第4章 吾亦紅‐ワレモコウ-
「我愛羅、どう?甘さ控えめなものを選んだつもりなんだけど……」
サスケ奪還の任務に出たメンバーが木ノ葉に帰ってきてから数日後。
全員の見舞いを済ませたフタバは、テマリ、カンクロウ、我愛羅と共に甘栗甘を訪れていた。
「ああ、美味しいよ」
「よかった!」
「我愛羅が甘味を食うなんて……しかもうまいって……今日は記念すべき日じゃん」
我愛羅は昔から甘いもの……特に羊羹が苦手だったはず。
しかし今、目の前で栗羊羹を食べている。
普段なら絶対口にしない食べ物だ。
フタバはそんなこと知らないから100%善意でこのメニューを選んだのだろうが、我愛羅は無理しているのかもしれない。
弟の顔を恐る恐る覗き込んだカンクロウは、あまりの驚きで後ろに倒れ込んでしまいそうだった。
我愛羅が、わずかではあるが、微笑んでいたのだ。
「テ、テマリ!」
「ああ、私にも見えているからこれは夢じゃないよ」
我愛羅に聞かれては不機嫌になるに決まっている。
テマリとカンクロウは声をひそめて囁き合った。
実際のところ我愛羅には聴こえていたようだが、姉兄をとがめるつもりもないようだ。
「……ここはいい場所だな」
甘味処は木ノ葉の人々で溢れかえっており、我愛羅にとってこのざわざわとした喧騒が今は心地良い。
少し前なら、そんな感情を抱くなんてあり得なかったことだ。
そんな我愛羅の変化を知ってか知らずか、今まで笑っていたフタバが突然真剣な顔になった。
「ね、我愛羅。それにテマリさん、カンクロウさんも。本当に、私の友人たちを救ってくださってありがとうございました」
ピシッと姿勢を正して頭を下げたフタバを前に、他の3人も釣られて背筋を伸ばす。
「私、任務に同行することもできなくて。それでも皆さんをお迎えに行けたことが、誇りなんです。木ノ葉の大切な友人たちの救世主になってくれた、砂の里の大切な友人達。本当に私は……」
フタバはそれ以上言葉が出てこない様子だった。
感極まっていることはわかる。油断すると瞳から涙が溢れ出してしまいそうだ。
フタバはきっと、本気で誇りに思っているのだろう。
そして同じくらい、悔しかったのだろう。
誰よりも、自分自身で仲間を助けたかったはずなのだ。
しかしフタバにはそんな力がないことも、彼女が1番理解している。
リーやナルトを助けた我愛羅、キバを助けたカンクロウ、シカマルを助けたテマリ、全員の強さがフタバには羨ましく、そして眩しかった。
「フタバ」
「どうしたの?我愛羅」
「強くなりたいなら、努力すればいい。俺たちだってそうしてきた。お前は特別上忍になったんだろう?ならば、己の力の使い方くらいわかるようになるはずだ」
思いがけない言葉に、フタバは目を丸くする。
「そもそもフタバはいつも力不足だと嘆いているようだが、あまりにも傲慢な考え方だな」
このままではまずいと思ったのかカンクロウが口を挟む。
「が、我愛羅それくらいに……!」
「カンクロウ、大丈夫だよ」
しかしそれはすぐに姉によって止められた。
「でも、このままだと我愛羅のやつ、フタバの事傷付けることに……」
「いいから、黙って我愛羅の話を聞こう」
カンクロウは渋々と言った様子で口をつぐんだ。
フタバも反論しようとはせず、じっと我愛羅の目を見つめている。
「俺たちはまだ子どもと言える年齢だ。俺はともかく……フタバ、お前の周りには頼りになる大人がいくらでもいるだろう。
強くなりたいのなら、修行をつけてもらえるよう頼み込め。
術を磨きたいのなら、大人たちの動きを見て参考にしろ。
これからいくらでも強くなる手立てはある。嘆くのは精一杯努力してもどうにもならなかった時だけだ」
「我愛羅……」
我愛羅はフタバの目を真っ直ぐ見つめ返し、そう言い切った。
カンクロウは、我愛羅の発言を遮ろうとしたことをすぐに恥じた。
