二日目 後編(未完)
二人は宮殿前通りを並んで歩いていた。
折角宮殿の近くに来たのだから、中に入れなくとも外観位は見ていこうとアルベルが提案したのだ。
全くといっていいほど人通りが少なく、広場と比べると天と地程の差があった。
アルベルはユユの方に少しばかり視線をやる。
ユユは先程から上機嫌で歩いている。ニコニコという表現がピッタリ当てはまる程の笑顔だった。
「あ、門が見えてきましたよ。アルベルくん」そう言ってユユは走り出した。
その上機嫌の訳がアルベルには判らないから少し不気味だ。
何か嬉しい事でもあったのか、と聞いてみたのだが、満面の笑顔で「教えません」と語尾に音符の記号が付くような調子で言われてしまい、それ以上聞く事が出来なかった。
「アルベルくん早く早くー」とユユは門の前で手を振っている。
まあ、昨夜みたいに落ち込んだ表情よりは全然ましだし、見ているこっちも気分は良くなってくるので、その事についてはそれ以上考えない事にした。
アルベルは少し早足で歩きながら、意味も無くポケットに手を入れた。
そこで異変に気付いた。懐中時計が無い。
ユユの元に着いた所で再びポケットの中を探る。やはりない。ポケットに穴が空いている様子は無いので、何処かに置き忘れてきたらしい。
どうしたんですか、とユユが聞いてきたので時計がない、と答え、置き忘れてきた場所かを記憶から探り出す。
幸い直ぐに思い出す事が出来た。先程食事をしたテーブルの上だ。
「ごめん、ちょっと忘れてきたから取りに戻っていい?」
「いいですよ。じゃあ一緒に行きましょう」
「大丈夫だよ一人で。直ぐに戻ってくるからちょっと待ってて」とアルベルは駆け足で来た道を戻っていった。
「あ・・・」引き止める暇も無かった。
残されたユユは少しの間何をするでもなく立ち尽くしていたが、暇なので戻ってくる間宮殿を見る事にした。
門は横幅が広場の噴水程あり、高さがユユの3倍はあった。
当たり前のことだが門は硬く閉じられている。
門の内側には小さい小屋があり、そこには門番が控えている様だった。
門番に見つかり疑われるのも嫌なので門には余り近づかないようにして、門の横から広がっている柵の周りをうろつく事にする。
彼女の顔辺りまでは塀があり、そこから上は柵になっている。
「よいしょ」と塀の淵に手を掛け、爪先立ちになって背伸びをし、そこから宮殿の中を見る。
手入れされた木が等間隔に並び、奥まで見渡す事ができた。
奥のほうにはバラ園だろうか、赤い花が何かの図形を形作り(それが何かは良く分からなかった)咲いている。
「あれ」そのバラ園に誰かいる様だ。ユユは目を凝らして判別しようとする。
ロングスカートを履いていることから女性のようだ。でもそれ以上は判らなかった。
でもお供みたいな人が回りにいることから皇女さまなのかな、と考える。
しばらくその人が花を摘んでいるのを眺めていたが、
「おい」と肩に手を掛けられる。
「え?」と振り返る。
「そこで何してるんだ」ユユに声を掛けたのはー
アルベルが門の前に戻ってきた時、そこにユユはいなかった。
周りを見回す。
門の横の柵あたりにもユユの姿は見えなかった。
まさか中に入ったのか、と思い門に近づき、中をのぞく。
その、まさかだった。ユユは奥の方に向かって歩いて、いや引っ張られている。
横には警備兵だろうか、大柄な男がユユの腕を掴んで、ユユを連れて行っている。
まずい事になったな、と小さな声で呟く。
「あれ、君何してるの」不意に横から声を掛けられる。
そちらを向くと、一人の男が立っていた。おそらく警備兵だろう、軍服と思われる服を着て、腰には剣が刺さった柄を下げている。
「もしかしてアルベルくん?」と自分の名前を確かめるように
何故、この人は俺の名前を知っているのかといぶかしむ。
「さっきまで此処にいた子がアルベルくんってしきりに言っていたからさ、君がそうなのかなって」彼はアルベルの疑問を解く様に答える。
「その子は何故中に連れてかれたんですか」とアルベルは訪ねる。
「いや、まあ運が悪かっただけなんだけど」最初に前置きをして、彼は話し始める。
「彼女が柵の所から中を見ていて、俺もそれに気付いたんだけどさ、別に違反でもないし、唯の好奇心で中を覗いてる様だからほっといたんだよ。どうせ少ししたら飽きるだろうしってね。そしたらさ、たまたま俺らの隊長が来ちゃって」と警備兵は続ける。
「その隊長結構神経質でさあ、小さな違反も見逃さないタイプなんだよね。だからさ「あれはなんだ」とかいってその子を捕まえたのよ」はあ、とため息を吐く。
「 隊長見た目が厳ついからさ「何故、覗いてたんだ」って聞いてもその子怖がっちゃって答えられなかったの。だから隊長が更に怪しいと思って城の中に連れていったんだ。あ、最後にあの子「アルベルくんが来るまで待ってください」って必死に叫んでたな。まあ融通の利かない隊長だからその話も聞かず引っ張っていったけどな」全く、あんな人が隊長だとやってらんないよと、言葉とは裏腹に苦笑しながら彼は言った。
