03

かっちゃんが学校の帰り道(つまり夕方わたしに会う前)、敵に襲われ事件に巻き込まれていたと知ったのは、誰からでもなく学校での噂からだった。
あの日の夜はご飯食べて漫画読んで何か言いたそうだと思ってたら進路の話で、たしかに珍しく落ち込んでるというか、大人しいなとは思ったけど。
校内は噂で大盛り上がりで、最初聞いたときは何で言ってくれなかったのか、とちょっとだけムッとしたけど、すぐさまあの夜のやりとりと今朝通学路の隣を歩く彼を思い出して、終わった事なんだと次第に冷静になっていった。
彼が言いたくないことを詮索するのも、彼の中で消化されたものをほじくり返すのも、不要だし無意味だと落ち着いて考えればわかることだ。
それにしてもあの日の様子は、噂を聞く限りその事件だけが原因とは考えにくいのだが、もしや出久も関わっていて何かあったのではないだろうか、と嫌な考えがよぎる。
わたしの知らないところで大きな何かがあったのでは、と不安になったが、考えても仕方がないので考えるのをやめた。


◇◇◇


クラスの違う二人と会うこともなくあっという間に一日がすぎ、放課後いつものように出久を迎えに隣の教室に向かったがそこに彼はいなかった。
しかし机を見ればリュックはまだあったため、トイレにでもいっているのかも、と教室の前で待つことを決めた時、かっちゃんのとりまき(名前は忘れた)がちょうど中から出ようとやってきて、彼はわたしの顔をみて表情を変えた。
わたしが出久といっしょにいるときによく見る下世話な顔だ。
わたしはちらっと彼の顔をみただけですぐさま視線を逸らし無視を決め込んだのだが、彼はどうやらわたしを放っておいてはくれないらしい。


「名字さ、緑谷とできてんの?」


ニタニタと扉の縁に手をついて、わたしの顔を覗き込んでくるモブA。
幼い頃いっしょに遊んでいたこともあったかもしれないがあまり覚えていないし、ずいぶん前から関わりのなくなくなったこの人は、今わたしの中では知らない他クラスの同級生だ。
何も答えないわたしに、彼は舌打ちをして、面白くなさそうに扉を軽く蹴った。
面倒な奴に絡まれたなぁ、と内心ため息をつく。


「ちょっと、無視はないんじゃない?」
「……出久とは、ただの幼馴染だよ」
「えー?本当かなぁ?幼馴染ってだけで、カツキに食ってかかる?」
「かっちゃんも幼馴染だよ」
「にしては緑谷贔屓じゃねぇ?」


ちょっと返事をしてあげたら、すぐに楽しそうな顔で次々と言葉をぶつけてくる彼に、わたしは心底呆れていた。
彼には、わたしを見る出久の怯えた目が見えていないんだろうか。
どうみてもわたしは爆豪贔屓だよ。
おろしていた視線をあげ嫌そうな顔で見つめると、彼はたじろいだ表情をして一歩下がった。
関係ないでしょ、言おうと口を開いたと同時に、後ろから声がした。


「お前ら何やっとんだ」
「か、カツキ…」


振り向くと、不機嫌なかっちゃんがその彼に睨みを利かせていた。
かっちゃん、名前を呼んだ一瞬視線があっただけで、すぐさま彼はその男の子を見てさっさと廊下を歩いていってしまった。
それに慌ててついていく男の子の後ろ姿をみながら、行き場のなくなった感情を飲み込んだ。
どこから聞いていたかはわからないけど、恐らく出久絡みの会話だと気がついたのだろう。
わたしに対しての、出久の話題には彼は口を閉ざす。

出久は無個性で弱いくせに、誰よりもヒーローに憧れていた。
そして時には恐怖すらはねのける、助けたいという純粋な気持ちを彼は持っていた。
それにわたしが気がついたのはいつからだったかわからないけれど、恐らくかっちゃんも感じていたとは思う。
わたしがかっちゃんとの事故で怪我を負った時もそうだった。
かっちゃんは痛みで泣き喚くわたしをみて固まってしまったが、出久は恐怖で目に涙をいっぱいにしながらも、公園に備え付けの水道までわたしの体を引きずっていき、腕を冷やしてくれた。
それにハッとしてかっちゃんがわたしの家まで母を呼びに走っていったんだけど、その時のかっちゃんの顔は正直あんまり思い出したくない。
大丈夫だよなまえちゃん、そう言ってわたしの背中をぶるぶると震える手で支えてくれた出久を、わたしはヒーローみたいだと思ってしまった。
かっちゃん以外の人をヒーローだと思ったのは、後にも先にもこの時の出久だけだ。
あの事故は親を除いて、わたしとかっちゃんと出久の三人だけしか知らない。それが唯一の救いだった。
苦い思い出を掻き消すと、無意識にそっと制服の上から左腕を撫でていたことに気がつく。


「……なまえちゃん?」


名前を呼ばれ触れていた手のひらに一瞬力がこもる。
ハッと振り向くと、昔とは関係が変わってしまった幼馴染がこちらをみていた。
瞳は不安げに揺れているのに、どこか心配するような温かさが含まれている。
なんでもないと、おかえり、と左腕を隠すように笑みを作り右手を上げると、彼は緊張した面持ちのままおまたせ、と口にして教室に入りリュックを掴んだ。


「あの、なまえちゃん」
「なに?」
「話したい、ことがあって……」


リュックをキュッと握りしめたまま教室を出ようとしない彼に、わたしは首を傾ける。
ゆらゆらと不安げに揺れる瞳は下げられ、その、とか、実は、とかで口をもごもごとするだけで、一向に本題に入る気配がない。
何となくだけど、いつもの彼とは違う、幼い頃の怯えながらも勇気を振り絞る、昔みた彼のような気がしてわたしの心はざわついた。
歩きながら話そう、と言えば彼は少し緊張がほぐれたのか、うん、と顔をあげた。
わたしはこの子のこの瞳をよく知っている。