▽17

シカマルたちを見送った次の日、フタバは再び綱手の元を訪れていた。
急いで来るようにとの一報が入ったのだ。

チャクラ回復の任務に取り掛からせるためではあるだろうが、わざわざ一報をいれるものだろうか?

フタバは不思議に思いながらも火影室の扉を叩いた。

「入れ」
「失礼します」


綱手はコツコツと指で机を叩いている。落ち着かないようだ。

「綱手様、チャクラ回復はどこで行えばいいですか?」
「ん?ああ、それはきちんとした部屋を設けるつもりだが、呼んだのはそれが目的ではない」
「?」

綱手はフタバを机の前まで手招きで呼び寄せる。

「フタバ、今回の任務はやはりシカマルたちだけでは心許ない。そこで助っ人を呼ぼうと思ってな」
「助っ人…それは大賛成ですが、今里の忍は足りていないのでは…」
「ああ、"木ノ葉"には足りていないな」

フタバは一瞬首を傾げ、そしてハッと思いついた。

「他の里に応援を求めるんですね!」
「そうだ。フタバを呼んだということは、どこかわかるな?」
「砂の…」

フタバはあの3人のことを思い出していた。
テマリ、カンクロウ、そして、我愛羅…。

「綱手様、私が砂の3人と親しかったことをご存知で?」
「中忍試験の時の話を聞いてな。砂の3人なら戦闘力も申し分ない。シカマルやナルトたちの助けになるだろう」

綱手が言うことは確かにそうだ。
しかしあの事件以来3人とは会っていない。どんな顔をすればいいのかフタバにはわからなかった。

「大丈夫だ」
「え?」
「フタバは砂の奴らを友人と思っているんだろ?あの一件は大蛇丸によって仕組まれたこと。砂の奴らも利用されていただけに過ぎない。フタバはなにも気にせず、久々に友人に会えると喜んでいればいいんだ」

フタバは思いがけない綱手の言葉に嬉しくなった。
そう、その通りだ。自分は友人に会うだけなのだ。

「はい!綱手様、ありがとうございます」
「礼を言われるとは思っていなかったな。さて、そうと決まればさっそく彼らを呼ぼう。手紙を書いておいたから、フタバが届けてくれ」
「砂へはだいぶ距離がありますが、どうするんですか?」
「フタバ、お前あのデカい鯉を口寄せしていたよな」

綱手はニヤリと笑ってみせた。


* * *


「断る」

呼び出された鯉伴(りはん)はフタバの説明を聞くなりそう即答した。

「相変わらず気難しい性格してるねえ。あんたならチョチョイのチョイだろうに」

綱手は鯉伴のことを知っているのか、まるで対等に話をしている。

「…ああ、初代火影の孫か。相変わらず品のないことよ」
「あ?なんだコラ魚」
「つ、綱手様!落ち着いて!」

フタバは綱手をなだめる。こんなことで無駄に時間を消費している場合ではない。
フタバはある目的があって鯉伴を呼び出したのだから。


綱手の作戦はこうだった。

鯉伴は空中や地中、あらゆるところを自由に泳ぎ回ることができる。
綱手、自来也、大蛇丸の三竦みを止めに入った時もフタバを背に乗せた鯉伴が地中を潜ったことで素早い移動が可能であった。

その力を使い、砂の忍を呼び寄せようというものだ。

「たしかに小生の力を使えば砂隠れの里まで一瞬だ。しかし急に呼び出されて無礼な態度を取られたのでは小生とて頷くわけにはいくまい」

鯉伴はそう言って今にも何処かへ行ってしまいそうである。

「鯉伴様」

フタバは鯉伴の正面に立ち、真っ直ぐにその目を見つめた。

「今、私の大切な人たちが命をかけて懸命に戦っています。しかし私は何もできずここにいる。自分の無力さが悔しくてたまりません」

鯉伴はジロリとフタバのほうを見る。

「でも、鯉伴様がお力を貸してくだされば私は無力ではなくなります。どうか、この願いを叶えてください」

鯉伴はめんどくさそうにため息をつき、ちゃぽんと地中に潜っていった。

ダメだった…とフタバが肩を落とした瞬間、綱手がフタバの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。

「フタバ、あの捻くれ魚は協力してくれるみたいだぞ」
「え?」

フタバが顔を上げると、いつも以上に大きくなった鯉伴が目に入る。


「鯉伴様…」
「今回は地中からではなく空を伝って砂隠れまで行く」
「あ、ありがとうございます!」
「小童、お前はやはりアビスマの人間だ。だから小生も従う。それだけだ」
「?」

フタバは首を傾げながらも嬉しそうに笑った。

さて問題はどのようにして鯉伴に振り落とされないようにするか、だ。
前回鯉伴に乗った時はがむしゃらにしがみついていただけだったが、あとから鱗が傷付いたと鯉伴に叱られてしまった。


何かつかまっておくものがあればいいのだが…。


そんなフタバの困惑に気付いたのか、鯉伴はフンっと鼻を鳴らした。

「小生に不可能なことはない。小童1人乗せるくらい容易いことだ」

鯉伴がフーッと口から泡を吐く。
人1人優に入りそうな大きなシャボン玉のような泡。

「この中でなら水中だろうが地中だろうが空中だろうが息ができる。そして小生の鱗にピタリとくっつき離れない。安心してこの中にいるがいい」
「そんな便利な泡があるのなら何故前回出してくれなかったのですか!」
「移動距離も短かかったし必要ないと判断した。それにあれくらいで振り落とされるようならそれまでだ。小生の主人としてはふさわしくない。たまたま生き残れてよかったな」
「な、なんて言い草…」
「はいはい、フタバと鯉伴が仲良いのはよくわかった。事態は一刻を争う。さっそく砂隠れまで行ってきてくれ」

綱手はフタバの手に手紙を握らせ、そしてぎゅっと抱きしめた。

「よろしく頼む」
「任せてください!」

鯉伴は急かすこともなく、その様子をじっと見つめていた。


* * *


「うう…酔った…」
「情けない。コトノハ様はどれだけの時間小生の背にいようが平然としておられたぞ」


コトノハ、それはフタバの先祖にあたる女性の名。
アビスマの人間で、鯉伴と契約した張本人だ。

鯉伴はコトノハのことをかなり信頼しているようで、何度もコトノハと比べてはフタバを馬鹿にしてきた。

「それほどまでにコトノハ様とはすごい人だったのですね」
「すごいなんてものではない。あの方は…」


話が長くなりそうな鯉伴を横目に、フタバは高い門を見上げた。

十分と経たないうちに、本当に砂隠れの里にたどり着いたのだ。


「鯉伴様、私行ってきます」
「…帰りは人数が増えるのか。面倒だが待っておいてやる。さっさと戻ってくるのだぞ」
「はい!」


フタバは砂隠れの門をくぐる。

皆元気にしているだろうか。

ほんの少しの不安と、また会える喜びを胸に、フタバは我愛羅達の元へと向かった。


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