事情は大体わかったが、彼女はこれからどうなるのだろう。
その事を訪ねると彼は「大丈夫だと思うよ。今日は皇女様しかいないし、罰とかは受けないと思うけど」
「その皇女ってのが罰をきめるの」
「うん、いつもは王様かその后様なんだけどね、今日はどちらも留守だから多分、皇女様が決めるんだと思う」
「ふうん。中に入れて貰える事は出来るのか?」とアルベルは無理と分かりながら訪ねてみる。
「それはちょっと無理だな、と言うとこだけど」と彼は否定
「隊長みたいに中を覗いていたって理由で俺が君を連れて行けばいいんだけど、多分彼女とすれ違いになるかも。どうせ直ぐ戻ってくると思うから此処で待っていれば」と兵士は提案する。
少し考え、アルベルはその言葉に従う事にする。
もし、コートと杖を持って来ていたのなら他に選択肢が出来たのだが、生憎持っていないのでこうするより他に道は無かった。
ユユ2
ユユは宮殿の中に連れてこられていた。
どうやら王座の間とか言う所で大理石の床の上に赤いカーペットが引かれその中央にユユは座らされていた。ユユの向いている方には王が座る王座があり、横に后と皇女が座る席があった。
両手は前で縛られていて(始めはユユを捕まえた隊長に腰の後ろで縛られていたのだが、みかねた使用人が前にしてくれていた)正座をさせられていた。
ユユは足の痺れにより(かれこれ20分ほど座らされている)気分が滅入って、泣きべそを掻いていた。
「ザラム隊長、せめて椅子に座らせてあげれば」と使用人が言ったのだが、
「ダメだ、罪人なのだからこうするのが相応しい」と譲らない。
まだ決まった訳ではないでしょう、と再び召使が言うがそれには耳を貸さなかった。
「皇女様は今何処にいらっしゃるのだ」ザラムが言う。
「たしか散歩を」
「探してくるからそいつを見ていろ。逃げようとしたら斬っても構わんからな」と言い残し出て行った。後にはユユとメイドが残された。
「まったく、今度は何の厄介事を持ち込んできたのよ、ザラムは」ザラムが出て行くのと同時に違うドアから一人の少女が入って来た。
「あ、皇女様」メイドの一人が言う。
「この子?今日の冤罪人は。なにしたの」皇女は言う。
メイドから事情を聞き理解した皇女はユユの前まで歩き地面に正座する。
それまでずっと周りの話も耳に入らず俯いていたユユだったが、皇女の存在に気付き、顔を上げる。
「ごめんね。勝手にこんなとこまで連れて来ちゃって」自分が悪いわけでは無いのだが、皇女は代わりに謝る。
「ふぇ?」ユユは戸惑った。なにしろ、宮殿を覗いていたら突然捕まり、縛られ正座させられ、そして突然謝られたのだ。戸惑うのも無理は無いだろう。
眼の前にいる少女は美しい、という表現を使ってしまったらその他全ての物が醜いという事になってしまう程、美しかった。
顔の左右全てにおいて線対照に均等性が保たれている。
世界中の女性が幾ら化粧をしたとしても彼女には到底追い付けない、そんな気を起こさせる。
ユユが暫く見とれていると「泣いているのね」と皇女は懐からハンカチを取り出し、ユユの頬に伝う涙を優しく拭いてあげる。
「大丈夫?何処か痛いところ無い?」と皇女はユユの手首に縛られている縄を解きながら言う。
「あ、足がちょっと」にユユは言う。
「ああ、痺れているの」と肩を貸してユユを立たせ、奥の席に座らせる。
「あの、皇女様、流石にその席はまずいんじゃ・・・」とメイドは言う。ユユが座った席は、普段は王が座るべき玉座だった。
「別に良いじゃないの。お父様は留守なんだし、後で貴方達が言わなければ」
「それはそうですが、隊長が戻ってきたら」
「貴様何してる!」噂をすれば影、親衛隊隊長ザラムが戻って来ていた。
「あ、ご、ごめんなさい」ユユは驚き、反射的に立ち上がってしまう。が、痺れは直っておらず、バランスを崩し倒れこむようにして再び玉座に座ってしまう。
故意では無い行為なのだがザラムは侮辱と受け取った様で、剣を抜き、素早く玉座へ向かって走り出す。
射程内に入ったら直ぐに斬るつもりなのか、走りながら剣を構え始めた。
ユユは座った拍子に背もたれに頭をぶつけてしまい、後頭部を押さえ、前のめりに蹲っていた。自分が切りかかられている事には微塵も気付かない。
このままでは剣が振り下ろされる、と思ったメイドは凄惨な光景は見たくないと一様に目を瞑る。
が、剣は振り下ろされない。
「やめなさい!」皇女が二人の間に入り、ザラムと向き合う。
振り下ろそうとしていたザラムは慌てて剣を止める。
パン、と乾いた音が響く。
皇女がザラムの頬を打った音、では無い。
皇女は剣の前で手を合わせていた。
「・・・え?」ザラムはその行為の意味が分からず戸惑う。
「なあんだ、止めちゃったのね。真剣白刃取り、したかったのに」残念そうな表情で皇女が言う。
ザラムは少しの間唖然としていたが、皇女に斬りかかったという事の重大さに気付き「申し訳ありません!」と剣を放り出し、その場で土下座をする。