フタバのことを考え、そして信頼しているからこその言葉だったと伝わってきたから。
そしてこの時の我愛羅は、木ノ葉くずしの際にフタバに言われたことを思い出していた。
『私があなたの生きる意味になる』
今はまだ方法はわからないけど、と自信なさげな発言だったが、我愛羅の心の深いところに刺さった言葉だ。
そして気づいた。
フタバはすでに、自分の生きる意味になっているのではないかと。
「……フ」
「え!?今我愛羅笑った!?」
「笑ってない」
「あれ?おかしいな……」
「いやフタバ、我愛羅は笑ったぞ」
「テマリさん、やっぱりそうですよね!?嬉しい、私我愛羅の笑顔初めて見た気がします」
キラキラと目を輝かせて喜んでいるフタバと同様、カンクロウとテマリも喜んでいた。
我愛羅の穏やかな顔を見たのなんて、何年振りのことだろう。
「我愛羅、ありがとね。私もっともーっと努力してみる!そして強くなって、どんな任務にも胸を張って参加できるようになる!」
「ああ」
「っていうかフタバ、口寄せできるようになってたし。忍術も使えるようになったって聞いたじゃん。十分進化してるって」
「カンクロウさんは優しいなあ、ありがとうございます!」
木ノ葉崩しで生じた溝は、4人の間にはもうない。
それどころか中忍試験の時にできた絆がより強固なものになったようだ。
「ところでフタバ、私甘味おかわりしたいんだけどおすすめを教えてくれるか?」
「もちろんですテマリさん!」
甘栗甘には、しばらくの間楽しそうな声が響き渡っていた。
* * *
夕方、フタバと別れた砂の3人は、木ノ葉滞在の間寝泊まりをするための宿に戻っていた。
火影のはからいで1人ずつ個室が与えられたが、なぜか今、テマリの部屋に我愛羅が居座っている。
おしゃべりなところのあるカンクロウならともかく、なぜ我愛羅が?
不思議に思ったテマリだったが、あえてつっこむことはしなかった。
「(……にしても、居心地悪いな)」
我愛羅はただ座っているだけでジッとしている。
一体なんだというのか。
「あー……カンクロウはもう自分の部屋で寝ているのかもしれないね。私たちもそろそろ休まない?」
耐えかねたテマリがそう言うと我愛羅は一瞬反応したが、また黙り込む。
そして本当にほんの少しだけ照れた様子で、こう言った。
「テマリ」
「なに?」
「あ、愛とは、なんだろうか」
「へ?」
アイトハナンダロウカ?
テマリは我愛羅の言葉を何度も何度も頭の中で再生した。
今、愛って言った?
「あ、ああああ愛!?えっと、愛とは……我愛羅、あんたの額に刻んである文字のことだよね!?」
「……そうだ」
そうだじゃないよ!!!
テマリは今すぐに叫んでしまいたかったが、我愛羅だって悩んだ末に尋ねてきたのだ。
馬鹿にしたり冷やかしたりすることは許されない。
テマリが答えに迷っていることを察したのか、我愛羅はポツリと話し始める。
「俺はこの文字を刻んだ時、己だけを愛すと誓った。しかし……」
テマリは自分の頬が赤くなっていくのを感じながら、思い切って質問してみた。
「我愛羅、もしかしてフタバに、その、感じたの?」
「……!」
我愛羅は途端に体を硬直させ、何も言わなくなってしまった。
今のテマリの言葉でとうとう自覚してしまったのだろうか。
フタバへの、愛を。
「……そうか、やはり俺は」
「我愛羅?」
「テマリ、俺はフタバが強くなりたいと言うのなら、いくらでも協力したい。この気持ちが愛なんだな?」
テマリはすぐに頷くことはできなかった。まだ自分も愛というものを理解していないから。
しかしあんなにも暗く辛そうな顔をしていた我愛羅が、今は瞳に光を纏っている。
その事実こそが、質問への答えのようなものだ。
「我愛羅、あんた今、すっごく良い顔してるよ」
愛を知った弟を前にして、テマリは満面の笑みでそう告げた。