episode.14
女ヶ島を出港してすぐに、私は闘い方を教えて欲しいとベポに頭を下げた。ベポを選んだ理由は、素手だから。ペンギンには、力や体格の差を補うなら武器はあったほうがいいぞと言われたけれど、戦闘素人の私がいきなり武器なんて持ったら危ないんじゃないかと思って。はじめは拳法から教えてもらいたいといったら、そういうことならと快諾してくれた。
船での私の主な役割は、掃除と洗濯、それからキッチンの手伝いだ。それ以外にも頼まれた雑用はなんでも手伝うようにしている。と言っても、掃除も洗濯も私が一人でやるわけじゃないし船員のみんなが交代で手伝ってくれるから自由な時間は結構多い。ローには最低限自分の身は自分で守れと言われたけど、私は戦闘員になりたい。戦いの時にローの横に立っていられるようになりたかった。
「リト、いい感じ!」
「ッそう、かな」
陽の当たる甲板で、ベポと組手をする。私は息が上がりつつあるけど、上手だよ、と褒めるベポにはまだまだ余裕がありそうだ。あの大きな体でこんな軽快な動きができるあたり、ふわふわな毛の下には凄い筋肉があるに違いない。くるんと体を捻ったベポから回し蹴りが飛んでくる。全然本気じゃなくて威力もない。もの凄く手加減されているのが少し悔しかった。半歩下がって姿勢を低くしてその足を掻い潜った。ベポの体勢が整う前にこちらも蹴りを繰り出す。全力で振った足はベポの片手に軽々と受け止められてそのままポイッと投げられた。
「あ、ごめん」
咄嗟にベポが謝った。思いの外強い力に軽々と宙を舞った体が弧を描いて落ちる。受け身を取ろうとしたらぽすんと誰かに受け止められた。近くで見てたジャンバールだ。
「ジャンバール!ありがとう」
「本当に筋がいいなリト」
「そうかなぁ、いま思いっきり投げられたけど」
「咄嗟に力の加減が出来なかった程度には、立ち回りが効いてるってことだ」
「本当!?」
よじよじとジャンバールの肩に乗る。褒められて尻尾が揺れた。毎日のようにベポに声を掛けては練習に付き合ってもらっていたから少しは動けるようになってきたと信じたい。ベポ以外にもペンギン、シャチあたりがよく相手になってくれて、それ以外の船員は周りからそれを見てアドバイスをくれたりもする。
それらを聞くに、どうやら私は人よりも身軽で瞬発力があるらしい。半分犬だから?それに野生のカンとでもいうのか、ベポと組み合ううちに、なんとなくこう避ければいいとか、こう動けば攻撃が当たるとかそんなようなことがわかってきた。
ただ圧倒的に足りないのは体力と筋力で、これではいくら攻撃が当たっても相手にダメージを与えられない。やっぱベポくらいの体重と筋力がないと戦闘で役に立たないのかもしれない。もう少し体術に慣れたら、武器も考えようかなぁ。ちょっと休憩、とジャンバールの肩で休んでいると、ふらりとシャチが現れた。
「お、今日はジャンバールと遊んでんのか」
「遊んでない!訓練!」
「俺も暇になったから相手してやるよ」
シャチに茶化されて、戦闘体制に入る。ベポが提案して、急遽ジャンバールと私のペアと、シャチとベポのペアでの二対ニをすることになった。私に合わせてシャチも武器は使わないでいてくれるらしい。
どっからでもこいよ、と自然体で立つシャチにこちらから仕掛けに行く。体格的に私がシャチ、ジャンバールがベポとなる方が良さそうだ。特攻してシャチの目の前へ、床に片手をついて横なぎの蹴り。体重が軽い分、必然的に体重の乗せやすい蹴りが多くなる。
「おっと、いきなり足か?」
足払いになればと狙った蹴りは予想の範疇だったのか、シャチはその場で飛び上がった。足払いの蹴りは空振り、遠心力で体の軸が持っていかれる。飛び上がったシャチを狙ってジャンバールがすかさずパンチを繰り出す。重い拳が胴を狙うも、すんでのところでベポが足技を繰り出して、ジャンバールの腕を弾き飛ばした。
「ジャンバールの相手はオレだ!」
私はその間に体勢を立て直し、ジャンバールの肩に手をついて高く跳躍する。狙うは重力に体重を乗せた踵落とし。ベポとシャチの攻撃をいなすジャンバールの頭上から一直線に落ちていく。空中で二回転宙返り、勢いをつけた。頭上をふり仰いだシャチと目が合う。防御するように交差された腕に向かって足を振り下ろした。瞬間。目の前にいたはずのシャチがローに代わる。
「うえっ!?」
思わず変な声が出た。突然のことに止められずそのまま繰り出した蹴りは、易々とローの片手で止められた。力をいなすように受け流されてそのまま甲板を転がる。受け身をとってパッと体を起こすと、ちょうどジャンバールの攻撃にカウンターを放ったベポが勢い余って甲板の床に穴を開けたところだった。
「おいコラ、船を壊すな」
「すまねぇ船長」
「ごめん、キャプテン」
呆れたような声のローに対して素直に謝るジャンバールとベポ。私がお願いした訓練なのだと一緒になって謝る。
「ご、ごめんなさい」
「リト、確かに力をつけろとは言ったが、お前はそれ以前に体を作れ。痩せすぎだ」
「ご飯はちゃんと食べてるよ」
「まだまだ栄養が足りてねェ。その体じゃ攻撃をしても受けてもあっという間に骨がイカれる。焦るな」
「う、…わかった」
焦るな、と釘を刺されて閉口する。助けてもらった頃に比べれば少しずつ肉が付いてきていると自分では思っていたが、ローに言わせるとまだまだらしい。いつの間にか横に戻ってきたシャチがそれもそうだと頷いている。体重が増えれば攻撃の重さも増す。ベポにもローにも蹴りを止められてしまうくらい今の私の攻撃は軽くて威力もない。やっぱり的確に急所を狙うか、もしくは武器を持つ方がいいのかも。訓練はいいが全力の攻撃はまだするなと私に忠告すると、穴はお前らで治しておけと言い残してローは船内に戻っていく。戦闘訓練と並行して筋トレもしないとなぁ。
「ていうかロー何しにきたの?」
「リトにアドバイス?」
「そっか、筋トレ頑張る!」
「いや、筋トレよりもっと太れってことだろ」
「どっちも頑張る!」