「うん、それは別に良いんだけど」とまるで他人事のように流し、「それよりこの子に謝りなさいよ」
「ですがそやつは・・・」
「いいから謝りなさいよ。私に斬りかかった事、言いふらすわよ」
「申し訳ありませんでした!」命には代えられなかったのか、ザラムは即座に謝る。
「ほら、彼もこう言っている事だし、許してあげて」とユユに言う。
「え?あ、はい」ユユはずっと頭を押さえていて会話を聞いて無かったのだが、空気を読んでそう答えた。
「じゃ、行きましょ」と彼女はユユの手を取り、そう言う。
そのままユユを引きずる様にして部屋の外へ連れて行ってしまった。
「はあ・・・まったく皇女様にはおどろかされる」とザラムは溜息を吐く「。
「そうですね」とメイドは同意し、「あれ、追いかけなくていいんですか?まだあの子の疑いが晴れたわけでは無いでしょう」と言う。
「いや、もういい」とザラムは言う。
実際の所、此処に連れてきた時にはもう彼女が不審者ではないのが分かっていたし、今追いかけたら彼女を疑っていない皇女の顔に泥を塗る事になって仕舞う。
でも、このままに二人を放っておく訳にも行かず、ザラムはメイドに命令する。皇女様の手助けをして差し上げろ、と。
はい、とメイドは答え、部屋を出て行った。
一人になったザラムは落ちていた自分の剣を拾いつつ呟く。
「あの人を裏切るのか・・・」
剣は鈍く淡く光り、ザラムの顔を映し出していた。。
「遅い・・・」アルベルは呟く。
ユユが宮殿に連れて行かれて約30分が経っていた。
アルベルは親衛隊兵士エスザと2人で門の中にある小屋に居た。
アルベルはてっきり警備兵と思っていたが、警備兵は地区を見回る物で、親衛隊はエスザのように宮殿を警備する物らしい。
「まあ、あと少しで帰って来るよ。よし、スリーカード!」
「フルハウス。俺の勝ち」そう言ってアルベルは場にある10枚程の紙幣を持っていく。
「また負けた〜なんで勝負時に鍵って強いんだよ〜」とエスザは愚痴を零す。
2人はポーカーをしており、賭けないとスリルが無いから、というエスザの提案で金を賭けてする事になった。
最初は少量の金額でやっていたのだが、アルベルが勝ち続けてしまうと、熱くなったエスザが掛け金の上限を上げようと言い出した。勝っている分までなら構わない、とアルベルが言うと、それでいいと答え、掛け金を上げる事になった。
アルベルがずっと勝ち続けていた訳ではなく、掛け金が安い時に限って負け、高いときには勝ちか引き分けしかせず、そのせいで今の所持金は始める前の二倍程になっていた。
ちなみにアルベルは自分から掛け金を上げる事はせず、また降りる事もしなかった。
「なんで俺が手札が強いときに限ってアルベルも強いんだよ。なんかイカサマしてない?」
「してないけど」実際していなかった。そもそもアルベルはお金が欲しいとは思っていない。
この世界にいる期間に足りるだけの金銭があればいいし、それは初めから持っている量で事足りていた。まあ、イカサマをしようにももやり方が分からない。
「それより、少し宮殿の様子を見て来てくれないか」とアルベルは言う。
「この勝負が終わったらいいよ。ほらこれでどうだ」とエスザは財布を逆さまにして全てのお金を場に出す。数えてみるとアルベルが今までに勝った分と同じだった。
ここは負けて全額返すか。と考え、スリーカードになっていた手札を全て捨てる。
その様子を見て自信を持ったのかエスザは手札を全て表にして場に出す。3が四枚、フォーカードという役だった。
「こりゃ、負けたな」と残念そうな振りをして、山からカードを引く。
「ほらまけ・・・」と自分の手札を見つつ場にさらそうとする。と、その動作が止まった。
慌てて手札を伏せ、「俺の負けだ。全部もってけ」とアルベルは言う。
「いや負けなら手札見せてくれよ」とエスザは言い、身を乗り出し、伏せられたカードをめくる。
カードは1が四枚とジョーカーが一枚。いわゆるファイブカードだった。
「すまん・・・」とアルベルは謝る。まさかこうなるとは予想も付かなかった。
「いや、別にいいよ。勝負事なんだしさ」エスザはそう言ったものの明らかに落ち込んでいた。
「いまのゲーム無しにしないか」とアルベルは提案したのだが、「そういうわけにもいかないよ」とエスザは突っぱねる。
「少し風に当たってくる」と行ってエスザは出て行ってしまう。
この様子だと宮殿に行ってくれる気配も無い。
仕方なく場にある金を纏める。エスザの持っていた金は随分と皺が拠っていた。
そうしているうちに一つの案を考え付いた。
小屋を出た直ぐの所にエスザは居た。
アルベルは駆け寄り、エスザの軍服のポケットに手を突っ込み財布を取り出し、直ぐに逃げる様にしてその場から走り去る。しかも、門のと反対側、つまり宮殿の方にに駆けていった。
「え?・・・待てっ!」一瞬唖然としていたが、流石は兵士、直ぐに追いかけてきた。
アルベルは走りながら財布を持っている手とは逆の手で紙幣を取り出す。
