episode.16






「10時の方向に船の気配がするよ」


海上を行くポーラータングの中。海図と睨めっこしていたベポが急に顔を上げたと思ったらそういった。第六感的なものだろうか、残念ながら私にはわからないが何かを感じ取ったベポの声に、甲板に出たペンギンが双眼鏡を持って身軽にマストを登っていく。同じく甲板に出てきたものの、肉眼ではまだ影も捉えられなかった。


「海軍か?商船か?」


ようやく豆粒ほど遠くに姿を表した船を見てシャチがペンギンに呼びかける。海軍なら向こうが仕掛けてこない限り基本は回避だし、ローは商船をわざわざ襲ったりもしない。喧嘩売られたら倍以上にして返すけれど、大人しくしていればローはわりかし穏便な方だと思う。


「いや、ありゃ海賊船だな」


ペンギンの一言に、ピリリと良い緊張感が走る。海賊船なら交戦だ。ローの懸賞金は二億。この海で航海ができている時点で名のある海賊がほとんどらしいけどその中でも懸賞金が億を超えてくるのは格が違うのだ、といつだか酔ったシャチに語られた。一定の額になると懸賞金で狙われるどころか相手側が逃げることもあるようだ。
ハートの海賊団は現状、懸賞金が付いているのはローだけだから、ローさえ倒せばと相手が舐めてかかってくることもあるらしい。個人的には侮られている方が助かるけど。

豆粒だった船がだんだんと近づくにつれて、ピンと立てた耳が相手の船の音を拾う。



「あ、むこうたぶん、襲ってくる気満々だよ」



荒々しいやり取りからするに臨戦態勢かつ、こちらの海賊団の正体を知らないようだ。無理もない、海中と海上を交互に行き来しているポーラータングは船の全貌はあまり知られていない。それどころか船に描いてあるからと、海賊旗を掲げてない時まである。まさか二億の船長の船だなんて思ってもいないんだろう。



「お、ならこっちが壊れると面倒だから俺たちが向こうに行くか」



シャチが余裕そうに武器を構える。今日の獲物はサーベルらしい。私はまだ数回、しかも戦闘がある程度収まってからしか敵船に乗り込んだことがない。そろそろ練習の成果も見たいし機会があれば戦いたい。うずうずしてると、ガチャとドアが開いてローが甲板に出てきた。


「シャチ、指揮は任せる。金になりそうなものは貰っとけ。ある程度奪ったら後は沈めろ」



「了解だキャプテン」



ローの無慈悲なまでの指示に敵船がむしろ可哀想な気になってくる。戦闘意欲の上がった甲板でぱちっと視線が合った。



「リト、お前はあんまりはしゃぎ過ぎるなよ」



「またそうやって子供扱いする…!」



「まだ体ができてねェんだ、当たり前だろ」



「もう普通に動けるもん!」



本当にローは心配性というか、過保護というか。私の戦闘スタイルや動きに口出しすぎだと思うの。いや、ありがたいことも多いけど、もうちょっと私を信用してくれたっていいんじゃないかな??最近はベポとの組手だってかなり様になってきたのにな。
相手が乗り移ってくる前にと、かなりの距離をものともせず船員たちが次々と敵船に飛び移っていく。出遅れないようにと、私も船のヘリからジャンプした。



想像通りの乱闘になった船の上。敵味方入り乱れての戦闘の中、私はチョロチョロとその間を縫うように走っては援護しつつお宝を探す。程よくお宝を奪ったらシャチが船に穴を開ける手筈だ。刃の交じり合う音が響いて、視線を巡らせた。離れたところでペンギンが一対多数でやり合っている。立ち回りを見るに余裕そうで安心したところに風に混じって火薬の匂いがした。ペンギンの相手に銃を持った奴はいない。

どこから?

ハッとしてあたりを見回すと少し離れたところでマスケット銃を構える敵が見えた。銃口の先は応戦しているペンギンだ。


「ペンギン!」


危ない、と思った瞬間、周りの動きがスローモーションに見えた。ざわりと肌が粟立ち、指の先まで神経が行き届いていく感覚。脚にめいっぱい力を入れて地を抉るように蹴りだすと、思い描いた通りに体が動いた。弾丸のように飛び出した体は、あっという間にペンギンに肉薄する。勢いのままに肩に飛びつくと体勢を崩したペンギンの驚いた顔が見えた。


パンッ!!


ペンギンと一緒になって倒れ込むのと同時に鳴り響いた銃声。弾道は私とペンギンをギリギリで避けて、ペンギンが応戦していた敵へと命中した。


「リト!?」


声を上げたペンギンを置いて、もう一度地を蹴る。方向は一直線に銃を持つ敵へ。仲間を狙うなんて絶対に許さない。身体が軽くて、今ならどんな動きもできる気がした。突進した勢いに体重を乗せて相手の横っ面に蹴りを入れる。鞭のように脚がしなって顎の骨を捉える感触。そのまま振り抜くと銃を構え直す暇もなく敵は吹っ飛んでいった。そのまま何人かの敵も巻き込んで、砂煙を上げて沈黙する。初めて意思を持って人を攻撃した。ビリビリと脚に残る感覚は気分の良いものではなかったけれど、後悔はない。自分でこの海賊船に乗ると決めたときに、私は戦うことを選んだんだ。ベポ達と一緒に、何よりローのそばで戦いたい。


ピンと耳を立てて周囲の音を聞く。状況は優勢。ふと乱闘の中、自船の上で刀を抱えたままのローと目があった。こちらをみてにやりと笑ったローに嬉しさが込み上げる。我ながらちょろい。刀を抜いていない時点でローとしてはこの戦闘自体、苦戦を強いるものではなかったのかもしれない。ただ自分の動きを認められた気がして、役に立った気がして尻尾がぶんぶんと揺れた。







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