「隣の席の特権」
いつものように朝練を終え、皆が部室から出てくるのを待つ。
なぜなら、待っておかないと後々面倒だから。
「みお、今日はブン太待ちかな?仁王待ちかな?」
「精市、毎日毎日意地悪な質問するのはやめてほしい」
「ごめん、あまりにも面白すぎて」
こいつ…!そもそもお前のせいでこうなったというのに…!
「…いつものように、ブン太も仁王もどっちのことも待ってるよ。2人とも同じクラスなんて、運が悪いにもほどがある」
「それは心外じゃな」
「あ、仁王。ブン太まだ?はやくしてほしい。4月の朝は冷える」
「おーおまたせー」
「ほんとに遅い。じゃあ行こうか」
朝練終了後、この3人が一緒に教室に向かうのはもはやお決まりの光景となっている。
もちろん、みおをはさむかたちで並んでいる。
3人の後ろ姿を見送りながら、他の部員が話し出した。
「…あいつも嫌々ながらではあるが毎日良く待つものだな」
「柳先輩知らないんスか?一度みお先輩だけで教室行った時、あの2人ずーっとみお先輩に付きまとって毎日一緒に来るようにって説得してたらしいっす…お気の毒に」
「うわっあの2人めんどくさっ」
「そう思うなら精市、お前がなんとかしてやったらどうだ?」
「やだよ。それこそめんどくさい。まあ、あの2人ならみおを傷つけたりはしないだろうし。本人の意向に任せるよ」
* * *
「まったく、この学校には私のくつろげる場所なんてないみたいね」
「俺にとってはここは天国ぜよ」
「はいはい、ありがとうございます」
教室に着いて席に着く。席に着いたところで、安心はできない。
なぜならこの男、仁王雅治が隣の席だから。
せっかく一番後ろの端の席だというのに、これじゃあまったく意味がない。
いつものことながら、ブン太からの視線が痛いし。
「ブンちゃんはいつもみおと登校しとるきぃ、これでおたがいさまじゃ」
そんなブン太の様子を見て、おかしそうに笑う。やめろ、相手を刺激するな。
仁王と丸井の睨み合いは、始業のベルによって終了した。
1時限目、現国の教師が教室に入ってくる。
みおは使用する教材を準備し、授業に備えた。
「みお。みおーみおちゃーん」
「…なに。うるさい」
「教科書忘れちゃったナリ。一緒に見てもええ?」
「……」
嘘か本当かなんてこの男相手にわかるわけない。私は諦めて見せることにした。
「いいよ。じゃ、机くっつけようか」
「さんきゅ」
がたがたとわざと音を立てて近付いてくる。あああブン太こっちみてるから、あとからめんどくさいくらい甘えてくるからこんなことしたら。やめろ、だから挑発しないで。
「ニヤニヤしないで仁王」
「みおの近くにいられるのに喜ぶなとは無理難題じゃ」
「教科書みせないよ」
「すまんすまん、冗談ぜよ。じゃ、真面目に授業受けるとするかのう」
…仁王は意外と真面目な一面もある。2年のころはよくサボったりしていたらしいけど、3年になった今はきちんと授業に出ている。柳生は私のおかげだとか言うけれど、特に私がなにしたってわけでもないから、いまいちよくわからない。
でもまあ、悪いことじゃないからいいか。
とりあえず仁王も静かになったし、私も集中しよう。
トントン
しばらく授業を受けていると、ノートの端を軽く叩く音がした。
仁王の方を向くと、片肘を机につきふんわりと微笑んでいた。
―――なんだろう。
そう思っていると、仁王が口パクで何か言い出した。でも、なんて言っているか良くわからない。
私は人差し指を立てて、(もう一回)というジェスチャーをした。
すると仁王はフッと笑って顔を近づけてくる。私の耳元で、今度はハッキリと声に出して言った。
「今日も大好きじゃ」
聞き慣れたセリフなのに、嫌に体が熱くなった。鼓動もはやくなる。
この男は、ずるい。
いつもと違う自分を悟られないよう軽く仁王を小突き、再び視線を黒板に戻す。
得意なはずの授業がまったく頭に入ってこない。
今回ばかりは、仁王の作戦勝ちだ。
『隣の席の特権』
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