よしこのまま、財布にお金を入れた後で捕まれば・・・。
後ろに視線をやる。
「早っ!」さっきまで10メートル以上距離があった筈なのにもう2〜3メートル程の距離まで近づいていた。
そして、アルベルは石に躓いた。
「あっ、ちょ」加速している途中だった為勢いが殺せずに転びそうになる。
「あぶな、うわ」何とか転ばずにすんだが、道の横に逸れてしまい、頭を思い切り木の幹にぶつけた。ガンと痛々しい音がした。手が塞がっているので受身も取れず地面に倒れこむ。
「だ、大丈夫!?アルベル君!」追いついたエスザの声が遠くなってのを聞きながらアルベルは気を失った。
ユユはきょろきょろと辺りを見回す。
そこは居間と思われる場所でユユはソファーに座っていた。
そこは先程の王座の間に劣らない程の豪華さを誇っていた。
2人の間には淹れたての紅茶が用意されていた。
「ごめんねさっきは。怖かったでしょ」と彼女は言う。と言われてもユユにとっては何の事だか分からない。
「そういえばまだお互いの名前を聞いてなかったわね。私はユファ・ユティス・サン。あ、呼ぶときはユファでいいよ。少し長いからね」
「私はユユ・アンダーソンです」
「アンダーソン?何処かで聞いたような・・・」何か心辺りがユエルは少し考え込む。
「まあいいや。ところでユユは宮殿には興味あるよね」何しろ覗いてたんだから、とユエルは言う。
「はい」少なからず興味はあった。
「じゃあさ、今日のお詫びとしてこの中を案内してあげようと思うんだけど、どうかな?」
「良いんですか?」ユユは少し驚いた表情で言う。
「うん。今日は予定ないしね。あ、ユユはあるの?」
「いえ私も・・・あっ!」ユユはあることに気付き思わず立ち上がってしまう。
「どうしたの?」ユファは訪ねる。
「アルベル君のことを忘れてました!」
ユユはユエルにアルベルが忘れ物を取りに行っている間に捕まってしまった事を話した。
「ふーん、そういうことなんだ」とユファは理解する。
「アルベル君怒って何処かに行っちゃったかな」もう門の前には居ないよね、とユユは泣きそうになる。
かれこれ捕まってから40分は経っている。
と、そこでこの部屋のドアを誰かが叩く。
「ん、誰かしら?ちょっと待っててね」とユファは席を立つ。
その間、ユユは悩んでいた。
(アルベル君、待っててくれるかな・・・。でもあったら何ていおう)
ユユは頭の中で選択肢を考える。
@素直に謝る。
A何も言わずに土下座する。
B事情を話す。
C逆ギレする。
何でCなんて考え付いたんだろ。
ユユは直ぐにCの選択肢を頭の中から追い払う。
素直に謝ったら許してくれるよね。それでも怒ってるかもしれない。
事情話せば分かってくれるかな。でも、待たせた事には変わりないんだし。とユユは色々と悩む。
悩んだ末、ユユは@ABの選択肢全てを選ぶ事にした。
最初に謝りながら土下座して、それから事情を話そう。
それと、後で何かお詫びをしよう。でも私が出来る事なんてあるかな?
そうユユが考えている内にユファが2人の人物を連れて戻ってくる。
「ユユ、良い知らせと、悪い知らせがあるんだけど」
「私にですか?」
「うん。どっちから聞きたい?」
「じゃあ、一緒にお願いします」ユユはふざけている訳ではなく、思っていた事を言っただけである。
「ええ!?それは無理よ。じゃあ、良い知らせから言うわよ。そのアルベル君っての、ちゃんと待っててくれたよ」
「本当ですか!じゃあ謝りに行かないと」とユユは立ち上がる。
立ち上がった拍子にテーブルに足を軽くぶつけ、その衝撃でコップの中身が波をたて幾分か外に零れる。、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。もう一つ悪い知らせがあるんだから」とユファは引き止める。
「まあそっちについては彼が話すわ。そういえば2人の事紹介してなかったわね。こっちの彼はエスザ」と軍服を着ている方の人物を指し示す。
「それでこっちの彼女はエムザ。ちなみに2人は兄妹ね」とメイド服を着ている方を指す。良く見ると先程の玉座の間にいた人だった。
「ごめんね、うちの隊長が乱暴して」とエスザは挨拶代わりに謝った。「それでアルベル君の事なんだけど、簡単に言うと倒れた」とエスザは言う。
「ええっ!何があったんですか!」とユユは驚く。
「ああ、いや軽い脳震盪だから大丈夫なんだけど」
「何処かに頭をぶつけたんですか?」
「うん。その・・・ちょっと転んだ拍子にね」エスザは少し言葉を濁しながら言う。
「でも小さいたんこぶが出来た位だから、命に、命にって言うほどでもないか、別状はないよ」 今は医務室で寝ているよ、ともエスザは言う。
「よかった・・・」とユユは安心する。
「どうする?今会いに行く?それとも起きてからにする?」とユファは言う。
「いえ、今はいいです」アルベルが起きるまで側にいても良かったのだが、それは恩着せがましい気がした。
