発見されたサクラ。
彼女がサスケの里抜けを止められなかったと報告したのだ。


サクラの最後の記憶は、サスケのありがとうという言葉だった。


* * *


「昨夜遅くにうちはサスケが里を抜けた…ほぼ間違いなく音の里に向かっている」

サスケ奪還任務のため、綱手はシカマルを呼び出していた。
戸惑いを隠せない様子のシカマルは綱手に食ってかかる。

「抜けた!?どうして…!?」
「あの大蛇丸に誘われちゃってるからだよ!」

大蛇丸

フタバの事情を知っているシカマルはその憎い名前に反応する。

その大蛇丸に、サスケが…。


綱手はサスケを奪還するのは簡単なことではなく、恐らく大蛇丸の手の者と戦うことになると説明した。
しかも今里の上忍たちはほとんど里の外で任務についており、小隊は下忍で構成するしかない。

シカマルはハァっとため息をつき、状況を整理した。

「めんどくせー…けど知ってる奴のことだけに放っとけねーしな。ま、なるよーになるっスよ」

下忍だけの編成ということはフタバを連れていくことはできない。
そもそも、大蛇丸に関係することに連れていくのは危険だ。

シカマルがそう考えているのに気付いたのか、綱手はからかうように笑った。

「お前はいつもフタバのことを考えているようだな」
「…心読めるんスか」
「女の勘だよ。…さて、一人私の推薦したい奴がいるんだが」


綱手はサスケをライバル視しているナルトの名を告げた。


* * *


「綱手様!サスケが里を…!」
「…なんだフタバ。その件はもう知っているぞ」

朝になり目を覚ましたフタバは慌てて綱手の元を訪れた。
しかし、綱手の言う通りその情報はすでに伝わっている。


フタバはそれならば話は早いと綱手に提案する。

「だったらサスケを連れ帰さなければ!」
「ああ。シカマルに任務を言い渡したところだ。メンバーを集め終わった頃だろう」

フタバは自分の知らないところで色んなことが進んでいたのだと知り、自分の無力さを悔やんだ。


「綱手様、私も…!」
「ダメだ」
「どうして!」
「お前は特別上忍だと任命しただろう。里に戻った忍を回復させるという重要な任務がある。今の里にはお前の力が必要だ。今すぐ自分の任務に取り掛かってもらうぞ」

綱手が言っていることは正しい。
たしかに忍が不足している今の里にはフタバのチャクラ回復の術が欠かせないだろう。

フタバは行きたい気持ちをおさえこみ、何かを決意した顔をした。

「わかりました、私が行くのは諦めます。でもシカマルたちに会いに行く時間をください!おそらく、大変な任務になるから…」

綱手はやれやれと頭を振る。

「ああ。そのくらいいいだろう。なるべく早く戻ってこい」
「ありがとうございます!」

綱手は火影室を出て行くフタバを見ながら、行かせてやれないことを心の中で詫びる。

綱手は窓から空を見上げ、まだ幼い下忍たちの無事を祈った。


* * *


「シカマル!」

フタバがシカマルたちを見つけた時、ちょうど彼らは里を出ようとしていた。
作戦会議も済んだのだろう。

「フタバ〜!俺のこと応援しにきてくれたのか!」

キバがフタバの元に駆け寄る。
張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
シカマルはすこし面白くなさそうな顔をしている。


「キバも行くんだね!チョウジ、ナルト、ネジさん、シカマル…うん!このメンバーなら大丈夫!」
「フタバ、俺が1番活躍してくるからな!」
「あはは、キバ期待してるからね!」


フタバはキバの背中をポンっと叩いた。

「リーさんがネジさんを連れてきてくれたんですか?百人力です!」
「百人力か、期待されているな」
「ネジさんの強さは十分知っていますから」

フタバがネジを見て微笑む。

「ええ、ネジの実力はたしかです!…でも、本当はボクも…」
「リーさんは今は体を休めることが大切です。私と一緒に里で待ってましょう!」
「フタバさん…」


悔しそうにしていたリーを励ましながら、フタバはシカマルたちのほうを見た。
その表情で、シカマルはフタバの気持ちを察したようだ。


「…連れてってやれなくて悪りぃな」
「ううん。シカマル、隊長として頑張ってね。必ず無事で帰ってきて」
「…ああ」
「待って!」

そう声をあげたのは、サクラだった。

昨日の夜、最後にサスケの姿を見たのはサクラだ。

サスケがフタバの家を出た後、サクラはサスケに接触していた。

しかし、サクラでもサスケを止めきれなかった。

そんな自分が許せないのだろう、サクラは泣きながらナルトに懇願する。

「ナルト…私の一生のお願い…サスケくんを…サスケくんを連れ戻して…」

ナルトは複雑そうにしながらも、ニコリと笑顔を見せた。

「サスケはぜってー俺が連れて帰る!一生の約束だってばよ!」

ナルトはグッと親指を立ててそう言った。
フタバまで泣きそうになったが、1番辛いのはサクラだとその涙をこらえる。


いよいよ、出発の時だ。

「本当に、気をつけて」
「ああ。フタバ、安心して待ってろ。…少しばかり時間をロスしちまった。急ぐぞ」

シカマルたちはサスケ奪還のため里を後にする。
その背中は少年だとは思えないほどたくましく、そして大きく見えた。


「…ナルトくんがナイスガイなポーズで言ったんです。もう大丈夫ですよ。きっと…きっとうまくいきます!」

リーは微笑みながらサクラを励ます。

「…サクラ、リーさんの言う通りだよ。信じて待とう」
「…ありがとう。リーさん、フタバ」

サクラの肩を抱きながら、フタバは複雑な気持ちだった。

サクラに待とうと言いはしたが、そうするしかない自分が歯がゆい。


「(サスケ…)」


フタバは昨日ほんの少しだけ微笑んだ彼の姿を思い浮かべた。


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