それよりも起きてアルベルの意識がハッキリしてから謝りたかった。
「じゃあさ、アルベル君が起きるまでの間、宮殿を案内してあげるよ」
はい、宜しくお願いします、とユユは言う。
コップの液体は既に収まりを見せ、静かに天井を映していた。
「ん・・・」アルベルは目を覚ます。
真っ白い天井が見える。それも随分と高い。ベットの横の窓から光が眩しく無い程度に差し込んでいる。
アルベルはベットに寝かされていた。それもダブルサイズのベットであった。
「お目覚めになりましたか」横から声を賭けられ、アルベルはそちらを向く。
そこには一人の使用人の服装をした(メイド服、とか言うものらしい)の成人になるかならない位の女性が座っていた。
「始めまして、私はエムザといいます。先程は兄が迷惑をかけた様で」
誰だろう、というアルベルの疑問を読むかのように彼女は答えた。
「・・・兄?」
「ええ、私の兄、エスザです」とエムザは答える。
ああ、と直ぐに合点が行く。そう言われて見てみるとどことと無くエスザに顔立ちが似ている。
「寧ろこっちの方が迷惑をかけたんだけど」とアルベルが言うと、
「いえ、元はといえば兄がアルベル様を賭けに誘ったのが悪いのです」
エムザは何処からともなく林檎と果物ナイフを取り出し、慣れた手つきで林檎を剥いていく。
「此処は・・・宮殿の病院?」
「正確にいうと医務室ですが、似たようなものですね」とエムザはアルベルの方を向き言う。
手元を見なくて大丈夫なのだろうか、と心配になるが、そんなアルベルの心配をよそに、エムザは林檎を剥き終わる。
ベットのサイドテーブルに置いてある皿に林檎を載せ、その上で丁寧に林檎を切り分けていく。
アルベルは話しかけようと思ったが、また此方を向かれ自分がハラハラするのもいやなので黙っている事にした。
「どうぞ」エムザは8等分に切り分けられた林檎が乗っている皿を差し出す。皿の端にはフォークが載っている。
アルベルはそれを受け取り、フォークで突き刺す。
「何か付いていますか」アルベルが林檎を口に入れず見つめているとエムザが訪ねてくる。
「いや、そう言う訳じゃないんだけど、綺麗に剥いてあるなって」均等に8等分された林檎はまるで剥かれる前の状態の形を保っているようであった。皮があった表面には角が見当たらない。
ずっと林檎を見つめているのも難なので、それを口に入れる。
適度な甘さと、そして新鮮味を感じる歯ごたえ。普通の林檎だった。
それを後二つほど食べた後、アルベルはエムザに話しかける。
「ユユって子知ってる?」
「はい、存じております」
「今何処にいるのかな?」
「王様に見初められて側室になりました」エムザは言う。
「・・・はい?」
「冗談です」
エムザが真顔で言うのものだから、アルベルは一瞬信じそうになってしまった。
「すみません。冗談苦手なんです」
「・・・言うなら少し笑って言って欲しいな。本当に信じてしまうから」言うタイミングか悪いって事もあるが、それは言わない事にした。
アルベルが起きたときからエムザは表情を一つも表に出してなかった。仕事中だからだろうか。
「あのさ、お願いがあるんだけど」アルベルは試しに聞いてみる。
「何でしょうか。常人にできる事でしたら、大抵の事は出来ますが」
「笑ってくれるか」
「・・・」
「ああ、いや、別に変な意味は無いんだ。なんか仕事で気を張り詰めてるみたいだからさ、もしそうなら今だけでもいいから肩の力抜いて欲しいなって」とアルベルは言う。
「・・・じゃあ今だけですよ」エムザは少しはにかむ。自然な笑顔だった。
冗談を言うぐらいだから、ユユはそんなにまずい状況には陥ってなかった。
どうやら今は濡れ衣を着せたお詫びとして、城内を案内して貰っているらしい。
ちなみにエスザはそちらについているという事だった。
一応、アルベルが起きるまでと言う事らしいが、どちらにせよ後20分もぐらいで終わるらしい。
「どうします、今直ぐ呼んで来ましょうか」
「いや、いいよ。終わる迄待ってるよ」
それからユユを待っている間アルベルはエムザと雑談をした。
エムザは冗談が好きらしく、結構話の間に織り交ぜてきた。
その冗談も面白く、アルベルは心から笑ってしまう時もあった。
ただ、時たまに悲しそうな表情を見せた。
※本編に入りきらないので外伝つくります。
それが何かは分からなかったが、ふと何かを思い出す様に突然そんな表情になる。
それは一瞬の事で、気ついた時には笑顔に戻っているのだが。見せようと思っているのでなく、無意識にその表情は出ているようだった。
でもその理由を聞こうとは思わなかった。必要以上に首を突っ込みたくなかったし、そんな事をしてまた悲しい表情になって欲しくなかった。
「あ、ユユ様が帰っていらしたようですね」
ドアの方を向くと、ユユがドアの隙間から顔を半分程出してこちらを覗いていた。
なにか恐る恐るこちらを見ているという感じだ。
「なんで入ってこないんだ?」
「さあ、ちょっと様子を見てきます」とエムザは立ち上がりドアを開けに言った。
アルベルもベットに腰掛けて、靴を履く。
エムザがドアを開けると、ユユは「わ」といって驚いたが、そろそろと中へ入ってきた。
なんだかライオンの檻に入ってくるような、そんな様子だ。
「どうしたんだ」とアルベルが訪ねるとそれには答えず、アルベルの前まで来て正座をする。
「ごめんなさい!」とユユは突然土下座をした。
「・・・いや、何が?」とアルベルは少し混乱する。
「その、わたしが勝手にどっか行ってしまってごめんなさい!」
「いや連れてかれたんだろ」アルベルは訂正する。
「でもアルベル君を待たせたんですから」ごめんなさいと再び土下座をする。
ユユは多分、俺が怒っていると思い込んでいるのだろう、とアルベルは考える。
エムザが無表情で、しかし目だけは責めるようにこちらを見てくる。
気まずくなったアルベルはユユの前にしゃがみ込む。
「別に怒ってないから、そんな事しなくても大丈夫だよ」とユユを立たせる。
ユユを椅子に座らせ、少し落ち着いた所で、宮殿を出る事にする。
「そういえば」とエムザは送っていく途中でユユに話しかける。
「はい、なんですか?」とユユは言う。
「昔、会いましたよね」とエムザは言う。
「え?何処でですか」とユユはエムザの発言に少し驚きながら訪ねる。
「ああ、覚えていないならいいんです」とエルザはそこで其の話を打ち切った。
門の前に着く。
では、また会う機会がありましたら、と言って二人を送り出してくれた。
それに手を振り返しつつ、二人は宮殿を後にした。
「あっ!」広場に戻ったところで何かを思い出したようにユユが大声を出す。
それに驚いたアルベルは「突然どうしたんだ」と訪ねる。
「祭りです」
「祭り?」わけの分からない事を言い出したユユにアルベルは戸惑う。
「エムザさんに祭りで会いました」とユユは行った。
ベンチに座って話を聞くと、ユユが七歳か八歳の時、叔父と祭りに行き迷子になって泣きべそをかいていた所、エムザに会ったと言う。
そこにはエスザもいて一緒に叔父を探してくれ、無事に再開する事ができた。
「でもあの頃のエムザさんとは全然雰囲気が違ったんです」それがすぐに思い出せなかった理由でも在るらしい。
「あ、あともう一人女の人がいました」とユユは言う。「確かエルザさんと言ったかな。良く覚えていないけど」
「ふーん」と聞きながらアルベルはもしかしたらエムザが悲しそうな表情をしたのはそのエルザって人と関係があるのかもしれないな、とぼんやり考えていた。
「もう少し早く思い出せたら祭りのお礼言えたのに」とエルザは少し残念そうに言った。
「まあ、また会えた時に言えばいいんじゃないか」
「どうしてまた会えるって分かるんですか」
「あ、いやただの勘なんだけど。でももし本当にお礼を言いたいのなら門番をしているエスザに言えば良いんじゃないか」
「それはいいですね。今度来た時にそうします」とユユは頷く
時計は午後四時をすこし回っていた。
アルベルはエデルに頼まれていた事を思い出し、次はどうします、と言うユユの問に「バシス地区の方向へ帰りながら、色々店を回りたいな」と言った。
まだ日は落ちていなかったが、店は明かりを点し始めていた。
この世界には、一応電気と言う概念が出来ているらしい。
道路の街灯はいまだガス灯だが、店の明かりは一応黄色い電球を使っていた。
もっとも、それ以外に電気を使っている製品は見たこと無かったが。
二人で色々と道なりにある店に寄って行く。
ユユは図書館での熱中具合からして本が好きなのかと思い、本屋に寄って見た。が、そこまででもないらしく、店内はずっとアルベルについて来ていた。
服屋にも寄って見たが、それにもあまり興味を示さなかった。
「ユユはさ」公園を横切りながらアルベルはユユに話しかける。
「はい」
「今欲しい物ってあるの?」仕方なくアルベルは訪ねる。こう聞くと答えてくれないかと思ったが欲しいものが分からないのでそうするしかなかった。
「あると言えばあります」とユユは言う。
「もし差し支えないなら教えてくれないかな」とアルベルは言ってみる。
「ひみつ」やっぱり教えてくれなかったか。「と言う所ですけどアルベル君になら特別に教えてあげます」
「あ、叔父さんには内緒ですよ?」と念を押されてしまった。実はその叔父が知りたがっているんだけど、心の中で返す。
「わかった、言わない」叔父には分からなかった、と言う事にしよう。
「あと聞いても笑わないで下さいね」
「・・・笑うような物なのか?」
「うーん。笑うと言うより、怒るかもしれないですけど」とユユは不安そうに言う。
それを聞いたアルベルにはユユの欲しい物の想像がつかなかった。
「怒りも笑いもしないと約束するから」とアルベルは言う。そもそも、何であろうと、心の中では笑うかも知れないが、表情に出そうとは考えてなかった。
「私が欲しい物は」とユユは立ち止まりアルベルの方を向く。丁度街灯の真下だった。
そしてアルベルの両手を取り、自分の両手で包むように握る。
・・・まさか、いやもうこれはまさかじゃないな、既に必然だ、とアルベルは考える。
ユユは顔を少し赤らめている。アルベルも心臓が高鳴って・・・いなかった。緊張で少しは心拍数が上がっているが、心音が聞こえるほどではなかった。
その代り、他の感情が浮かんでくる。うまく表現することは出来無いが、何かとても柔らかくそして暖かい、そんな感情だ。ユユも恐らく同じなのだろう、アルベルをみて頷く。
「兄弟が欲しいんです」とユユは告白した。「だからアルベル君にお兄ちゃんになって欲しいなって」と続ける。
「いいよ。俺で構わないんだったら」とアルベルは答えたここで断わるという選択肢は思いつかない。
「ほ、ほんとですか?」とユユは確かめるように言う。
「ああ、本当だよ」とアルベルは言う。
「ありがとうございます!」
「いや、何もお礼を言う必要は・・・うわっ」アルベルはユユに正面から突然抱きつかれ、面食らう。後ろに仰け反ったが何とか踏みとどまり、倒れるのを防いだ。
「ちょ、ちょっと」ユユに腕の上から背中に手を回され、身動きが取れなくなる。力任せに暴れれば抜けられるだろうが、それは出来ない。
「一度、こうして甘えてみたかったんです」とユユは喜びの中に少し悲しみが交じった声で言う。
「誰にも甘えた事無かったのか」
「うん、お母さんは私が生まれて直ぐに死んじゃったし、お父さんも既に死んじゃって」
たしか、両親は亡くなったような事をユユは前に言っていたな、とアルベルは思い出す
「甘えられるような身体を持っていなかったから」とユユは言う。
アルベルはその言い方に引っかかりを覚えた。父親が死んで甘えられる様な身体を持っていなかった?まるで、死んだ後に精神は生きている、つまり幽霊になったという事なのだろうか?
ユユは続ける。「叔父さんも仕事が忙しくて、甘える暇が無かったんです」少し声が震えている。少し泣いているようだ。
「そうか」アルベルは言う。そして続ける。「なら好きなだけ甘えていいよ」
ユユが落ち着いたのを見計らい公園のベンチに移動する。
アルベルはそっとユユの手を握ってみる。彼女は嬉しそうに手を握り返してきた。
アルベルはユユが手首に腕輪をはめているのに気付く。
それは銀で出来ているようで月明かりに照らされて淡く光っていた。
「この腕輪どこで買ったの?」と訪ねる。確か朝の時点では付けていなかったはずだ。
「これですか?これは皇女様がくれたんです」ユユは答える。
「皇女様ってデルド・サン国王の娘のユファユティス・サン皇女?」
「え、なんでそこまで分かるんですか」とユユは意外だという表情をした。
図書館で見たんだ、とアルベルが説明するとユユはああ、と納得し、話を続ける。
ユユはユファユティス皇女が城内を案内してくれた時、記念に貰ったのだと言う。
アルベルはユユが案内してもらったとは聞いていたが、案内してくれた人は知らなかったので、いささか驚いた。
「最初は断わったんですけど、レプリカだから大丈夫って無理やり付けられちゃって」と言葉とは裏腹に少し嬉しそうだった。
「でもこれレプリカに見えませんよね」ユユは言う。
アルベルの目から見てもメッキが掛かっている偽物では無く、本物の銀で出来ている様に見える。
「価値のレプリカとかじゃなくて、何かその皇女様にとっての大切な物のレプリカじゃ無いのかな」アルベルは少し考えていう。
「なるほど、そうかも知れませんね」
二人はしばらくベンチで雑談をした。
そして日が完全に落ち、満月に近い月が昇った頃、帰るか、と言ってアルベルはベンチを立つ。そうですねとユユも腰を上げる。そしてアルベルの手を握った。
周りからは恋人同士に見えるのだろうな、とアルベルは思った。
帰路を歩きながら(ユユが夜に迷うと言うのは本当で、右なのに左に曲がったりした。もしエデルから貰った地図が無かったら、帰れなくなるところであった)ユユはアルベルに話し掛ける。
「あの、お兄さんって呼んでも良いですか?」
「ユユがそう呼びたいって言うんなら構わないよ」
ユユはコホン、と咳払いをして「あ、アルベルお兄ちゃん」言ってから恥ずかしそうに顔を伏せる。
「なんだい、ユユ」と返事をする。そう呼ばれるのは悪い気はしないものの、いささか気恥ずかしい。
「やっぱりアルベル君って呼びます」ユユはそれ以上に恥ずかしかったらしく、顔か随分赤くなっている。
バシス地区に付く頃にはユユは腕をアルベルの腕に絡ませて手を繋いでいた。もはや誰が見てもカップルとしか見えないのだが、彼女はそんな事を全く気にする様子は微塵も無かった。単にそういうことにうとく、気付いてないだけかもしれなかったが。
ふと、アルベルは彼女に同情している事に気付く。
そう思う自分にいささの不快感を感じ、また元の世界で俺は両親や兄弟に甘えられたのだなと思う。
もちろん、アルベルに元の世界にいた時の記憶は無い。だが同情している事によってそれが分かった。
同情はある点で幸せな者が不幸な者に対して抱く感情だ。別にそのこと自体にアルベルは嫌悪感は抱かない。だがそこには少なからず優越感があり、無いということはありえない(無かったら同情その物が発生しない)。アルベルはその優越感を不快だと感じる。
人格、または性格は記憶によって作られる。そして記憶は人格(性格)がある限り決して消えることは無い。創造者と調和者二人は記憶を消したといったが、それはただ思い出せない様にしただけなのだろう。
アルベルはその自分の人格によって自然にユユに同情していた。それは自分が甘えられる存在がいた証であった。
「あ、もうそろそろ家ですね」と行ってユユは手を離した。やはり叔父に知られたくは無いらしい。
「思ったんだけどさ、エデル叔父さんにこの事を隠す理由があるのか?」とアルベルは言う。
「え、それは」ユユは言葉に詰まる。
「叔父さんは仲良くしてとか言ってたからさ、別に兄妹になったからって怒ったりはしないんじゃない」まあそれが社交辞令なら別だけど、とアルベルは言う。
「そうなんですけど」ユユは言う。「でもとにかく秘密にしたいんです」それはアルベルにい えない理由なのか、または何の理由も無く隠したいのかも知れない。
確か俺も15歳ぐらいの時は親に対して秘密を持ちたがった気がする。何を秘密にしようとしたのかは思いだせなかったが。
ユユの家に明かりは着いていない。
「帰っていないみたいだな」アルベルは言う「もしくは寝ているのかな」
「ううん。それは無いと思います。だってこんな時間に寝るはず無いもの」とユユは首を振って答える。
「いつもは宿屋にいるんだけど」とユユは言う。
まあ休業したのだから当たり前なのだが、それならば家にいるはずだ。
そうアルベルが言うと、ユユは「その筈なんですけど」と不安そうに言う。彼女はエデルが不在の理由が分からないようだ。当然、アルベルにも分からなかった。
二人でこうして家の前に突っ立っているのもアレなので、家に入る事にする。
居間にいって明かりをつけたが、人の気配はしなかった。
「エデル叔父さん」とユユが呼んでみたが、返事は無い。どうやら本当にいないようった
「ふう」とアルベルは腹いっぱいになって満足しながら一息つく。
今日はハンバーグだった。火の通し具合が丁度良く、硬くも生っぽくも無かった。
昨日もそうだったが、ユユの料理はお世辞抜きに美味しい。
食べているユユを眺めながら、イメージからすると寧ろ下手そうに見えるのだけどな、と心の中で呟く。
「ん?私の顔に何か付いてますか?」心の声が聞こえたわけではないのだろうが、その瞬間ユユがこちらの視線に気付き、訪ねて来た。
「いや別に」とアルベルは流しながら、そんな事言ったら怒るだろうな、と考えた。
食べてから直ぐに風呂に入ると良くない、とユユに言われたので、ソファーに座り、ユユが借りてきてくれたた本を読む事にする。
読んでいる途中、食器の後片づけが終わったユユが何か話しかけてきたが、良い所だったので、アルベルは適当に空返事をしてしまった。
それから30分程経っただろうか、読むのに少し疲れ、本を閉じると、ユユが隣に座っていた。寝巻きのパジャマに着替えていて、頭にはバスタオルを巻いていた。風呂上りなのだろう、身体からは湯気が立っていた。
「あ、もう風呂に入ったのか」とアルベルが言うと、
「はい。アルベル君が後で良いって言ってくれたので」とユユは答えた。
さっき話し掛けてきたのはその事だったらしい。
ユユは少し腰を浮かせ、アルベルの方に身を寄せてきた。
そして何も言わず、アルベルの肩に頭を寄りかからせてきた。
ユユの身体からは、女の子特有の香りが漂って来る。
「なんだ、急に」とアルベルは少し声をうわずらせながら言う。
「・・・甘えては、ダメですか?」とユユは悲しそうな声で言う。
「別に駄目とは言ってないけれど」もしエデル叔父が帰ってきたらまずいだろ、と続おうとしたが、止めた。それは言い訳の様な、実際にはそうでは無いけれど、そんな気がした それは恋人が同士がやる動作にしか見えないのだが、彼女は甘えているつもりなのだろう。
「まだ風呂に入ってないから臭いぞ」とアルベルは言う。確かにいささかではあるが、汗臭かった。
「別に気にしません」とユユは体重を更に預ける。
まあ、いいか、別に、とアルベルはユユをそのままにしておく。その代り、肩に手を回したりする事はしなかった。そこまでしたくは無かったし、ユユも今の状態だけで満足しているだろう。
五分ほどそうしていただろうか。もういいかな、とアルベルは考え、腰を上げる。
支えを失ったユユはゆっくりとアルベルが座っていた位置に倒れこんだ。
「風呂が冷めてしまうから入るよ」とユユに声を掛け、廊下を挟んだ向かい側にある脱衣所に向かった。
ソファーに寝転んだままでユユは自分に聞こえるだけの小さな声で呟いた。
「・・・アルベルお兄ちゃん」
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